レース本選 ~俺が鈍器だ!~
仕事中、木の枝を切ってたらノコギリでキーボードを打つのに酷使する人差し指の根元をズガッとやってしまいました。
そんな間抜けな作者の作品で良ければ、評価や感想、登録のほどをよろしくお願いします。
デモルトは苛立たし気に机を強く叩き、空中投影されたレースの状況を睨みつける。
「何だあの化け物娘は!?」
無表情でピースサインを送るアイリスと、その相方である四つん這いになって荒い息を吐くローラン。デモルトは彼らが勝ち抜けないように幾つも要素を盛り込んでいた。
まず手始めに同じ第一レースを走る奏者たちは皆、有名な冒険者たちで固めたし、障害物も並みの冒険者ではとても突破できない罠魔道具を多数設置していた。それこそ、ローランのような一般人が出場すれば大怪我すること間違いなしという、危険な代物まで。
これで憎きローランに仕返しをしつつ景品を奪われずに済む。そう思って意気揚々と、コース全体の様子が分かる不正監視用の部屋へとやってきたのだが、ふたを開けてみればどうだろう?
コースを沿うように全体を捻らせる巨龍の氷像に動きを大きく制限させられる他の参加者たち。障害物は悉く氷漬けにされるか飛び越えられるかされ、誰も想定していない速さでゴールに到着したローランたち。
「おい、何とか不正の一つでも見つからないのか!?」
「む、無理です。魔道具を持っているかどうかは出場前に厳重にチェックしましたし、今のレースを注意深く見ても不正している様子はありません。他の参加者に攻撃を加えた訳でもなければ、コースにもピッタリ沿っていて、これを失格にしようものなら……」
間違いなく、大勢の観客から疑問と軽蔑の視線を向けられるだろう。他の参加者からも「なんだかんだと理由を付けて失格にしてくるのではないか?」という考えが波及しかねない。
どうすればいいんだ? デモルトの頭にそんな言葉が延々と浮かんでは消えていく。
この後も第二レース、第三レースと順調に予選を消化していくが、本戦出場者である予選一着ペアのゴールタイムは早くても約十分前後。それに対してローランとアイリスペアは三十秒もかかっていない。
これだけ聞けばライバルの妨害、障害物ありきのレースで二人がどれだけ常軌を逸脱した速さでゴールしたのかが理解できるだろう。このままでは本選での優勝を奪われることは間違いなし、豪華景品も持って行かれること間違いなしだ。
「せめてぬいぐるみでも持って行ってくれれば……」
比較的安上がりな景品ならまだしも、品評会の賞を奪って言ったローランに高価な品を明け渡さなければならないと思うと、屈辱的過ぎて頭がどうにかなってしまいそうだ。
しばらく呻くように頭を抱えていたデモルト。予選が半分ほど消化されたところでようやく頭を上げ、彼は濁った瞳と声で部下に告げた。
「今すぐ私の言う通りにしろ……奴らを無理矢理にでもふるい落とす」
運営から会場全体に知らせが入ったのは、予選第一レースから波乱はあったものの、何とか順調に二十五の本選出場ペアの選出が終わった頃だった。
『これよりサプライズルールの発表を行います!』
そう、突然割り込むように使いされたルールは主催側曰く、盛り上がりを維持するために公平さを盛り込むのだという。
そもそも個々人によって能力に差がある時点で公平さなど皆無なのだが、予選を通過したペアのゴールタイムによってハンデを設けることで観客や参加者を楽しませようという魂胆らしい。
実にエンターテイメントをしていると、ローランは感心した。なるほど、参加者に不満を与えつつもレースを楽しみにしている観客に総意によって、それらを揉み消せる良い手口だと。
祭りや大会は盛り上がらなければ意味がない。参加者よりも野次馬の方が断然多い。そして商会の利となる者が混じっているのは観客側だ。なるほどなるほど、確かにローランも同じような催しをし、同じような参加者が集えば、似たようなことをするかもしれない。
「まあ……完全に俺らを振るい落としにきたな」
「ん……中々の小悪党。よほどあのモフモフを奪われたくないと見える」
「それは違うと思うけど……まぁ、景品を奪われたくないっていうのは当たりだろうな」
他の予選通過ペアが十分前後で走破したレースを、ローランたちは三十秒もかからずゴールしている。ゴルドー商会がローランを面白く思っていないのは分かり切っているので、何らかの形で妨害を入れてくるのは目に見えていたが――――
「だからってこれは無いんじゃないの……?」
空中投影された二人分の顔写真の横には、元のルールに加えて各選手に課せられたハンデが記されている。その中の一つでもあるローランとアイリスの隣にはこう記されていた。
①使用可能魔術は一種類、一度のみ。なお、自然干渉計魔術、広範囲に及ぶ魔術の使用は禁止とする。
②他のペアはローラン・アイリスペアに対してのみ、いかなる攻性魔術の使用も可能とする。
これにはアイリスも難しそうに顔を歪めた。
「使える魔術は一度きり……それも制限付きか」
「あぁ。しかも、俺らに対してだけ攻性魔術撃って……いよいよ化けの皮が剥がれてきたって感じだ」
普通、怪我する可能性が極めて高い攻性魔術の使用は観客に対して大きなマイナスイメージになるが、厄介なことに他のレース出場者と比べて圧倒的な差を見せつけたローランたちに与えるハンデなら丁度良いと、周囲は納得しているらしい。
あまりに早くゴールテープを切った代償は大きかった。他の走者たちは似たようなタイムでゴールしているため、ハンデが無い者も多い中、そんな状況でこの枷は重たすぎる。
「……ぶっちゃけ、さっきみたいに身体強化の魔術一つで俺を抱えながら無事に走り抜ける自信ある? 勿論、俺が怪我しない感じで」
「難しい。相手がどのくらい速く走れるかも分からないし、私たちに対してだけ攻撃が許されるっていうルールが、あまりに厳しすぎる」
もし仮に、アイリスと同等の動きが出来る参加者が二十五のペア、総数五十名の中に居れば、反撃も許されないルールというのはあまりに痛手だ。相手の魔術による妨害に対して、身体強化だけで対処するのはほぼ不可能だろう。
「だからと言って、他の魔術に一回限りの使用権を回すのも難しい。私一人だけならともかく、ローランもゴールしないとダメだし。ローランが重い訳じゃないけど、さっきみたいに抱えて走ろうとしたら身体強化が無いと体格差があり過ぎてバランスが取りにくい」
人間の体は間接に沿って曲がる。不動である木や鉄の棒ならともかく、アイリスの動きに翻弄されて盛大に揺れ曲がる荷物など、体格差があり過ぎては上手く走る事など出来はしない。
このレースのルールでは、ペア二人がゴールに到着して初めてクリアとなる。仮にアイリスの魔術でローランの守りを固めたとしても、そのローランが相手から妨害を受けてゴールできなければ意味が無いのだ。
(こういう時にこそ魔道具が使えればなぁ)
つくづくそう思わざるを得ない。魔道具が無い魔道具職人など、最早ただの人でしかないのだ。歴戦の雰囲気を匂わす連中の中に飛び込んだのだし、エンターテイナーを謳うのなら、今こそ自分に対してハンデである魔道具の使用許可を下ろして欲しいというのが、ローランの本音である。
(まぁ……そんなこと向こうが許すわけもないけど)
もしも仮にそうなれば、ゴルドー商会主催のアピール目的もある祭りは一転、ローランが作った魔道具の宣伝の舞台となるなろう。
最低でも十位以内に入るために、ああでもない、こうでもないと頭を捻るローラン。そんな彼の服の裾を、アイリスが軽くつまんで引っ張った。
「やっぱり危ないし、棄権した方が良い」
「棄権って……お前、あのぬいぐるみは良いのかよ?」
ローランの問いかけにアイリスは一瞬、未練がましい視線を景品棚に置かれたぬいぐるみに向けるが、すぐにローランの目を下からまっすぐ見据える。
「正直、残念だけど仕方ない。私にとっては、ローランの方が大事だから」
見当違いにも、「傍から聞けば勘違いしてしまいそうな言葉だな」などと見当違いな事を考えながら、ローランは上を向く。
もうじき本選が始まる。棄権するならレースが始まる前である今であると考えながら、ローランの頭には様々な感情が入り混じっていた。
それは無茶ぶりを強いられた屈辱であり、このまま何の作戦も無くレースに参加することへの恐怖であり、何とかしてやりたいという執着に似た想いでもあった。
やがてそれらは一つの感情に取り込まれ、混ざり合い、意志となる。時間にして三十秒ほど、心の内から湧き出た気持ちをゆっくりと整理してから、ローランは言い辛そうに告げた。
「んー……あー……その、だな」
「うん」
「……今日は、俺とお前のデートな訳じゃん?」
「それは買い物の名目だけど?」
「あんまりハッキリ言わないでくれませんかね? 名目でもデートなんだから」
首を傾げながら真顔で疑問符を浮かべるアイリスに、なぜか泣きたくなる気持ちになったが、それを必死で押し殺す。今は繊細な男心が傷付けられたからと言って、泣き言をいう時ではないのだ。
「デートとなると、男は一回は格好つけなきゃいけないというのが、世界共通のルールな訳よ」
「……そうなの?」
「そうなんです」
「……知らなかった。デートにそんな決まりが……」
勿論そんなルールはない。常識的に考えればそうする必要があるのは否定できないが、とりあえずそんな暴論を大ウソをローランは押し通した。
「で、だな。俺がこの場で棄権しますなんて言ったら、もう男の沽券は凄いことになりかねんわけよ。……あくまで俺のために言ってるんだぞ? 俺の沽券のために言ってるから、勘違いしないようにな?」
「ん、わかった」
少し気恥ずかしくてそんな言葉が口から出る。しかしここまでくれば後には退けない。ローランはこれから襲い掛かるであろう恐怖に胸を鳴らし、それを沈めるために深く息を吐いた。
「……棄権する必要はねぇ。俺に任せろ」
魔道具が無ければ自他を認める一般人。魔道具を持っても逃げることとサポートすることしか能の無いことを自負しているローランの、思いもよらぬ頼もしい言葉に、アイリスは瞠目する。
「……良いの? このまま出場したら、絶対怪我すると思うけど?」
「このまま出場したら、だろ? 当然そうならない為の魔術を使う」
ローランの頭の中には、一つの作戦が浮かんでいた。それはアイリスに頼る部分が非常に多く、どうにも締まらない上に結局怖い思いをする、格好をつけるとは言い難い不確かなものなのだが、そういった不確定要素よりも一月以上共に過ごしたアイリスをローランは信じることにした。
「お前、さっき言ったよな? 俺の体重が重い訳じゃないって。 それって素の腕力でも持ち上げて走るだけなら造作もない重量って事だろ? 俺が動きさえしなければ」
「ん。でもそれは仮の話だし――――」
「いいや大丈夫だ。そこまで分かれば十分すぎる。これで俺は怪我せず、アイリスも身体強化抜きとはいえほぼ全力で走る事だけに集中できるぞ」
我が意を得たと言わんばかりの不敵な笑みを、やや頬を引き攣らせながらも浮かべるローラン。
「アイリスは、《金剛身》っていう魔術、知ってるか?」
防御に特化した魔術の内の一つに、《金剛身》と呼ばれる欠陥魔術が存在する。
その効力は、術者の全身を金剛石のように硬化させ、ありとあらゆる物理的衝撃や魔術による攻撃を反射させて相手に返すという規格外の術式。
ここまで聞けば、《金剛身》は正に絶対防御の名を欲しいがままにする画期的な魔術に思えるだろう。しかし、これはあくまで欠陥魔術であり、そう呼ばれるに相応しいデメリットが存在する。
すなわち、《金剛身》を全身に施された者は、まるで鋼鉄を塗り固められたかのように腕一本どころか指先一つ、間接一つ動かすことが出来なくなるのだ。
勿論移動することも出来はしない。使いどころによっては価値はあるものの、機動力を重視されがちな戦場においてはほとんど使う者が居ない魔術である。
『えーっと……はい。既に魔術を使用されたので、ローラン・アイリスペアはこれ以上の魔術の使用は禁止されますが……本当にそれで良いんですか?』
本選レース開始直前、堂々とスタートラインに立ったローランたちに、司会進行役は困惑した。
『レース開始前の今ならやり直しが出来ますけど……』
「ん。これでいい」
堂々と言い切りアイリスの手には、彼女の身の丈を超える得物が握られ、肩に担がれていた。
……否、それは武器などではない。なぜならその武器は服を身に纏っていた。何を言っているのは理解できない者にも分かりやすくいうのなら、その得物は剣や槍のような形ではなく、人の形をしていた。
というか、完全に人間そのものである。あろうことか、アイリスは人間を武器にスタート地点に立ったのだ。
『ローラン選手も……それで良いんですか?』
「良くはない。良くはないんですけど……うん、大丈夫です。覚悟、決めましたから」
少し足を広げた直立不動の体勢で無駄な決め顔を披露するアイリスの武器……全身にあらかじめ《金剛身》を施したローラン。
全身を身動き一つとれぬ一塊の鋼と化した店の上司の足首を握り、その具合を確かめるように何度も振り回すアイリス。一振り一振りで烈風を巻き起こす彼女は、最後に風車のようにローランの体を凄まじい速さで回し、再び肩に担いで満足気に頷いた。
「……悪くない。ローランは鈍器になる才能がある」
「どうしよう。こんな嬉しくない褒め言葉は初めてだ」
ローラン発案の作戦とはいえ、周囲からの奇異の視線を向けられて少し心が折れそうになった。
「……剛魔剣ローラン……刃がないから槌とか棍の方が良いかな? ローランはどっちの方が良い?」
「勝手に銘を付けないでくれない? ずっとこのままでいる気は毛頭ないから。壁に飾られたりするつもりもないから」
こういう時、周囲の視線などどこ吹く風なアイリスの神経の図太さが心底羨ましい。
しかしここが勝負の決め所。ローランは奇異の視線を振り切り、それと同時にアイリスが一着を宣言するかのようにローランの頭をゴール地点へと向けた。
「今から俺がお前の鈍器だ! 間違っても落とすなよ!?」
「ん。大丈夫。自慢じゃないけど、今まで戦場で私から武器を弾き落とした敵は一人もいない」
他のざまぁシリーズもよろしければどうぞ。




