ぬいぐるみを求めて
まずは重大なスランプに陥り、更新を長く開けてしまったことを深くお詫び申し上げます。
こんな作品ですが、お気に入り登録や感想、評価してくださると幸いです。
しょんぼりと俯きながら、無言で麺料理をフォークで絡め取って口へ運ぶアイリスを前に、ローランは嘆息する。
「そう落ち込むなよ……って言っても無理か。お前ああいうのが好きな割には、向こう側から嫌われてたらなぁ」
「……言わないでって言ったのに」
喫茶店の窓から見える、飼い主にリードを引かれながら散歩をする犬を親指で示すと、アイリスは少し眉根を顰めた。原因はどうあれ、怒るくらいの活力は出てきたらしい。
「……動物……特にモフいのは昔から好きだった」
どこから恨みがましい視線から顔を背けていると、絶大な氷の魔術を操る目の前の魔族の少女は、どこか儚げで頼りない子供のような姿勢と声で呟いた。話に間を持たせるための食事の席の肴の為か、それとも単なる愚痴かどうかは分からないが、ローランはそれに耳を傾ける。
「でも動物って人より危険に敏感だから、魔力が極端に強い人とか、とにかく危険と分かる要素があると全然懐かない。だから今まで会って来たのも皆私から逃げて……」
好きなものに逃げられる。なるほど、それは確かに辛いだろう。ローランは思わず同情的な視線をアイリスに送った。
「私がちゃんとモフれるのは弟くらいで……」
彼女の弟の正体がいい加減気になってきたローラン。しかし今はそれを追求する時ではないということくらいは分かる。
なんとかアイリスの気を晴らせないかと所在無さげに辺りを見渡すと、店の壁……それに一番目立つ場所に堂々と貼られた広告を見つけた。
(あれって確か……このチラシの)
ゴルドー商会主催の景品が貰える大会だ。そこにはどうやら景品の目録が書いてあるらしく、ローランは気になって眺めていると、そこには今の状況にはうってつけの事が書かれていた。
「おい、アイリス! あの広告見ろ!」
「……? なに?」
「ほら、あれ! 景品のところ!」
「……?」
ローランの様子に一体なんだと、アイリスは広告に目を向ける。
そしてしばらくの沈黙の後…………全身に活力を漲らせたアイリスの膨大な魔力が大渦となって体内で荒れ狂った。
一般客やノルドに立ち寄った冒険者たちを対象とした、ゴルドー商会主催の催し。それは所謂、豪華景品が狙えるゲーム大会のようなものだ。
ノルド中の店……もっと言えば、傘下の商人たちから贈与という体裁で、無料で商品を無理矢理かき集め、訪れる人々にゴルドー商会の規模と財力を品評会と合わせてアピールするつもりだったのだ。
まともに景品を購入したのは他の傘下にある店くらいか……ここまで強引に企画を進めたというのに、ローランやジークの登場により計画は頓挫してしまった。
品評会が成功さえしていれば話は違ったのだが、これでは商品のタダ売りでしかない。デモルトとしては当然大会を中止にしたかったが、前もって準備を進め、広告していたのが仇となって、大会は大多数に知れ渡り、参加者も大勢いる。
この状況で突然中止にすれば間違いなく悪印象を持たれるだろう。それはどんな商人でも避けなければならない。
「くそっ!」
そういう事で、今デモルトは荒れていた。
元々ゴルドー商会が品評会で最優秀賞を得ることを前提としてことを進めてきた彼らの戦略ミスなのだが、それと感情は話が別。憎しみの対象は自分の浅はかさではなく、ローランたちに向けられているのだ。
「……この事態はもうどうしようもない。それよりも、どうやってあの小僧どもを潰すべきか」
出る杭は打つ。それがゴルドー商会の邪魔をする店や商人なら尚のこと。
デモルトも一応手は考えてはみた。しかし相手は五大商家の覚えも目出度い新進気鋭の職人が統べる店。もしローランの身に何かがあれば、ゴルドー商会では太刀打ちできない規模の敵が五つ同時に現れる可能性が高い。
これまでのように暴漢を雇って直接危害を加えるのはもっての外。ならば悪評を流すという手もあるのだが、店どころか商品すら今まで出したことのない職人を批判したところで、他の者には判断基準がないし、五大商家に目を付けられる可能性は依然として高いのだ。
「会長、ご報告したいことが」
「なんだ?」
ああでもない、こうでもないと考えていると部下が一人やって来て、デモルトに耳打ちする。
「本日開催の大会の当日参加受付に、ローランが少女一人を伴って現れました」
「何? ということは何か? 奴は大会に参加しようというのか?」
「はい」
デモルトは歯噛みする。おのれ憎きローランめ、私から最優秀賞を奪っただけではなく、景品までかすめ取ろうというのかと。
しかしふとある考えがデモルトの脳裏に過る。それは耐えがたいほど甘い誘惑であり、悪魔の囁きでもあった。
「おい、今からいう事を運営各員に内密に伝えろ」
飛んで火にいる夏の虫とは正にこの事だ。デモルトは厭らしく口角を釣り上げ、何も知らずに飛び込んでくる商売敵を待ちわびるのだった。
ゴルドー商会主催、二人一組を参加条件とする障害物リレー。ノルド郊外にある広大な土地を借りて仮建設された巨大コースには所狭しと障害物が並び、中央上空には観客も楽しめるようにコース内の様子を映像魔道具によって投影、大きな四角形の映像が四方に展開されている。
「で、このレース結果の上位十組……一位から順にあの景品を好きなものを一つずつ貰えるってわけか」
ローランは幾つもの景品が置かれた台に視線を向ける。その景品を貰える組の数……つまり中の景品の片隅に、アイリスが求めていた件のぬいぐるみと同じものが置かれていた。
「あの店主……これを見越してチラシをくれたのかもな。あとでお礼言いに行かないとな」
「ん。絶対に負けない」
眠気眼にかつてないほどの闘志が宿る。小さく華奢な両手で握り拳を作るアイリスだが、その姿はより周囲から侮られていた。
『何だあの貧弱そうなガキどもは』
『見るからに弱そうだな。こりゃあ、ライバルが一人減ったも同然だぜ』
大体的に告知し、景品もミスリルの剣を始めとした高品質で高価な冒険向きの道具であるせいか、辺りを見渡せば見るからに強そうな冒険者たちが大勢参加していた。
冒険者というのは常に命をチップにして危険に身を置く職業。少しでも生き残る可能性を上げるためには何かと金が入り用で、この手の催しは騙されているかもしれないと分かっていても飛び込まざるを得ないのだろう。
実際、参加者は筋骨隆々で強面な無頼たちばかりで、一般人からの参加は一割にも満たないかもしれない。言うなれば猛獣の巣に放り込まれた兎……下手なことをすれば文字通り捻り潰されそうだ。
『……何か、寒くないか?』
『本当だ……夏なのに、何でこんな冷たい風が?』
尤も、ドラゴンを瞬間冷凍する翼を隠した魔族が隣に居るので、ローランの心配事は別のところにあるのだが。
「アイリス、アイリス。気合を入れるのは良いけど、魔力は抑えて。冷気が漏れて周りに不審がられる」
「あ、ごめん」
小さな肩を二回軽く叩き、ローランは大会ルールが表記された紙を取り出した。
「そんじゃ、始まる前におさらいだけしとくぞ」
「ん」
今大会は二人一組のペアとなって他のペアと争うレースであり、同時でもズレてでも良いので両者がコース終点に到着すればゴールとなる。
初めて開催されるとはいえ、宣伝の甲斐あって出場者が非常に多いため、まずは五組~四組同時にスタートする予選のトップを勝ち抜いたペアだけが本戦に出場可能。
そうして残った二十五組による本戦で、先着一組から十組までが順に景品を獲得できる。
なお、ショートカットや武器、魔道具の持ち込みは厳禁(籠手など、打撃力を上げる装備も含む)。他のチームの妨害として服を引っ張る、足を引っかける、魔術は使用可能ではあるが、殴る蹴る、怪我前提の攻性魔術を使えば失格。魔術や有翼種族による飛行も同様。
「……ようするに、障害物を全部突破してローランと私がゴールすればいいの?」
「そういう事……なんだけど」
ローランは周囲の屈強な戦士たちを見渡し、顔を顰める。
「この連中相手にすると、絶対に俺が足引っ張る。魔道具も使えないし、魔術も得意じゃないしな」
更に付け加えれば、参加者の殆どが妨害だけではなく、競争という種目に何らかの有利が働く魔術を使ってくるだろう。それが身体強化なのか、風や炎による推進力を生み出すものなのかは分からないが、ローラン一人ではどうしようもないという事実は覆しようもない。
「どうする? このままだと、(情けない事に)俺を守りながらゴールに向かわなきゃならなくなるんだけど」
ペア二人が終点に辿り着かなければゴールと認められないルールがある以上、こんな足手纏いがいては妨害もままならないだろう。どうしたものかと頭を悩ますローランだったが、当の本人であるアイリスはその豊かな胸を張った。
「大丈夫。私に任せて」
その声には淀みも迷いも無く、自信に満ちたアイスブルーの瞳がローランに無言で「私を信じてほしい」と訴えかけていた。
「……自信、あるのか?」
「考えられる以上、これ以上の対処はないと自負している」
ローランは瞳を閉じて思案する。
ローランとて、サポートに徹していたとはいえ激しい戦いを潜り抜けてきた男だ。他の出場者との間にある実力差は理解できている。その上で、これまで見てきたアイリスの能力と比較し、意を決したかのように頷いた。
「分かった……お前を信じるぞ、アイリス。俺たちの優勝は、全部お前に預けた」
「ん。任された」
…………この選択を、ローランが後悔するのは半刻も経たない内の事だった。
他のざまぁシリーズもよろしければどうぞ。




