デート……ではないのかもしれない
ここんところスランプで更新できませんでした。
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ノルドを去る前に諸々の準備がある。そう言い残して、一旦別行動をとることとなったジークを待つ形で、ローランとアイリスは三日ほどこの街に滞在することとなった。
「いきなり暇になったな」
「ん。そだね」
手荷物は財布のみ。暇を持て余した二人は、泊まっている宿屋で特に何をするわけでもなくボーッと天井を見上げている。
何せ魔道具職人らしく新しい物を作ろうにも、肝心の魔核の材料である、魔力を宿す宝石類や結晶体が手元にないのだ。ノルドに来た時点ですべて換金してしまい、どうすることも出来ない。
なら新作のアイデアでも紙に起こすべきかとも考えたが、今はエアコンに関する取り決めに頭を回さなければいけない時期。本当に良い物は集中して考え、集中して作り出すべきであるというのがローランの持論だ。今の時期には商品価値のある魔道具にまで裂く思考の容量が存在しない。
「なぁ、アイリス。お前って暇な時とかどうしてる?」
「いつもならモフってればいつの間にか時間は過ぎてたけど……忙しくなると思って持ってこなかったのは痛恨の極み。この程度のモフじゃ満足できない」
寝間着に持ってきていたモコモコした着ぐるみパジャマを抱きしめながらベッドの上をゴロゴロしていたアイリスだが、所詮寝間着は寝間着。抱きしめることを想定していない薄い生地では満足できないのだろう。
表情の変化に乏しくとも、若干細くなった目つきが不満足であるということを雄弁に物語っていた。
「俺も勉強でもしようかと思ったけど、せっかくの暇な時間だから休みに使いたい気分だ。ここ数ヶ月間慌ただしかったし」
「……勉強? 何の?」
アイリスはむくりと上体を起こし、首を傾げながらローランを見つめる。
「なんのって……魔道具作成の勉強だよ。魔核にエンチャントするの組み立てとか、新しい外付け道具に関することとか」
「あれだけ常識外れの魔核が作れるのに、まだ勉強することがあるの?」
「そりゃそうだろ」
ローラン本人としても実に面倒な話ではあるが、技術の世界は常に日進月歩を続けている。手の職を付ける者なら、常に公開されている新しい技術や知らなかった古い技術を取り入れていく努力をするべきだというのが、父リーガルから教わった教訓だ。個人での独学では限界がある。
「それに……これは半ば習慣みたいなもんだな。道具屋になるって決めてから、親父にメッチャ鍛えられてきたから」
リーガルは当初、ローランを店の跡継ぎにしようとは考えてなかったようだが、後にローランから店を継ぐことを告げられると、自分の持っている技術や知識の全てを叩きこんでくれた。
しかし、そういった修業時代ともいえる日々は過酷だ。何を作っても無からずダメ出しをされる毎日。認められる魔道具を一つ作ることが果てのない作業に思えるほど、リーガルの姿勢と指導に妥協はなかった。
「結局、親父に認められた商品は火種作る魔道具とか、どこにでも転がってる魔道具だけ。俺が一から十まで考えた魔道具は、認めさせられなかったなぁ」
「エアコン見たら、ローランのお父さんも認めてくれるんじゃない?」
「どうだろ……。屁理屈捏ねてでも欠点をあげてきそうだ」
そういう事にはとことん目敏い父だった。その父に認められるため、完璧な魔核作りに励んできたが、結局リーガルの期待に応えられていたのか今となっては分からない。
「にしても暇だ」
「ん。暇だね」
そして話はループを始める。元々アイリスは積極的に話す性格ではない。そんな彼女と一月以上共にいるが、ローランも話題を触れるほどアイリスという人物像を知らないが故に話題を振ることも出来ずにいる。
だからといって、無理に彼女の趣味嗜好に合わせた会話をするというのも白々しい。もしかしたら、楽しい話題を振ることも出来ない自分は魔道具関連の事を除けば面白味のない人間なのではないかと、内心でやや鬱になっていると、ふいにアイリスが立ち上がった。
「よし。暇だから出掛ける」
部屋の中に居てもやることが無いのなら、外へ出るしかない。そう決断したアイリスを見送るために手を振ろうとするローランだったが、それよりも先にその手をアイリスに握られた。
「という訳でローラン、わたしとデートしよ?」
「…………へぁ?」
思わず変な声が出た。
デート……それは男女の逢引きにして健全な清く正しいお付き合い。つまりは彼女と彼氏。いずれは互いの両親に報告し、真っ白な教会でブライダル。新婚初夜を経て可愛い子供。素敵で無敵な幸せ結婚生活。
と、交際経験の欠片もないどころか、女の影一つもない性欲を持て余す青少年なら、アイリスほどの美少女にそう告げられてはここまで妄想してしまうだろう。しかし、くどいようだがローランは恋人であった幼馴染と義妹によって女の一番汚い部分を見せつけられた男だ。
だから――――
「どーせこんなこったろうと思ったよ。デートとか何とか言って、結局は荷物持ちとして買い物に付き合わせた挙句奢れって事だろうと思ったよ」
ローランの財布から出費購入したアイリスの私物が、自らの両手を塞いでいるとしても悲しくなんかない。悲しくなど、決してないのだ。
「少なくとも収入入るまでは給料無しで働いてるんだから、給料が入るまでの間は、わたしの生活を保証する努力をするべきだと思う」
「まぁ、な。それに関しちゃホント悪いと思ってるから。必要なもんがあれば何でも買っていいぞ」
資金だけは際限なく作り出せるので、こういう出費を気にしなくて済むのが創星樹の良いところだ。
「というか、こういう資金が入るなら最初から給料として渡してくれてもいいのに」
「いや……それやると結果も出ず、働かなくても給料が貰えるみたいな前例を作りそうで怖い」
将来、シャルバーツ道具店には幾人もの従業員を集めることを想定している。働かなくても、物を売らなくても資金が底をつかないなど不良従業員の目には、サボりながらでも高給を貰えるように映りかねないし、またそのような人材に成長してしまう可能性もある。
最初期のメンバーだからといって……否、最初期のメンバーだからこそ、堅実かつ誠実に働かなければ給料は出さないと示さなければならないのだ。今はまだ収入が入っていないからこそ、こうして私物の購入に金を出しているだけで、いざ収入が入り始めたらこうして金を出すことはないだろう。
「金あるのに給料出さないのはマジで悪いと思ってるけど、今後の為にもそこは納得してくれると助かる」
「ふーん。……ま、いいけど」
いまいち何を考えてるのか分かりにくい視線を向けていたアイリスは、後ろで手を組みながら手提げ袋を持ち、ローランの前を軽い足取りで歩く。その後ろで彼女と同じように服飾品などが入った手提げ袋を両手に持つローランは、ふと気になったことを尋ねてみた。
「今んとこ生活必需品ばっかり買ってるけど、ああいうのは買わなくても良いのか?」
顎でガラス張りのショーウインドウに商品を飾る店を示す。そこには白いウサギのような生物を模した真ん丸と大きいぬいぐるみ……アイリスが好きそうなモフモフとしたグッズが鎮座していた。
「ん。流石に奢ってもらう身でそこまで図太くなれないし。自分の好きな物は、ちゃんと給料が入った時って決めてるから」
そう言いながらもチラチラとぬいぐるみから視線を外せなさそうなアイリス。
「でも……あれは間違いなく高原に生息するハイラルアルパカの毛で出来た最高品質の一品。しかもあの自重での潰れ具合から、詰め物は天使の羽毛と名高いグーグルスワンの羽毛と見た……!」
「見ただけで分かるのかよ」
「……今から予約みたいな感じで取っておいてもらえれば、あるいは……」
「……給料は出せるの最低でも一週間は先になるぞ? それまで取っておいてくれるかなぁ」
念には念を。店に入り、店主と思われる中年の男性に話を聞いてみたが、その答えはアイリスが望んだものではなかった。
「すみません、ウチはオーダーメイドや取り寄せは承ってるんですけど、予約はしてなくて……ディレードに本店があるだけあって、貴族のご息女もいらっしゃる機会が多いですし、もし待っている間にこれを欲しがるお客さんがこられたら断れないんですよ」
買うなら今しかない。そう告げられたアイリスは、どことなく気落ちした様子だ。
「むぅ……残念」
「ちょっとくらい奢ってやるってのに。そんな遠慮しなくても」
「ん……いい」
その後ろ姿が居た堪れなくなったローランはそれとなく購入を促すが、アイリスは未練が残る視線をぬいぐるみに送りながらも、きっぱりと拒絶の意を示す。資金を出してもらっている手前、多少は遠慮している部分があるのだろう。
「その割には酒メッチャ飲んでるけど」
「兵糧は蓄えられる内に遠慮なく蓄える派。何時食べられなくなるか分からないし」
「いつの時代の価値観だ」
飢饉はもう二百年以上前の話。農耕技術、漁業技術の発展により、平民ともなれば飽食が許される時代だ。アイリスが封印されたのは、それなりに昔の話なのかもしれない。
「あ、そうだ。よかったらこれに参加してみてくださいよ」
店から出ようと身を翻したその時、男店主は思い出したかのように一枚のチラシを差し出した。
「これは?」
「今日の十二時から開催される、ゴルドー商会主催のちょっとした大会みたいなもんです。うちの店も提携してるんですよ」
「へぇ」
暇つぶしには丁度良いかもしれない。思わぬところで退屈を紛らわせることが出来る祭りの知らせに気分を良くした二人は、今度こそ店を出て街を再び散策する。
「参加条件は無し。観光客も狙った自由参加型みたいだな。開催は十二時からだし、ちょっと早く昼飯にした方が良いかもな」
「そだね。さっき丁度いい感じの喫茶店があったし、そこにしない?」
「……酒とは言わないんだな」
「失礼な……私だって日が高い内からお酒を飲まないくらいの分別は……ん?」
その時、アイリスとローランの前を一匹の子犬が通りかかった。野良犬なのか、首輪が外れた飼い犬なのかは分からない。なぜならその子犬は、全身を長くフサフサした柔毛で覆われていたからだ。
「…………」
必然、アイリスの瞳が光り輝く。ゆっくりと、警戒されないように子犬の方へと近づくその姿は、好奇心旺盛な子供のように微笑ましい。そしてそのまま子犬を抱きかかえようとした瞬間――――
「ヴゥー……! キャンッ! キャンキャンッ!」
思いっきり威嚇された。子犬らしい高い鳴き声だが、全身の毛を逆立てながらアイリスに向かって吠えまくるその姿は警戒心全開の獣。流石にその態度に傷ついたのか、アイリスはビクリと肩を跳ね上げて、伸ばした手を止めてしまう。
「キャンッ! キャンッ! キャンキャンッ!」
そして歯茎を剥き出しにしながらアイリスの指先を小さな爪で一閃。ショックを禁じ得ないと言った感じで呆然とする彼女をよそに、子犬は一目散に駆け出し、姿が見える最後の瞬間まで魔族の少女に向かって吠えまくっていた。
「…………アイリス、お前まさか」
「…………昔からこんな感じだから、改めて聞かせないで欲しい」
動物から嫌われるタイプ? そう聞こうとしたローランの言葉は、僅かな涙声によって呑み込まれた。
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