悪意の視線
いつもののせいで更新遅れました。最近は夏バテのせいか、眠気がすごいです。
そんな作品ですが、お気にいただければ評価や感想、登録のほどをよろしくお願いします
結論から言って、今期のノルド品評会で最優秀賞に選ばれたのは、ローランが作り出した魔道具エアコンダクター……もとい、エアコンに決まった。
戦闘という、これまでの魔道具の傾向的な目的設計には殆ど無かった万民に対するアプローチは五大商家を含めた大勢から称賛を浴び、嬉しいような恥ずかしいような、そんな表情で表彰台から下りたローランの元には、大勢の商人が殺到した。
「あのエアコンという魔道具をぜひ私の店に卸してくれないか!?」
「今すぐ取引を開始したいのだが、まず百台用意してくれ!」
「量産は可能なのだろうか!? なら私の店と契約を!」
彼らはディレードからこの品評会を見に来た腕利きの商人たちだ。エアコンの商品価値を正しく見極めた、一等地に店を構える彼らは皆一様にローランとの卸売り契約を結ぼうと、我先にと話しかける。
「え!? ちょっ、ま!?」
しかし当のローランが一度に対応できる人数ではない。もはや何を言っているのかも理解できない大勢の声にただ困惑していると、ジークが横から割って入ってきた。
「はいはい、失礼します。ローランへの質問は、まず僕を通してからお願いしますね」
ジークはローランたちゴルドー商会の傘下に加わらなかった職人と提携している。そして最優秀賞を取った今、彼はローランの店の営業を担当する者になるという約束を果たそうとしているのだ。その事を少し遅れて理解したローランの目には、脂肪が揺れるデブの体が実に頼もしく感じられた。
「家格や取引内容については彼と相談し、また後日お知らせさせていただきます。なので、まずは皆さまのお名前とご連絡先を教えていただいてもよろしいでしょうか?」
そう言って殺到した商人たちを全員縦に並べて、一人一人から名前と郵便先を聞き出すジークを眺めていると、ローランの袖をアイリスが軽く引っ張った。
「……やったね」
「……あぁ」
出だしでいきなり噛んだ時はどうしようかと思ったが、結果は好調そのもの。あんなにも大勢の商人たちが、自分が作った商品に夢中になって群がっていると思うと、ローランは目頭が熱くなった。
「でもここからだ。ようやくスタート地点に立てた」
勇者に恋人を寝取られ、義妹も家族を捨てた挙句、故郷以外の人々から寝取り野郎などという、当時のローランにとって最も屈辱的な言葉を投げかけられたあの日から一年弱。成り上がってやると奮起して走り続け、様々な運と縁に恵まれてここまで辿り着いた。
その事を忘れず、決して驕ることなく進み続けるためにも、ローランは瞳にたまり始めた雫を瞼で押し戻した。
「……っ!」
そんなローランたちを歯噛みしながら忌々しげな表情で見つめているのは、目論見を完膚なきまでに潰されてしまったデモルトである。
よもやあんな若造たちに出し抜かれるとは思いもしなかったのだろう。しばらく呆然としていた彼だったが、表彰式の歓声と拍手でようやく自我を取り戻したデモルトは、諸悪の元凶とも言うべきローランたちに明確な憎悪と敵意を剥き出しにしていた。
(お、おのれ……! よくも私の邪魔を……! 最優秀賞を取らなければ意味が無いというのに!)
ゴルドー商会が発表した、大気中から魔力を吸収し、装備者に還元する鎧は優秀賞に選ばれたが、最優秀賞と比べるとディレードにおける影響力や宣伝効果は天と地ほど違う。
しかも今期の最優秀賞であるエアコンは、他の商品が全く印象に残らないほどの注目度。優秀賞獲得によって得た賞金も、ゴルドー商会からすればはした金に過ぎず、それ以外にこれといった特典もない。
誰一人ゴルドー商会から紹介した商品には目もくれず、みんながみんなエアコンに釘付けになっているおかげで、デモルトとエドウィンの目論見は失敗したと言っても過言ではないだろう。
(我がゴルドー商会の技術の恩恵を受けておきながら、みすみす最優秀賞を奪われた魔道具職人共もだ! どいつもこいつも役立たず共めぇ……!)
そんなデモルトの苛立ちはついに自分の商会の足場でもある職人たちへと向けられる。それはゴルドー商会の為にも懸命に、丹精を込めて魔道具を作りだした者たちへ向けても良い感情でもないにも拘らずだ。
「ではこちらの商品サンプルに持ってきたエアコンは、五大商家の方々の内のお一人にお渡ししたいのですが……」
「うむ。使うのが実に楽しみだ。ではさっそく私が……」
「お待ちください。私たちヘーラーが扱っている商品は布織物。この暑さで商品に汗が染み込んでしまいそうになるのに長年悩まされておりましたの。ですので、これは私共があり難く使わせていただきますわ」
「おいおい、待てよ。それを言うなら船の上での熱中症対策のテストに使わせてもらうぜ? 結界を張れば野外でも問題なく作用するんだったな?」
しかも品評会での伝統ともいえる、五大商家へのサンプル提供は五人全員が取り合うほどの好評っぷり。例年通りなら一人かゼロ人、多くて二人が受け取ろうとしてちょっとした小競り合いをする程度だというのに。
「ど、どうするのだねデモルト君!? これでは我々の作戦に支障が……!」
「……大丈夫、大丈夫です。所詮は最初の一回が上手くいかなかっただけ……次回からは出場するメリットもなくなる連中です。二回目三回目にまたチャンスが巡ってきます」
しかしと、デモルトは目を細める。
「出る杭は打たなければなりません。いつか私の商売敵となる前にね」
それが地獄への片道切符であることも知らず、デモルトは妬みと怒りをローランたちに向けるのであった。
品評会も無事に終わり、ジークを新たな連れ合いに加えたローランとアイリスは、宿屋の酒場でささやかな宴の席を開いていた。
とはいっても大騒ぎするほどのものではない。各々が好きな料理や飲み物を、テーブルに所狭しに並べただけの席で、ジークはジョッキを傾けながらポツリと呟く。
「ゴルドー商会に所属している職人たちの名誉のために言っておくと、彼らは本当によくやっている。それは戦闘用魔道具が溢れかえるこの世の中で、五大商家の方々に関心を持たせた魔道具を発表できたことがそれを証明している」
実際その通りだったのだろう。出展商品が全て戦闘目的という同じ傾向の魔道具でありながら、数多く存在する同カテゴリーの既製品とは異なる魔道具をあれだけ作り出せたのは大したものだ。
「では一体何が悪かったのか? ……これはゴルドー商会をそれとなく偵察して分かった事だけれど、どうやらデモルトは代々伝わる戦闘用魔道具の魔核製造技術を重視しすぎて、傘下に加えた職人たちの得意な魔核作りをさせなかったという点に尽きるだろう」
魔道具職人も人だ。得意不得意というものが当たり前のように存在する。魔核に付加できる魔術にはどうしても個人差があり、いくら戦闘用魔道具が主流とはいえ、あれだけの数の職人がいれば戦闘用以外の魔道具作りに突出した者も中には居ただろう。
勿論どのような魔核でも作り出せてこそ一流だが、そういった得意分野や苦手分野を無視し、専門分野までも排して自分が売りたい物を押し付け、職人の良さを殺している。
結果、五大商家を含む幾人かに商品の完成度のバラつきが見破られた。それこそが、ゴルドー商会最大の敗因なのだ。
「んっ……んっ……ふぅ。……どうしてデモルトはそんなに戦闘用に拘ってるの?」
「さぁ? それは僕からは何とも。伝統技術を守りたかったのか、それとも営業方針に対して意固地になっていたのか。……というか、さっきから凄いペースじゃない……?」
「あぁ……もう酒樽一つ開けたぞ……? 何で顔色に変化が無いんだ?」
両手持ちのグラスから女らしくチビチビと、しかし異様に速いペースでアルコール度数の高い蒸留酒を水のように飲み干すアイリスを戦々恐々と見つめる男二人。実は魔族というのは見せかけで、何か別の生物なんかじゃないかと疑いたくなるペースだ。
「まぁ、金はあるからいいんだけど」
こういう事を見越して、換金分の宝石類や希少金属をいくつか持ってきている。何ならこの酒場の食料や酒を全て胃に収めてもお釣りがくるだろう。
「ま、まぁ何はともあれ、改めて自己紹介を。この度シャルバーツ道具店……はまだ建ててないから、君たちの営業を管理することとなったジークフリートだ、今後ともよろしくね」
「おう、こちらこそ」
「ん。よろしく」
ジークが組した職人たち全員に話した契約通り、彼は最優秀賞を取ったローランの下で営業担当としてしばらくの間務めることとなった。
未だ正式に立ち上げていない店にも拘らず、着実に増えていく従業員におおむね満足しているローラン。少し気になると言えば、ジークが大手を敵にしてでも無名の承認を集めて抵抗しようとした目的に不明瞭な部分がある事だが、それを補って余りある能力が彼にはある。
(俺今まで魔道具作りばっかりにかまけてて、経営については何も学んでこなかったからなぁ……地元じゃ、地元のよしみで買ってってくれたって感じがあるし)
その点、ジークは経営を重点的に学んできたのだろう。品評会でのスピーチ内容は全て彼が提案したものだし、特に最後の五大商家に対する、服飾や装飾品に魔核を取り付けることで体温を調整出来るというアピールは、ジークが「何か追撃のアピールポイントを一つ作り出せ」と言われたから、対処可能でありながら高評価を貰えそうなのを思いついたのだ。
「さて、これで僕も晴れて君たちの仲間になったわけだけど……」
「……まだ一時的にだけどね」
「ま、まぁそこらへんは僕にも事情があってね……一旦そこは置いておくとして、仲間になったからには種明かしして欲しいんだけどね」
「種明かし?」
「どうして無名の君たちがミスリルや宝石類を売るほど大量に用意できたのかとか、材料を卸売りしたのはどこの誰だとか、サファイアとルビーを合成させるなんてどういう技術を使ったのかとか、それはもう色々と聞きたいことが」
「「……あー」」
ジークの疑問は尤もだ。最近それが当たり前になっていたローランとアイリスはその辺りを完全に考慮していなかったのだが、これから従業員の一人となるのなら隠し事は出来ない。
「教えはするけど、これは俺の魔道具製造技術のトップシークレットだから、口外しないように契約書類にサインしてもらうぞ?」
「それは勿論。実態についてはこの目で見ないと信じられないから、それはノルドでの用事が済んでからじっくり見せてもらうよ」
「ん。なら堅苦しい話はこれでおしまい」
パンッと柏手を叩くアイリスの言葉に、ローランもジークも食事と談笑を楽しむことに専念する。
お互いの趣味嗜好、出身地やそこにある珍しいもの。アステリア王国出身のローランにディレード出身だというジーク。そして従業員のプライベートについて口外しないことが記された契約書類にサインさせた後で魔族であることをジークに伝えたアイリス。
「へぇ……魔国じゃあ、やっぱりお酒が特産品なんだね」
「寒い地域だから、体を温めるためにもね」
「なるほど……ところで、もう蒸留酒を二樽開けてるけど、お金本当に大丈夫?」
「安心しろ、金だけはある」
「……これは給料面でも期待した方が良いかな?」
あの小さい体のどこにそんな大量の酒が入るのか。ここにきてようやく顔に赤みが出始めたアイリスを尻目に、ジークはローランに問いかけた。
「そういえば、道具屋として成り上がりたいって言ってたよね?」
「ん? そうだけど?」
「それってどのくらいまで上り詰めるの? やっぱりディレードでもかなり大きい店にするとか?」
「いや、世界一」
何でもないという風に発せられた言葉に、ジークは瞠目する。
「世界一の道具屋になって、勇者だろうが王様だろうが、俺の作った魔道具欲しさに土下座するくらいに成り上がる」
「……それは、五大商家よりも上に行くってこと? 世界中の商品が集まるエデンでも一番になるって事だけど」
「うん」
迷いのない返事。そんな無謀な夢物語を語るローランを、ジークは呆れたような視線で見つめた後、実に楽しそうに口角を釣り上げた。
「それは、実にやりがいのある仕事場だね」
他のざまぁシリーズもよろしければどうぞ。




