品評会当日
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品評会当日。ノルド中心部の来賓館の広間には五大商家の代表たちや区役所関係者、そして今回のイベントの主役である品評会の参加者が集まっていた。
初夏の熱気が大地を熱し、建物内部に立てこもる暑さは、窓を全開にすることで換気してもなお、汗が噴き出てしまうほど。
あまりの室温に誰もが扇子を扇いだり、首元を緩めたりする中、この場に居る品評会の参加者の殆どを束ねるのは、指や首元など、体のいたるところに宝石を散りばめた金細工を身につけた、でっぷりと太った見るからに成金風の中年男、ゴルドー商会会長のデモルトは憮然とした表情で広間の一角に目を向ける。
「えぇい、あの小生意気な小僧の販売許可書一枚も奪えなかったのか!? 私が雇ったゴロツキ共は皆で木偶の棒か!?」
「いえ……それが、向こうもかなり腕利きの魔術師を護衛を雇っていたらしく、何でも近づいてきた我々の手の者は皆、氷漬けにされていたとか何とかで……」
メガネを着用した秘書と、誰にも悟られぬよう小声で話すデモルトは、聞かされた報告に奥歯を噛み締めずにはいられなかった。
「デ、デモルト君……! 本当に大丈夫なのかね……!? 出場者を全て君の傘下で固めると聞いていたのに、あんなどこの誰とも分からない連中に参加されては、我々の計画が……!」
「……ご安心ください、エドウィン区長。所詮は顔も名も知られていない駆け出し共の集まり、烏合の衆です。我がゴルドー商会が誇る技術力の恩恵を受けた職人たちが負ける道理などどこにはありません」
仕立ての良い服に身を包んだ白髪が混じった茶髪の中年、ノルド経済特区区長のエドウィンが不安げな表情で問い詰めてきても、そう返答することしかできないデモルト。
……とはいえ、実際虚勢という訳でもない。今は衰退の一途を辿っているとはいえ、長い歴史を持つゴルドー商会の技術力は確かなもの。幾ら傘下に収めた職人の足元を見ているとはいえ、品評会の大事な手駒である彼らには見返りにもなり得る相応の準備をさせてきた。
名も知られていない職人が上回るとも思えないし、マーケティングや販売戦略の面でも木っ端の商人に負けるとは到底考えられない。
(そうとも。確かに販売許可書が一枚漏洩したことには肝を冷やしたが、それを手にしたのがあんな若造共なら問題はない)
ジークフリートという、こちらの取引に一切応じようとしなかったもの知らずで生意気な小僧など障害になりえないと、デモルトはひっそりとほくそ笑む。
どうやらゴルドー商会が傘下に加え損なった、特に注目するべきところのない職人たちと協力しているみたいだが、そんな連中に後れを取ることなどありはしない。
(今に見ているがいい、ディレードの見る眼の無い愚か者どもめ。私こそが五大商家を六大商家に変える男なのだ)
ゴルドー商会は代々魔道具の主流である戦闘用の魔道具を目玉商品として、大手の名を欲しいがままにしてきた。しかしそれも先代の時代までのこと。新しい魔核の製造技術の確立によってゴルドー商会の商品はディレードという大きな売り場で日の光が当たらないようになっていった。
このままでは破産は確実。今の裕福な生活は勿論、これまで築き上げてきたものが全て失われることを良しと出来なかったデモルトが取った策が、エドウィンを巻き込んでのノルド品評会の乗っ取りだった。
(品評会の優秀賞、最優秀賞者を多数輩出した商会としてのアピールポイントがあれば、また客を呼び戻せるはず! 目新しいものばかりに目を光らせる連中に目にものを見せてやる!)
そしていつか、貴賓席で並ぶ五つの席に六番目の椅子を加えるのだ。
一番右に座る赤銅色の鬚と髪のドワーフが率いる外付け道具の最大手。大陸でもっとも高い鍛冶技術を持つドワーフたちで構成されたへパイスト工房。
その隣に座る温厚そうな茶髪の男性が代表を務める食材生産組合の頂点。大陸全ての農業地、家畜場、漁港に手を伸ばし、陸海の食材を管理するエウポリア組合。
一番左に座る金髪でドレスを着た淑女が率いるのは女の戦場。生地や糸の生産から刺繍まで手掛ける、全ての女の憧れである服飾の一大メーカー、ヘーラー。
その隣に座る青髪で褐色肌の男が大陸の海外貿易を一手に引き受ける海の支配者。数々の舶来品や技術を大陸にもたらしたポセイドロ船団。
そして中央に座る金髪の紳士然とした中年が統括するのが、大陸最大の商業地帯、ディレード商業連邦の盟主を務めるスプレマシー社。
見る者が見れば神々しいまでに煌びやかな席の隣に、自分の椅子を用意することがデモルトの野望だ。その為なら誰を貶めようが、どんな小汚い手を使おうが知った事ではない。
(ここからだ……ここから私は成り上がって、ディレードの歴史に名を刻んでみせる!)
『エントリーナンバー三番、ゴルドー商会から参加されたケイン様から商品名、衝撃発生魔道具のご紹介です。ケイン様、どうぞ檀上へ』
『はい!』
かくして品評会は始まる。ゴルドー商会の傘下である職人が大半を占めるこの会では、ジークが率いる職人商人の団体は後半へと出番が回されていることになった。
『……このように、ブレスレット型の魔道具を嵌めた手を相手に向けることで、直線状の衝撃波を発し、相手にダメージを与えると同時に距離を取ることが可能であり――――』
壇上の上でサンドバックや人形などを相手にデモンストレーションが行われるのは、主に戦闘用の魔道具。この魔物が溢れ、戦乱が蔓延る世の中では最も一般的なもので、補助や回復を目的とした魔道具も全て同じカテゴリーに属している。
実際、戦闘というのは魔術や武術と同等かそれ以上に、魔道具が重要という意見も多いほどだ。一つ持つだけで一つの切り札足りえる存在は、魔物や魔族と比べて自力で劣る、多くの人間の兵士や冒険者たちの生存率を上昇させてきた。
『こちらは結界発生魔道具を応用し、大気中の魔力を装備者の体に吸収させ、魔力を回復させることが出来る鎧型の魔道具です。その回復量は、十分で一般的な魔術師の魔力一割であり、ブルーポーションの節約にも有効です』
「……ほう」
ダイヤモンドの魔核が埋め込まれたミスリル製の鎧に感心したような声が五大商家の席から聞こえてきて、デモルトは小さくガッツポーズを取る。今の商品は元々ゴルドー商会に所属していた職人が作り出した魔道具で、今回の品評会の目玉を飾ると確信している出来栄えだ。
量産体制もすでに整っているし、品評会最優秀賞の肩書と共に売り出せば、再びディレードに返り咲き、成り上がる足掛かりになることを彼は確信していた。
『え、え~……これはその、無詠唱で《炎弾》の魔術を発動できる指輪で……』
そんな五大商家の目にも止まったゴルドー商会の自信作の後に続く、ジークが集めた駆け出し職人たちが作った魔道具、それを発表する連中の自信の無さと、魔道具そのものの性能の乏しさには、デモルトも嘲笑を浮かべながらの哀れみを禁じ得ない。
所詮は何の実績もない駆け出したち。大人しく傘下に加わっていれば、技術や商売のノウハウを提供してやったというのにと。
『最後に、エントリーナンバー二十一番。商人ジークフリート様提携の職人、ローラン様からの発表です』
「は、はいぃっ!」
そして品評会の大トリ。もっともプレッシャーがかかる順番を指名されたローランは、司会の声に過敏に反応しながら立ち上がる。
「ん。頑張ってね」
「お、おう」
隣に控えていたアイリスの声援を受け、商品サンプルを抱えて壇上に上がるローランは傍から見ても可哀想なくらい緊張している。
元は音波攻撃の為に。後に王族などが演説の時に国民全員に自分の声を聴かせるべく改良されたという、珍しく戦闘以外を目的とする拡声魔道具を司会から受け取り、ローランは広間に居る全員の視線を肌で感じながら口上を述べた。
『皆ちゃまはじめまちゅてっ』
しかし思いっきり噛んだ。大事な大事な出だしでいきなり噛んだ。広間に居る幾人かが顰め笑いをしているし、五大商家の代表たちも小さく笑いを零している。
これが羞恥プレイというやつか。ローランは真っ赤になった顔でプルプルと震えながらも、ここで逃げてはいけないと自分に言い聞かせて再び口上を述べようとする。
『皆ちゃまっ』
再び噛む台詞についに噴き出す広間の職人商人たち。それに耐え切れずに壇上から逃げ出そうとしたローランを、アイリスとジークが二人掛かりで止める。
「どこ行くの? ローラン」
「離せっ! こんなプレイ耐えられないんだ!」
「何を言うんだい。君は今、今までの参加者の中で一番注目されているよ。これ以上にないくらいのアピールチャンスじゃないか」
まったく嬉しくないチャンスである。職人として初のお披露目早々、大恥を晒したローランだったが、五大商家の席に座る金髪の男女から励ましの言葉が聞こえた。
「だ、大丈夫よ。私たちは気にしてないから。……頑張ってね」
「そうとも。我々は君の商品に期待しているよ。……頑張りたまえ」
言葉自体は暖かいが、堪えられた笑いと最後の「頑張れ」が非常に恥ずかしい。しかし本当に逃げ出すわけにもいかないので、ローランは再び壇上に立ち、深呼吸をしてから拡声魔道具を口に近づけた。
『し、失礼しました。改めまして、ジークフリート氏と提携させていただいている職人のローランです。早速ですが、今回紹介させていただく商品の説明をさせていただきたいと思います』
そう言って、ローランは小脇に抱えていた魔道具を広間に居る者全員に見えるような位置に置く。それは何やら、極端に短い筒のようなものが差し込まれた長方形の魔道具で、その中心には太極図のような紅と蒼が入り混じる魔核が埋め込まれていた。
『昔から魔物や魔族との戦いで、魔道具は戦闘用が主流とされています。しかし、人々全てが戦士という訳ではありません。平穏に暮らす農家や引退した兵士、まだ将来も定めていない子供たちが大半であり、たとえ戦士であっても日常から切り離されているという訳ではありません。戦場から離れれば、適切な休息が必要となるでしょう。そこで開発したのがこの魔道具なのですが、その効果を実証するために、まずは扉と窓を全て閉めていただきます』
一体どういうつもりだろうかと、広間に集う人々はアイリスとジークを除いて全員が首を傾げる。この炎天下と高湿の中、換気しなければ人が密集する広間などあっという間にサウナのようになってしまうのに。
そんな当然の疑問を置いてけぼりにして、扉と窓を全て閉め切ってしまうアイリス。案の定、室温は確実に上昇していき、肌がじっとりと汗ばんで不快指数が上昇する。
『皆様知っての通り、ウォルテシア大陸は夏になれば高温高湿、冬になれば乾燥と寒波に悩まされる地域です。特にこの季節は熱中症被害が多く、家の中で人知れず亡くなられる方も多いのだとか。そんな悩みを瞬時に解決するのがこの魔道具です!』
壇上に置かれた魔道具、その魔核に触れてその機能を発動させる。すると、ムワッとした空気で満たされた広間に清涼な空気で満たされ、不快な湿気も全て取り除かれたのだ。
「な、何だ!? 広間の中が急に涼しく心地良いものになったぞ!?」
「火照った体が適度に冷やされていく……あの魔道具は一体!?」
遥か昔から続く夏の悩みを消し飛ばす快適性。それを実現させた魔道具と商人に、一般参加者たちのみならず、五大商家全員を含めた関係者たちが揃って身を乗り出して注目する。
『ご説明させていただきましょう。これは冷たい空気を発することで閉鎖された空間の温度を自在に下げ、一定空間の湿度を調整することを可能とする魔道具で、冬になれば逆に暖かい風で室温を上げることが出来るのです』
星龍の鍋の力で初めて実現可能となった、熱運動の加速と停止に優れたルビーとサファイアの混合核。それに微風を起こす魔術と湿度調整の魔術を付加し、ミスリル製の外付け道具に嵌め込むことで完成した、世界で初めて発表された快適重視の魔道具である。
「信じられん……! あんな魔核は見たこともない!」
「氷と炎。相反する属性を一つだけで使い分ける魔道具だと!? そんなものを作ることが本当に可能なのか!?」
「しかも密閉空間の中だけとはいえ、温度と湿度も自由自在……今まで魔道具は戦闘を主眼に置かれてきたが、日常で誰もが快適に暮らすための魔道具とは……!」
「だが、これが量産できれば、業界に革命が起こるぞ。これで夏や冬の悩みともおさらばできるのだから」
どよめきと期待を隠せない会場に、デモルトは茫然とする。今回の品評会はゴルドー商会の一人勝ちで終わるはずだったのに、こんな形で作り上げた盤面をひっくり返されるなど思いもしなかった。
『更にこの魔核は服飾店やブレスレットなどといった装飾品と組み合わせることで、外でも装備者にとって快適な体温を維持し、湿気や乾燥からも守ってくれる魔道具に派生させることも視野に入れております! ただ、私はデザインという部分に疎いので、いつか服飾店や彫金職人と提携していければいいと考えていますが』
「「っ!!」」
茫然自失とするデモルトとエドウィンを尻目にそんな事を言ってのけたローランの言葉に、貴賓席に座る二人の目の色が変わる。その様子に確かな手応えを感じたローランは、最後の締めとしてこの魔道具の名前を告げた。
『これが私、ローラン・シャルバーツが自信を持って皆様にお勧めする温度と湿度を自在に操る魔道具、エアコンダクター! 通称、エアコンとお覚えください!』
皆さまは、日本のように寒暖がある中世の異世界に訪れた時、夏と冬を快適に暮らすために何が欲しいですか? ちなみにシャワーと体洗剤くらいはあると仮定した上で




