命の天秤
長いで……。今日は長いで。
「なんだよこれ!? なんなんだよ!! 」
自分の腹から出てきた腸がムカデになって目の前でうねうねしてるんだから、そりゃ驚くと思う。
腸とは、消化器の一つ。胃の幽門から肛門までの、曲折した細長い管状の内臓。はらわたとも呼ぶ。これどっかのサイトのコピペな。
俺思うんだよ。腸にもし心があったとしたら、【自分の宿主を食べてみたい】何て思ってるんじゃないかって。
そんな俺のショーもない空想を形にしてみたのがこの魔法だ。夢があるよな。魔法ってのはさ……。
そして分かった。結果は空想通り、腸はいつも自分の宿主を食べてみたいと思ってるらしい。
グジュルルル……グジュルルル……。
「なんだよ……何する気だよお前!! 」
だが現実ってのは常に人の空想や想像の1歩先を行っている。どういう事かって言うと……。
「天使さんよ。お前らのボスがどういう奴か。どこに居るか。5秒数えるからその前に答えろ。でなきゃ……」
俺に1番近い側にいた天使の頭をポンポンと叩き、ある一言を言う。
「ムカデ君。これ食ってよし」
これが合図だ。その瞬間に始まる腸のデザートタイム。腸ムカデの口から黒い触手が出てきてそれを自分の宿主のコメカミに突き刺す。
そして、そこから脳みそを啜っていくんだ。
そう、腸ムカデは脳みそが大好きだったんだ。以外だった。
きっと自分がいた場所から1番遠いものだったから欲しがるのだと俺は勝手に思ってる。
この魔法の名は【腸の悲願】。これは、魔法使いや人外に対する拷問の魔法だ。
ガガガガガガガガ。
何かをミキサーにかける音が聞こえる。これは触手が脳みそをグシャグシャにかき混ぜてる音だ。それが血液と髄液に混ざって食べやくするなるんだろう。まあクリームシェイクみたいなもんだ。
ズズズズズズズズ。
そして飲み始める。茶飲んでる音にしか聞こえない。
だが脳みそが流動体になってるので、5分の1位は鼻からダラダラも流れ出てしまう。
そして、脳みそが無くなって圧力が変わったせいなのか、目ん玉もどんどん引っ込んでいく。
常に自分の空想より結果が上をいくから魔法を作るのは面白い。
脳みそを自分の腸で飲み干した天使はその場にばたりと倒れた。
目ん玉が無くなってて、顔中の至る穴から脳みそと血の髄液をシェイクした液体を垂れ流してる。
何かシュールだよな。絵面が生えないから撮ろうとは思わないけど。
俺はこの命の抜け殻の頭を踏みつけながら、奴らに教えてやった。
「この通り。喋らなきゃお前らもこいつと同じ道を辿る。死にたくなかったら全部話せ。この死に方じゃ楽には逝けねぇぞ? 」
「……き、貴様」
他の天使が声を震わせながら話しかけてきた。上の歯と下の歯をガチガチと音を立てながら。
「こんな……こんな非道な行いをして……何も思わないのか? 」
【何も思わないのか?】って言われても、別に何も……いやあるな。
「あーそうだな……。天使にも脳みそと腸があるんだなって思った事位? 」
思った事をありのまま話した。何か青ざめた顔をされた。なんだよ。聞いてきたのはお前えだろうが。
まあいいや。
カウントはーじめ。膝を付いた天使共を中心に俺はグルグルと奴らの周りをうろつきながら、1から5を数えた。
ゆっくり、じっくりと。
「イ〜チ……」
「ま、待て!! 貴様人の身でありながら! 我ら神の使いにこのような事をして、ただで済むと思っているのか!!? 」
「二〜……」
「我らは……我はこの命を神に捧げた身! 貴様ごとき下郎に、屈指はせぬ!! 」
「サ〜ン…… 」
「む、無駄だ……。我らは決して 」
「ヨ〜ン……」
「わ……我……らは 」
膝を付き、腹から腸ムカデを出して恐怖と痛みに耐えながら奴らは俺に語りかけてきた。
やれやれお前は……いい声で泣きそうだな。
「5……次は……お前な 」
この中で1番去勢を貼っていた奴の頭をポンポンと叩いた。
奴は恐怖している。
瞳からは絶望が溢れ出してる。歯をガチガチガチガチと鳴らし、さっきまでの去勢が嘘のように奴は命乞いを言おうとした。
唇の動きでなんとなくわかった。
「ま……待って 」
「食ってよし」
ムカデはやっとご馳走にありつけた。とても嬉しそうだ。肌色の皮の奥にある真紅の果肉まで、突き進んだ。
「うわあああああぁぁ!!!! 」
可哀想にな〜。もっと楽な死に方があっただろうに。俺のせいだけどさ。
仕方ない。手向けの言葉を送ってやるか。
「あ〜可哀想な天使様よ。だがワタクシの願いを聞き入れなかった貴方様が悪うございます。
後悔の海に沈め。ほんでもって死の恐怖で絶望するんだな 」
長い長い断末魔。それがプツリと途切れた瞬間、奴は仰向けに崩れ去った。
勿論その遺体は……。
「あーそうそう。言い忘れてたけどお前ら墓に入れる死体何て残らねぇぞ? 」
拷問する前に、何人か殺しといた天使達を綺麗に食っちまったカラス達は、次にムカデに脳みそ食われた天使達の肉を啄みに来た。
意外と広がる血溜まりに浮かぶ黒い羽が結構絵になる。
とりあえず2人死んだ。もうそろそろ口を割ってもいいんじゃなねぇの?
この中で1番目に魂が残ってる奴の前に座った。
「……そろそろ話してくれねぇかな? 」
次殺るならこいつだ。こいつは話すタイプじゃない。他の2人は気が弱そうだから、こいつを殺れば心が折れてどっちかが喋るだろう。
「貴様に我らが悲願を止めることなど出来ぬ 」
……何?
「我らが神は今は新神の身。だがいずれは大和の国々の八百万の神全てを従え、この世界の理その物となるのだ 」
ガチ!
奴が歯を食いしばった瞬間。何かが砕ける様な音が聞こえた。……何だ? 何の悪あがきだ。
「……そうだ。我らはこの身を神に捧げた身!! 」
「新神様!! バンザイ!! 」
ガチ! ガチ!
他の2人からも同じ音が聞こえた。まさか……。
目の前の天使の口をこじ開けて中身を覗いた。
中には噛み砕かれた【魔鉱石】が入っていた。バガが。そんないつも口の中に仕込んでたのかよ。
「逃げろカラス!! こいつら自爆する気だ!!」
「何!!? 」
俺もカラス達も羽を広げてすぐ様飛び立った。その直ぐ後。天使の腹が風船の様に膨れ上がり、熱と光を発しながらその体を爆散させた。
俺達はその爆発をギリギリの所で回避した。
「クソが!! 」
八つ当たりに近くにあった石ころを蹴った。
爆発の規模は案外大きかった。一面火の海だ。火の足も早く、ほっとけば被害が広がり大惨事だ。
プルルル……プルルル……。
ケータイから着信が鳴った。
画面に映る文字。【ショタじじい】
今1番見たくなかったわ。
「やらかしたなお前 」
「……あー悪かったよ。加減を間違えた 」
少し間を置いて返事が返ってきた。
「お前奴らを拷問したのか? 」
「うん、そうだけど?」
また少し長い間が開く。
「例えどんなクズだろうとな……命を弄ぶ拷問何て事、するもんじゃねぇだろ」
それはいつもより低い声だった。奴は少し怒っていた。何となく分かった。だが……。
「俺らは魔法使いだろ? 人間から感謝もされず忘れられても、奴らの小さな日常を守るために、手段を選ばずに行動するのが俺らの仕事じゃねえのかよ?」
結果はあれだが、俺は間違った事をしたつもりはなかった。だから言い返した。
「だからってやっていい事と悪いことがある。命を守る為に他の命を弄んで言い訳ねぇだろ。
お前は人間守るためなら猫やカラスをいじめれるのか?二度とやんな。いいな。お前は聞き分けはいい方だろ? 」
「…………」
「今回はてめぇに非があるってのは分かってるな。【自分の分】を使え。てめぇでやった事の責任はてめぇでとれ。お前はガキ扱いされるのは嫌いだろ 」
言い返す言葉が見つからなかった。渋々ポケットから【ワスレナグサの皮紙】を取り出して、折り曲げ紙飛行機を作った。
それにマッチで火を付けた。火は淡い青色だ。いつ見ても結構綺麗だ。それを火事の方に飛ばす。
炎で散って行く紙飛行機は、空中でボロボロと崩れて行く。それはあの火事場に降り注いだ。
そして炎は消えていく。炎だけじゃない。火事があった事その事自体も消えるんだ。
ワスレナグサの花言葉は、【私を忘れないで】
だが俺達魔法使いが使えば、人々から魔法使いの記憶。俺達がやった事により起こった人間達に対する影響、それが全て無くなる魔道具になるんだ。
これがある限り、魔法使い達の存在は人間には決してバレない。バレた後でもその記憶なり、被害なりを消してしまえばいいのだから。
「後3枚か。また補充しなきゃ……いや、どうせ事が終わればショタじじいに殺されるんだからやんなくていいか 」
辺りをみますといつの間にかカラス達が居なくなっていた。【グリムの取引】が切れたんだろう。
薄情な奴らだ。さよなら位言って欲しかったんだけど。
「どうだ? なんか掴めたか? 」
おっと、まだ電話の途中だった。
「ダメだ。奴らの上司が誰なのか、どこにいるか全くわかんねぇ。新神とは言ってたけど、それ以外はさっぱり」
「そうか。【神殺し】をやるにはまだ情報がたんねぇな 」
「おいおい。【神殺し】なんてそんなやべぇ事サラッと言うなよ 」
【神殺し】ってのは無能な神様を殺すために、複数の魔法使いで天使と神様に戦争を仕掛ける事だ。
そりゃ今回の事件の奴が本当に【神様】だったとして、ここまで人間の世界に害をなしたやつなんざ確実に【神殺し】の対処になるはずだ。
俺も1回だけ参加した事あるが、よく生き延びたって思うぐらいの戦いだった。
義手は何度も壊れたし、ちょっとだけ仲良く慣れた人達が沢山死んだ。
あれは二度とやりたくない。
確実に奴らの上司1人を殺せば【神殺し】何て事、やらなくていいんだ。
とりあえず今日まで掴んだ情報と、殺した天使達の数を互いに言い合って電話を切った。
そのまま途中でショタじじいと合流して、宿に戻る家路を2人で歩いた。
……言いたい事があった。多分言ったらショタじじいはブチ切れると思う。でも……。
「なあショタじじい」
「俺はグレンだ。烈火。アホみたいな名前で呼ぶな」
どう見てもショタだし、年齢がクソじじいだから別にいいじゃん、何て言葉は飲み込んで話を続けた。
「グリムの取引で、動物達に助けて貰っても情報が足りねぇ」
「だから?」
返事が返って来るのが早かった。こいつは俺が言いたい事が分かってるんだ。何故か俺の事をよく知ってる。気持ち悪い位に。
きっと猛反対するだろう。それを分かった上で意見した。
「死人達からの情報が欲しい。奴らに殺された人達の。
【人化け草】を1回だけ使わせてくれ」
奴が歩みを止めた。少しムッとした顔をしてこちらを向いた。
「もっかい聞かせてくれよ。【後追い草】が何だって」
「……その呼び方やめろ」
「事実だろ。使い続けた奴らの【末路】は知ってるよな? 何でそんなに投げやりなんだよお前は。
いい加減死人に甘えるのはやめろ。今のは聞かなかった事にしてやるよ」
聞く耳すら持ってくれなかった。だが俺はしつこいぞ。
「埒が明かねぇだろ。1回位なら俺の体はもつ。1発使えば何もかもが解決するんだ。これ以上被害者出すわけにも行かねぇだろ?
魔法使いだって死人を蘇らす事は出来ねぇ。事がこれ以上大きくなる前に、方をつけようぜ 」
必死に説得した。その度に返って来る言葉は、
「何でお前はお前自身の事を大事に出来ない? 」だった。
人に心配されるのは久々だったから変な気分だ。
それでも説得を続けた。
言い合いの中で俺は、何で俺の事何かを気にしてくれるのか、何でこいつは殺さなきゃいけない奴の心配なんてしてくれるのか、そして……何でこいつはこんなにも俺の気持ちが分かるのか。そんな事を思っていた。
俺はこいつの事を殆ど知らないのに。
「……分かった。1回だけだ」
やっと納得してくれた。勿論条件付きで。
「だが使う時は俺も一緒に居る。お前がいつぶっ倒れるか分からねぇからな 」
「……ありがとう。ごめん 」
「とっとと帰るぞ。寒いんだよ 」
「……うん 」
それが今日の最後、あいつと交わした言葉だった。この後は2人とも一言も話さなかった。
帰り道の中、ショタじじいに言われた【死人に甘えるのはやめろ】と言う言葉が俺の頭の中を回っていた。
言わなかったけど、
「寂しいんだから死人にだって甘えていいだろ。それに俺がどうなろうとお前には関係ねぇ 」って言いそうだった。
多分ジジイが傷つく……そう思って言えなかった。
明日は、【僕】に体を渡さないといけない日だ。
ケータイやパソコンを長時間見た後は、暖かいタオルを瞼の上に置くといいですよね。