92話 再開
気が付かないふりをして平然と二人して街路を歩く。
持って生まれた才能なのだろうか? 瑞穂の斥候としての素養は師匠が舌を巻くほど高い。その瑞穂が見られていると感知できるものの何処からかは特定できないでいる。
「こりゃ結構難敵かな?」
思わず呟いてしまった。そのときだ、
「こっち」
そう呟く瑞穂に袖を掴まれて路地裏に連れ込まれる。
「逃げられた…………」
程なくして瑞穂がそう呟くのが聞こえた。
見失ったのか、相手が離脱したのか…………。
「そういう事もあるさ。相手はどんな印象だった?」
少し考え込んだ後にこう呟いた。
「ただじっと観察する感じだった。敵意とかは感じなかった…………かな?」
瑞穂が言うなら間違いないだろう。十分だよって意味も込めて頭を撫でておく。こうすると頬をわずかに赤らめ気持ちよさげにするのだ。
その後は何事もなく板状型集合住宅に到着した。
ほぼ毎日のように迷宮に籠っていたせいか暇で仕方がない。
市壁の外に出て健司、和花、瑞穂と順番に模擬戦を行い身体を動かして時間を潰し、昼食をはさんで魔術の勉強をして時間を潰す。魔力の収束を禁じられている僕と瑞穂は座学だけだが和花は精霊魔法の鍛錬の為に瞑想状態となっている。
因みにこの状態で悪戯しようものなら制御を失った精霊に襲われるので、凛とした美しい顔を眺めるにとどめる。
そうして日々を過ごしつつ街を出る準備も進めている。
例えば魔導速騎の購入と操縦訓練だ。いまのところセシリー以外は東方行きに同行してくれるとの事で四騎購入し、それぞれ練習している。念のために武装付きの騎体を購入してある。
後は趣味に走るなら安物でいいので魔導従士が欲しいのだが…………。
「貨物スペースが空っぽだから飾りでもいいから置いておきたいよなー」
大きな貨物スペースを見ながら健司がそうぼやく。いまこの貨物スペースに置いてあるのは個人所有の四騎の魔導速騎のみだ。
あるとないとじゃ雲泥の差だけど、これから赴く東方の状況を鑑みると貨物スペースは空けておく方がいいような気もするんだよね。
「なぁ、樹。説得はしないのか?」
そう考えていると健司が話題を変えてきた。誰を説得ってもちろんセシリーの事だ。
「実は一度誘ったことがあるんだけど、割と強い口調で拒絶されたんだよね」
セシリーは温厚な性格だし、きつい口調で拒絶されたから凄い混乱したのを覚えている。
「もう一回くらい確認取っておけよ。気が変わってるかもしれないだろう?」
▲△▲△▲△▲△▲△▲
「いやです」
板状型集合住宅に戻って早速話でもと思ったらこの返事である。
いくら今までの献金分だけでゆうに十年は余裕だと言っても聞く耳持たないのである。どうも彼女の中では孤児院の生活水準が上がらない事がお金がないという事になっているようだ。
むしろ安易に贅沢に奔らない事で経営管理者の堅実さの証明ではないだろうか?
どー説明したものかな?
名案が浮かばぬまま幾日が過ぎ去った。
▲△▲△▲△▲△▲△▲
久しぶりの地下十階である。
僕らの目の前に豚鬼の集団がいる。
「こいつらなんかおかしくないか!」
健司が前衛の重武装の豚鬼と武器を交えながらそう叫んだ。
僕も違和感を感じていた。
こいつら微妙に連携を取っているのである。
少なくともこの間の死を超越せし者戦前まではこんなことはなかった。
「確かに!こいつら連携してる!」
前衛の重武装の豚鬼の攻撃を受流ししつつ僕は叫ぶ。
前衛の構成に鉄板を貼り強化された壁盾を持ち重甲冑を纏った盾戦士がおり、絶妙なタイミングで健司の攻撃を割り込んで壁盾で受け止めるのである。
「これ本体も鋼硬木じゃねーの?」
三日月斧の一撃を受け止められた健司が聞いてきた。
この盾戦士の壁盾は特別製なのもあるが、硬い秘訣は…………。
武器を持たずに重量のある壁盾だけを運用しているのである。推定だが22グローは間違いなくある。力自慢の豚鬼であっても片手で使いこなすには無理があるのだろう。しかも盾の扱い方がうまい。これまでにない傾向だ。
「あっちぃぃ」
そして絶妙に後衛から放たれる精霊魔法の【炎弾】が前衛の僕らを襲う。
この豚鬼の前衛は打たれ強さがとにかく高いのである。厚い皮下脂肪に強靭な筋肉による防御力に加えて金属鎧である。
そして————。
「樹、こいつら魔闘術も使うぞ」
三日月斧の一撃を逸らしの技術で金属鎧の表面を滑らされた健司がそう叫ぶ。
こいつら技を使うだけでなく、さらに魔闘術の【気鎧】を用いてこちらの打撃を相殺するのである。
だがそれならやりようはある。
「健司! ちょっと任せる」
そう告げてバックステップで後ろに下がる。
着地後すぐに呪句を唱え呪印をきり人差し指を豚鬼へと向ける。
「綴る。八大。第三階梯。攻の位。閃光。電撃。紫電。稲妻。発動。【電撃】」
指先から電光が迸り稲妻が盾戦士を貫通し後衛の豚鬼二匹が倒れ伏す。
「おりゃぁぁぁ」
硬直した無防備な盾戦士に健司の三日月斧が右薙ぎを放ち胴体半ばまで切り裂く。
振り切ってぶった切る事は叶わなかったがその一撃で盾戦士はこと切れ後ろへと倒れていく。
残ったのは前衛二匹のみだ。




