91話 動き出す
「あいつが女連れ込んだりしないならアリなんじゃないの?」
板状型集合住宅に戻って三人に相談をしたところもっともな意見が和花から出た。
ただ施設管理人がいるので、この板状型集合住宅も捨てがたいとも言われた。拠点を移すことに関しては皆が望むなら異存はないようだ。
もう一つの件だが、やはりセシリーはこの町を出ることには否定的だ。
理由については健司と事前に話していた通りで、孤児院への献金の為なのだが、彼女を見ていると強迫観念にでも捕らわれているのではないかと疑いたくなる節があった。
セシリーは稼ぎの多くを孤児院につぎ込んでいるのである。具体的な数値は分からないが推定でも三十万ゴルダ=金貨三百枚以上は献金しているはずだ。
以前に孤児院を見たことあるけど、設備はほどほどの状態で生活は貧乏とか言うより質素な感じだった。金貨三百枚以上も入金があれば十年はお金に困らないはずだ。他にも献金している者もいるはずだしね。
そう指摘するも「お金がないんです」の一点張りなのである。これはもしかしたら孤児院を運営している聖職者が横領しているのではないだろうか?
流石にセシリーには問えなかったので極秘で調べることにしようと思案していると…………。
「樹くん、ちょっと…………」
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和花が大事な話があると言うので一階広場の談話スペースに降りてきた。
「それで大事な話って?」
談話スペースにソファーに座り早速話を促す。
「これ」
そう言って和花は新聞を差し出してきた。
健司が見せてきたものと同じだった。そうなると話というのは……。
「行かないの?」
何処へとは言わない。
「一党の頭目としては私情で勝手に出かけられないよ。日帰り出来る距離でもないしね」
健司と別れてから考え抜いた結果がこれだった。
「私は反対かな。帰れる当てがないから強がってるだけに見える。選択肢位上げてもいいんじゃない? それとも危険な東方地域で聖女ごっこやらせるのが良いって言うならそれでも構わないけど…………」
最後の部分はかなり小声で聞き取れなかったが、一人でさっさと出向いた方が良さそうか? と思案していたら、
「あ、私と瑞穂ちゃんは付いていくからね。セシリーの事が気になるなら皇を留守番に残したら?」
そう提案してきた。
健司とペアで残すのは悪くないな。迷宮に潜って稼ぐこともできるし、健司が無理やり襲うとかもあるまい。当人同意でそういう関係になっていた場合は口出す謂れもないし。
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僕は開放による導管への過負荷の回復が終わってないのでまだ暫くは迷宮へは入らない事をいい事に東方行きの準備を始めることにした。
まずは東方情勢の情報収集だねって事で同じように暇を持て余していた瑞穂を伴って師匠宅へと尋ねた。
だが師匠から聞いた東方情勢は想像以上に酷かった。その原因が北方の宗教帝国である通称白の帝国だ。光りの神の名の下に人類を平定すると【聖戦】を発動し、臣民大動員によって周辺国を制圧し始めたのである。それだけなら問題ないのだが、進行ルートが地形的制約によって東ルートしか存在せず、進行上に存在する魔境や妖魔の森を駆逐して進むことになり、逃げだした妖魔や魔獣が東方界隈へと雪崩込み阿鼻叫喚な状態となっているとか。
「宛らゲームの世界だな」
そう語った師匠の感想がそんな感じだった。
確かに日々魔物におびえる生活とかゲームに有り勝ちともいえる。
軍隊では間に合わず冒険者組合にも引切り無しに討伐依頼が来るそうだ。
まさにゲームだわ。
東方へ行くという事は人間同士の争いに巻き込まれることもしばしばあるがそれは大丈夫なのかと問われた。
この問いはもちろん人族を殺しする事に発展するけど問題ないのかという事だ。
この問題はいまだに自分の中で解決に至ってない。
「実はまだ踏ん切りがついていません」
ここに至って嘘を言っても仕方ないので正直に告げた。
「師匠は躊躇とか後悔とかないのですか?」
「敵対する相手に躊躇はしないな。躊躇する事で味方が被害を受けることに比べればどうってことない。だが、非武装の無抵抗な奴を殺せとか言われたら流石に仕事でも迷うな」
「そうですか」
まーそうだよね。楽しいとか言われたらどうしようかと思った。
そして話はセシリーの事となった。
「やっぱり師匠も懸念してたのですか?」
「ちょっと異常だなとは思っていた」
そこで師匠はセシリーを一人残す場合は始祖神の神殿に預けてはどうかと提案してくれた。
神殿所属となり日常は説法や奉仕活動を行ったり神語魔法を行使して過ごせば孤児院の弟妹にも会えるし、幾ばくかの奉仕金を孤児院に入れられるしで安全だと思うと言われたのだ。
「だが問題がある。お前らの装備はどうするんだ?」
この質問はバルドさんに用意してもらい師匠に【偉大なる魔法の工芸品】を施してもらった最上級品級の武具の事だ。特に武具は材質が神覇鉱製の為に破損すると修理ができるのはバルドさんしかいないのである。
「壊れたらその時に考えます。それによほどの事がないと破損しないんでしょ?」
一瞬フラグかって思ったけど、バルドさんの話を信じるなら装備が壊れるような状態なら着用者はとっくに死亡しているとの事なんで考えるだけ無駄な気がする。
必要な情報は収集できたので礼を言って師匠宅を辞し板状型集合住宅への帰り道だった。
僕の右隣を歩いていた瑞穂が唐突に右袖を引っ張ってきた。
「なに?」
「誰かに見られている」
そう小声で忠告された。
そりゃ街中で人も多いし誰かの視野に入る事はいくらでも…………。
って違う!
瑞穂はそんな間抜けな理由で忠告なんてしない。こういう時は気が付いていませんと平然としなければいけない。索敵は瑞穂の管轄だ。




