87話 想い至る
「それで師匠はこれから————」
「一度戻る。組合から何か発表があるそうだ」
僕の質問を遮って師匠がそう言った。そしてフェリウスさんに【転移門】の準備を指示する。
ゾロゾロと【転移門】へと入っていく冒険者たちを見つめながら、僕は組合からの発表とは何であろうかと思案していた。
「そうだ、師匠。健司は問題なさそうですけど、他のみんなは?」
遅ればせながら皆の状態を師匠に確認してみた。
まずセシリーは吸血されたものの吸血鬼の下僕になるほど吸われた訳ではないので数日休めば問題ないとの事だった。
和花もとくには問題ないとの事だ。瑞穂の救援が間に合ったおかげだ。
そして肝心の瑞穂だが…………。
「一週間は安静ですか?」
「そうだ。効果を維持するのに集中が必要な【擬態】を用いつつ、鋼刃糸を使いこなすのは常人なら発狂レベルの苦痛だったろう。よく頑張ったと褒めてやることだな」
師匠の話だと鋼刃糸を扱うには高い魔導機器の親和性が必須であり、瑞穂は適性が高かった。普通はのこ髪の毛の一割ほどの太さの一本の鋼刃糸を鞭のように操るのだが、瑞穂はそれを十本同時に操る。それには高い空間認識能力も必須で…………。
脳に多大な負荷のかかる行為を並行運用した結果なのだ。
「あの娘は樹と和花に忠誠心じみたものを強く抱いている。その為に自分がどうなろうと構わないくらいには強い忠誠心が…………」
師匠に言われてふっと思ったのだが、頑なに元の世界に帰ることを拒んだのもそのあたりなのだろうか? だが忠誠心を刺激するほどの事を僕らが何かしただろうか?
気絶している瑞穂を眺めつつ目が覚めたら何か報いてやらねばと思うのだった。
「ところでだ。お前また開放を使いやがったな」
そう言って師匠が僕の頭に手を置きワシャワシャと頭髪をかき回す。
「そうは言っても————」
「分かっている。死を超越せし者相手に出し惜しみできる状態ではないだろうからな。そんなわけでお前も一週間安静を命じる。ただし身体の鍛錬は続けるように。いいな」
「それじゃ帰るぞ」と師匠は僕の背中を叩いてから去っていく。
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冒険者組合前の広場は混雑していた。組合からの発表を聞くために集まった冒険者たちでひしめき合っていた。
むろんここに集まれない冒険者も多い。この街だけで五万人は冒険者が居るのだ。
「なんだと思う?」
僕は隣にいる健司にそう問いかけた。
「俺ごときにはさっぱりだな。ただヴァルザスさんの話を聞く限りだと…………規約の改定なのは間違いないだろうな」
健司の回答に僕も頷く。広場に入りきらない関係で女性陣には板状型集合住宅で休んでもらっている。
組合の職員が拡声器を用いて規約の変更を話し始めた。多くの冒険者たちから悲鳴や落胆の声が聞こえる。
万能素子結晶の産出量が少なすぎるので毎週の提出量が一定量以下しか納められない無能冒険者は毎週の滞在税が二倍になり、それは次の週にも適用される。つまり二週連続で提出量が一定数に満たないと4倍に膨れ上がるという事だ。
更に低層の小指の爪ほどの万能素子の買取金額を銀貨一枚に下げると言ってきた。
優秀な提出量の冒険者は、その週の滞在税の免除という特典があるとも発表された。
いままで見逃されていた迷宮の広場に長期滞在して滞在税を逃れていた連中も貯蓄から滞納分を強制徴収されるとの事だ。足りなければ借金奴隷である。
これで低層でその日暮らししていた連中は必死に稼ぐか、ここを逃げ出すしかなくなる。だがここを出たところで彼らの運命は碌なもんじゃない。なぜならここにいる多くの冒険者は小遣い稼ぎのための技術しかないのである。一党も6人全員が戦士なんてところも多い。他の町の冒険者に求められる能力が足りないから仕事も熟せず野盗堕ちか故郷にでも戻って畑でも耕すしかないだろう。
冒険者の多くは過度な人口を間引くための使い捨て日雇い労働者のポジションに過ぎないのだ。そこから如何に努力を重ねて伸上るか…………。
それを行わなかった彼らの自己責任という事だろう。
毎日享楽的に生きていた多くの冒険者たちは他の迷宮都市まで行けるほどの資金もないだろうし、覚悟を決めて長時間潜るか下層を目指すか、腐って人狩りに捕まって奴隷に堕ちるか、犯罪に走って犯罪奴隷になるか…………。
「つくづく師匠についていって正解だったな…………」
「…………だな」
辛いこともあった。だが結局のところは自分を救えるのは自分だ。周りに変われ、救えを願うくらいなら自分から変わったほうが早い。もちろん変われない者もいるだろう。どうあっても自分に甘い者は居なくならない。
だがそこまで考えて思ったのだ、僕らもそろそろ師匠の手を離れるべきなのでは…………と。




