85話 急転
2019-06-10 誤字修正
2019-06-22 文言追加、誤字修正
2019-07-20 呪文名が間違っていたので修正
興が削がれてしまったので迷宮探索は打ち切って健司から詳しく話を聞こうって事となった。
第十階層の昇降機広場へと繋がる大扉を開くとそこは————。
地獄と化していた。
野球場がすっぽりと入るくらいには広い昇降機広場は、安全地帯と呼ばれ広場に拠点を設営する冒険者も多い。だがここは同時に袋小路でもある。
怪物が湧かないと言われている安全地帯であるが、唯一迷宮と繋がる大扉が開いていれば侵入してくるし、運が悪いと他の階層から昇降機経由で侵入される場合もある。
今回がどちらのケースかは不明だが、広場は青白い肌に爛々とした赤い瞳をした人型の怪物たちに襲撃されていたのだ。
「お前ら早く逃げろ! そいつは————」
比較的大扉の近くにいた大柄の槍戦士が僕らに向かって叫ぶ。
その警告の叫びを素直に聞いてしまった事を後悔することになる。
そいつと目があった瞬間には身体が動かなくなった。いわゆる吸血鬼の特殊能力と言われる恐怖の視線だ。僕らは金縛りにあったかのように硬直した。
広場には吸血鬼の下僕が冒険者を襲っている光景が目に入った筈なのに警戒を怠ってしまった。
そいつは青白い肌に爛々と輝く赤い瞳、そして犬歯が覗く口…………。下位の吸血鬼の下僕とは違い知性を感じさせるその赤い瞳は間違いなく上位種である…………吸血鬼に相違ない。
「ほう…………。これほどまでの強者がまだいたのか」
そいつは僕らを見回しそう呟く。
強者?
僕らなどまだまだだと思うのだが?
「最近の迷宮は小遣い稼ぎしか興味のような存在価値のない塵芥どもばかりで興ざめだったが、まだまだ居るものだな…………」
迷宮で初めて遭遇する知性のある存在だが何か…………。
「始祖神よ。不浄の者を払う聖なる光を!【聖光】」
その高らかに響いた声は最後尾にいたセシリーのものだ。最後尾にいたことで恐怖の視線を避けられたのだろう。
後ろで眩いばかりの閃光が発し、まともにその閃光を浴びたそいつが悲鳴を上げた。
【聖光】による眩い閃光で一時的に視力を失ったのだろうか、僕らへの恐怖の視線が解けていた。
「健司!」
「おうさ!」
僕の叫びに呼応しワザと声を上げ健司が三日月斧を構えて飛び出す。予想通りそいつは盲目状態ながら音を頼りに健司の攻撃を避けようと身体を動かす。
そして予定通りの位置に来たそいつの胴を高屋流奥義【一閃】にて断ち斬った。
「…………見事だな。賞賛に値する」
上半身と下半身に分かれたはずのそいつは何事もなかったかのようにそう言ってのけ霞へと変じた。
「「消えた?」」
吸血鬼が霞状に変じられることは自習の際に得た書物の知識で知っていたが、実際目にすると消えたようにしか見えなかった。
「あっ……」
背後からセシリーの溜息とも吐息ともいえる声が聞こえ振り返ると、そこには彼女の首筋に犬歯を突き立てているそいつがニヤリと笑みを浮かべていた。
「セシリーから離れろ!」
そう叫び三日月斧を突き付けるが実際には何もできない。そいつもそれが分かっているからこそ余裕の笑みを浮かべ血を啜っている。
たしか…………吸血行為で死亡した場合か気力奪取で死亡した場合は24時間後に吸血鬼の下僕として復活するはずだ。なんとか食い止めないと…………。
危険だけどやるしかないか…………・
「セシリーから離れろ」
そう言いながら僕は片手半剣を片手に右上段平突きの構えをとる。視線は意図的に外しておく。もちろん恐怖の視線対策だ。
呼吸を整える。筋肉の動きや呼吸で初動がバレる。達人同士の戦闘とはそういうものだと教わった。
そして、それは自分でもわかるくらい会心の動きだった。身体はまるで紫電のように動き、右平突きがそいつの頭部を貫いていた。
だが、それでもそいつはその状態でも平然としていた。
セシリーの首筋から口をはなし、
「度胸も技量も素晴らしいな。だが惜しい…………。卿のその武器では私には届かない」
「どれ、少し遊んでやろう」
そう言った瞬間には懐に入り込まれ右の掌が板金半鎧に触れていた。
「発動。【昏倒の掌】」
略式魔術によって発動した。
「がぁっ」
僕の身体を高電圧が走り崩れ落ちる。この魔術はスタンガンと同じで高電圧によって人体への電気信号を一時的に狂わし運動能力を麻痺させる効果があるのだ。
「てめぇ!」
健司の左回し蹴りをヒラリと躱し左手を懐に入れ何かを健司に投げつけ、そのまま呪句を詠唱し始める。
「綴る。付与。第九階梯。付の位。触媒。変質。磁性。付与。拘束。発動。【磁力結界】」
「な————」
魔術が完成した途端に健司はまるで潰されたカエルの如く床に這いつく事となった。
「すまん、動けねぇ」
それでも健司は必死に足掻く。だがまるで縫い付けられたようにまるで動かない。
「発動。【万能素子消失】」
そいつが次の獲物を物色する僅かの間に和花の略式魔術が発動した。周囲の万能素子が消失する。これで真語魔術は使えなくなる。
それを確認した和花が魔術師の長杖を棍のように両手で構える。
「ほうほう。その若さで第四階梯の魔術を使うどころか武術も嗜むか…………。実にいいぞ」
そいつは感心しつつも構えを解かない。
勢いよく飛び出し手撃を和花に浴びせるべき手を伸ばすが魔術師の長杖で防がれる。和花の目は何かを探していた。
三合ほど杖で手撃を防いだ直後、
「火蜥蜴よ! お前の吐息を浴びせなさい!【炎弾】」
拠点場として使われていた故なのか、ここには本来は迷宮にはない炎があった。和花は精霊魔法の有効範囲に精霊魔法を使うために精霊門に必要な炎がないかを探していたのである。
【炎弾】がそいつの顔を焼くが意にも介さず右手を突き出す。
真語魔術が使えない状況で何の意味がと思ったのだが、
「死の神よ。この者の気力を奪いたまえ。【精神力奪取】」
だが、そいつの奇跡は届かなかった。和花の首に掴みかかる直前で止まったのだ。
「動かないで」
それは小さな声だったが瑞穂の声だった。
だけど声は聞こえど姿が見えない。
ようやくそいつは自分に身に何が起きたのか理解した。
「ククク…………。子供だと思って油断してしまったよ。まさか鋼刃糸の使い手がいたとはね。天稟は凄いが…………惜しむらくは経験が足りない」
そいつは何もないはずの一点を見つめながらさらに会話を進める。
「無詠唱の【擬態】で姿を隠しつつ、隙を見て鋼刃糸で刈るか…………。だが辛かろう? 効果の維持に多大な集中を強いる【擬態】を維持しつつ体内保有万能素子を利用して鋼刃糸を用いる行為に…………魔術演算に脳が悲鳴を上げている事だろう? ほら、僅かに【擬態】が解けているぞ。ククク…………」
そいつのいう事は真実のようで何もないと思っていた空間にぼんやりと人のシルエットが浮かび上がってきた。
そして力尽きたのか崩れ落ちた。
そうして皆が時間を稼いでいた間にようやく身体の状態が元に戻った。
だが広場は静寂に包まれ他の冒険者は倒れ伏していた。
勝てない…………その言葉が頭をよぎった。
だがここで諦めてしまえばそいつは躊躇なく僕らを皆殺しにするだろう。奴は弱者を嬲って楽しんでいるのだ。
僕は片手半剣を両手で握り上段に構える。魔闘術の【練気斬】を行うためにゆっくりと体内保有万能素子をかき集めて収束させていく。
そいつは僕らで遊んでいるから邪魔することはない。 とにかく集中して極限まで魔力を集約させるんだ。
程なくしてもう限界だろうというくらいには集約させた。だがこれで終わりではない。僕には開放という恩恵がある。攻撃を放つ直前にさらに追加することで向こうの想定以上の威力が出るはずだ。
上段=天の位と呼ばれる構えのままタイミングを計る。
思い付きで始めたが結果だけ見ればかつて戦った竜人族と同じことをしている。
武技【屠月斬】の要領でそいつへと飛び込む。
「めぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん!」
裂帛のごとき気合を込めて振り下ろす。
パキンと何かが割れる感触がありその後いつもの肉を裂き骨を断つ感触が伝わる。
目の前には真っ二つにされたそいつが転がっている。
「やっ————」
そしてそいつと目が合った。
「実に素晴らしい。卿らを過小評価していたことを詫びよう。まさか私に手傷を負わせるとはな…………」
僕は再生されていくそいつをただ眺める事しかできない。万能素子を魔力へと変換する導管に過大な負荷をかけた代償で立っているだけでも辛いのだ。
そいつは僕から離れると他の冒険者の荷物を漁り万能素子結晶を取り出す。
「褒美に私の実力の一端を披露してやろう」
そう言うと万能素子結晶が砕け散り細かく砕け散った破片は周囲にキラキラと舞う。
「綴る。統合。奥義。第十二階梯。攻の位。伝導。境界。臨界。閃光。熱核。融合。太陽。拡散。溶解。延焼。炸裂。解放。」
そこで詠唱が打ち切られる。そいつが掲げる左手の先には青白く輝く半径1サートほどの球体が浮かんでいる。それが放つ熱波だけで逝けるんじゃないかと思うほどに広場はサウナと化していた。
そしてタイミング悪く昇降機の扉が開く。
そいつはこちらを見てニヤリと笑い最後の呪句を述べる。
「発動。【熱核融合雷球】」
ながくなってもーた。




