83話 略式魔術
「なんだよ改まって?」
「僕に真語魔術の無詠唱のやり方を教えてください」
「どの階梯まで使えるようになった?」
この質問には意味があって、基本的には自分が扱える魔術の階梯までしか無詠唱化の処理が出来ないのだ。
「第三階梯までです」
「あら、それだと魔術師見習いではなくて魔術師と名乗れるのね。おめでとうございます」
師匠の横でニコニコと話を聞いていたマリ…………じゃなかった。メフィリアさんが祝福してくれる。この世界の常識的な話で言うなら僕くらいの年齢だとやっと魔術師見習いって言う人がほとんどなのだ。僕らの元の世界と教育水準が違うせいなのか魔術の勉強で一番苦労したのは聞き取りと発声だった。
そんなことを思っていると師匠が、
「…………正直言えば俺はお勧めはしないな」
思案していた師匠がやや厳しい口調で否定してきた。
そもそも無詠唱魔術とは脳みその未使用領域に術式などをすべて刻印魔術で焼き付けてしまい、瞬時に発動させる事ができる大変便利な方式だ。
ただ欠点もあり、一度焼き付けてしまった刻印は削除ができない事。さらに脳の未使用領域には容量がある事。階梯の高い魔術ほど占有率が高くなるので後々後悔する可能性もある事などを説明される。
少し考えこんでいると————。
「容量を増やす方法は二つある」
師匠の口から大変魅力的な提案がなされる。だがこういう場合それなりに罰則があるパターンだ。
ひとつ目は攻略組の魔術師が行っている方法で、まずは破棄予定の安い奴隷を複数買い取る。次に真語魔術の【契約】と呼ばれる魔術にて主従契約をさせる。この魔術の特性により奴隷の未使用領域の脳を盟約者のものとして扱うことが可能となる。奴隷は安全地帯の広場にまとめておけば問題なし。
奴隷を人間ではなくモノとして扱う習慣が根付いているこの世界だからこそのゲスイ手法だ。
正直お断りである。まさかとは思うが疑問を口にした。
「師匠たちはどうしているのですか?」
聞いておいてなんだが、師匠たちが奴隷を使っているとは思っていない。
「私たちは…………ねぇ?」
マリ…………メフィリアさんが師匠に何か言いかけたが口を噤んでしまう。
「俺らは前世がらみでもう【契約】は効果がない」
それが答えだと言わんばかり口を閉ざした。
【契約】は呪いに分類される魔術だ。呪いの類は一人につき一つしか効果がなく、より強力な呪いが効果を発揮するのだ。以前師匠から聞いた話だと悪意ある呪いを受けないためにわざと自分に影響がほとんどないが魔術強度が強力な呪いの魔術をかけると聞いたことがある。
そのたぐいか。
「まーなんとなく理解しました。ではもう一つとやらは?」
「略式魔術と呼ばれるものだ」
そういうと師匠は何処からともなく一冊の豪華な装丁の本を取り出した。
「これは?」
「略式魔術の教本だ。樹にやるから自分で勉強しろ」
あー夜分にお邪魔しちゃったから早く帰れって事かな?
「判りました。今日はありがとうございます」
そう言って師匠宅を辞した。
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「————で、それが教本なんだ?」
板状型集合住宅に戻り和花と瑞穂を呼んで一通りのことを説明して教本を取り出したのだ。
「うん。僕ら三人は真語魔術が使えるんだし、緊急用にいくつか略式で使える魔術があってもいいと思うんだ」
「確かに…………」
和花が何やら思案し始め、隣の瑞穂はうんうんと頷いている。
初歩的な魔術の中に冒険者であればこれだけは無詠唱か略式でって魔術が存在する。
「 【軟着陸】の魔術さ」
高所から落下した際に暢気に詠唱なんてしていたら間違いなく地面に赤いシミを作ることになるだろう。
「あー確かに」
和花と瑞穂ともに頷く。特に斥候であり迷宮内では罠探知や罠解除が仕事の瑞穂の場合、落とし穴対策に必要だろうからね。




