77話 決着そして——
【真空斬り】は待ち型の技だ。武器を振るって衝撃波をつくりだし、扇型の範囲を攻撃する魔法みたいな技だ。僕が突っ込めば迎撃されることになる。予備動作が同じなので読みにくい。
反対に突進系の大技である大剣技の【屠月斬】に対して体格も膂力も劣る僕が受けに回ることは自殺行為だ。前回の戦いでも同じような状況に陥った。あの時はお互いの突進による運動エネルギーを利用して剣を突き刺したが、流石に向こうも無策で突っ込んでくるとは思えない。
お互いが相手の出方を窺うように警戒し刻だけが過ぎていく。野次馬が焦れてきたのか野次が飛び始める。
この守りの姿勢が裏目に出ることになる。
野次が止み野次馬がどよめく。
竜人族の戦士はというと巨大な鉄塊の如き両手剣に青白い魔力のオーラ吹きあがり始めた。最大出力の【練気斬】+【屠月斬】で僕を挽肉にでもする気なんだろう。これで【真空斬り】という選択肢はなくなった。
正直怖い。これから試すことは一度も成功していない技だ。
これまで僕の斬撃はほとんど効き目がないと印象付ける事には成功しているはずだ。トラウマになっているのか刺突だけは警戒している。準備は整ったとみるべきか。
ここだ! 前へ!
歩法【八間】にて瞬時に間合いを詰める。僅かに遅れて竜人族の戦士も突進してきた。距離は2.5サート弱、一瞬で間合いが詰まる。
振り下ろされる鉄塊の如き両手剣が僕を真っ二つにし勢い余って街路を砕いた。
————ように竜人族には見えただろう。あいつが切り裂いたと思ったものは【残身】による僕の残像だ。
破壊された街路の破片が礫となって全身を叩いた。
ここで気絶や痛みで仰け反っていたらすべてが台無しだったが、気合で耐えた。そして開放の恩恵によって瞬時に限界ギリギリまで高めた魔力を宿した右手の片手半剣でガラ空きの胴を薙いだ。
手ごたえはほぼなく、紙を切るような感覚で振り切った。
竜人族の戦士から血しぶきが上がる。それと同時に迫りくる尻尾でなぎ倒された。
▲△▲△▲△▲△▲△▲
どうやら気を失っていたらしい。
気が付けば師匠宅のベッドに寝かされていた。
「僕…………負けたんですか?」
「いや、ちゃんと魔力が収束した【練気斬】片手半剣の左薙ぎを振り切って致命傷を与えたぞ」
「でも、そのあと尻尾の一撃を貰って…………」
いや、吹き飛ばされたけど剣を杖代わりに起きたんだ。そこは思い出した。その後意識が飛んだのか…………。
「しかし勝つためとは言え【疾脚】から【残身】でその後すぐに【一閃】とか無理をしたもんだ。身体が付いていかなかったのか筋肉がボロボロだったぞ」
「すみません」
筋肉の使い方が全く異なるので通常は行わないのだ。
「暫く休んでからまた身体を鍛えなおしだな。メニューは考えておいてやる」
ん? 暫く休んで?
「なんでって表情してるな。お前さん開放で一気に大量の体内保有万能素子を導管に流し込んで過度な負荷をかけたんだぞ。前にも言ったが魔力を練るという————」
その後四半刻ほど師匠のお説教が続いた。
万能素子を魔力へ変換する霊的器官の導管へのダメージが以前より少ないのは————。
「渡した片手半剣がなければ、お前さん普通に死んでたよ。無茶するだろうと思って急いで用意して正解だったよ」
呆れたやつだと言わんばかりの言いようだった。
「ところで、最後の布石はいつ覚えたんだよ?」
最後の布石————。
使わずじまいだったけど師匠が得意とする近接戦闘での刻印魔術だ。回避の際の足さばきで街路に刻印を入れていたのである。
「格上相手に戦闘をコントロール出来たあたりは褒めておくとしよう。もう一人前だな」
滅多に褒めない師匠が褒めた…………明日は嵐か…………。
「あ、そうだ。剣を返さないと…………」
寝台に立てかけてあった豪奢な片手半剣が差し出された。師匠はそれを受け取るともう一度僕に握らせた。
「え?」
「こいつは樹にやる。もう戦士としては一人前だ。魔法の工芸品の武装くらい持っていても問題ないと思ったからな。まぁー一人前になった祝い品のようなもんだ」
改めてその豪奢な装飾の施された美しい片手半剣を眺める。
「その片手半剣の銘は[ヴァルクホルン]という。付与されている魔術によって魔力の収束率を上げる効果と導管への負荷を軽減する効果がある。後は【鋭さ】の魔術が付与されていて切断力が向上している。あとオマケで魔術の発動体としての機能を持たせてある」
今回の決闘で勝てた理由は完全にこの武器のお陰って事かー。
しかし無性にだるくて眠い。出来れば金輪際強敵との命のやり取りとか避けたいなぁ。
「ところで、竜人族の戦士はどうなりました?」
「死んだよ。それだけ樹の開放からの【一閃】の切れ味は見事なものだったよ。刺突を警戒していただけに、序盤の片手持ちでの斬撃が有効打にならないと思わせてた作戦勝ちだな」
開放からの【練気斬】+高屋流奥義【一閃】という最大の攻撃を生かすためにあれこれ思案したからなぁ。
片手持ちの威力がしょっぱいように見せるために両手持ちで攻撃したときは【魔力撃】と併用したし。決定打を与えるのは前回の戦いのときに見せた練気からの刺突しかないと思わせるのに苦労した…………。正直ストレスで禿げるかと思ったよ。
「師匠からも一本取れますかね?」
ちょっと自信がついたのでそんな事を聞いてみた。
「まだまだ無理だな。そもそも俺はあんな力任せの大振りはしない」
やっぱ無理かぁ。でもいつか師匠に一太刀当てたい。
「まー今はもうひと眠りしろ」
そう言うと師匠は立ち上がり部屋を出ていく。僕はそれを眺めつつ意識がブラックアウトした。
▲△▲△▲△▲△▲△▲
決闘騒ぎの日から一週間が経過した。僕はといえばほぼ寝たきり状態で一日の大半は睡眠状態で無為に時間だけが過ぎ去っていた。師匠にいわせると開放で受けた魂の修復には通常より時間がかかる。
実際にえも言われぬ倦怠感が付きまとい身体を動かすのも億劫なのだが————。
「ここまで暇だとそろそろ身体を動かしたい!」
「ならリハビリも兼ねて迷宮にでも行く?」
そう言ったのは和花だ。毎日何処かへ出かけているようだが、時折こうやって僕の無駄話に付き合ってくれている。
「身体も勘も鈍っているからいきなり迷宮は怖いかな」
「なら私と街でも歩かない? リハビリには丁度いいかもね」
「そうだね」
ベッドから這い出し着替えようとして気が付いた。
「これから着替えるんだけど?」
「またまたー何を今更。板状型集合住宅じゃいつも一緒に着替えてたでしょ?」
そういえばそうだねと思って着替え始めたけど、なんていうか視線が…………。
「なんかジロジロ見られると流石に恥ずかしいのだけど?」
「バレてしまったかぁ。それにしてもココ暫くで体つきが逞しくなったね」
「これで身長があと一〇センチ伸びてくれれば言うことないんだけど」
急に和花が近づいてきたと思ったら、
「目線の高さが以前と変わったし、背は伸びてると思うよ。まだ成長期だしこれからこれから」
そう言ってやたらとベタベタ触ってくる。
「それじゃ外で待っているから早く支度してきてね」
そう言うと手を振って部屋を出て行った。
なんか変わった?
あまり待たせても悪いのでさっさと平服に着替えて外に出る。
「お待たせ」
ぼんやりとしていた和花に声を掛けて師匠宅から人通りの多い場所へと向かう。一週間もほぼ寝たきりだったせいかフラフラする。気が付けば左側から和花が支えてくれていた。
「どこか目的地でもあるの?」
和花の足取りからそう予想した。
「うん。露店とか覗きかな」
あーウインドウショッピングか。
本当に露店とか覗きで一刻ほど露店区画を回り、しばらく寝たきり生活だったせいか流石に疲れてきた。
「そろそろ帰ろっか」
僕の疲弊状態を察したのかそう言って手を繋いできた。
和花に手を引かれながらの帰り道で気が付いた事がある。最初は気が付かなかったのだが、みんな愛想よく僕らに声を掛けてくる。巡回中の衛兵も気さくに声を掛けてくるのだ。その事を和花に言うと、
「例の決闘騒ぎで樹くんは一躍有名人になったんだよ。あの竜人族の戦闘奴隷にどれだけの被害を出されたか知ってる?」
「師匠からざっくり聞いた話だと死者、重傷者合わせて百人くらいだっけ?」
「軽傷者や他の被害者はその倍はいるんだよ」
「でも、それって僕が逃げ回ったせいじゃないの?」
「そもそも樹くんは被害者だよ。戦闘奴隷が命令で暴れた場合の被害は主人が罪に問われるんだけど、その主人は不明だし、みんなやられ損だったから————」
決闘という形で皆の前で竜人族の戦士を打倒したことで溜飲が下がったらしいという事と恐れと打算もあるんじゃないかとの事だった。
喧嘩を売るには怖い相手だけど、仲良くなればいざって時に守ってもらえるかもって打算があるって事か…………。
なんか師匠も似たような事を以前言っていた気がするな。
『————だから俺はむやみに力をひけらかすのが嫌いなんだよ————』
そんな台詞を思い出す。
▲△▲△▲△▲△▲△▲
更に2週間が経過した。もう秋の中月も終わりそうだ。
僕は休暇で衰えた体力などの向上と、今までの戦闘が直線的すぎる問題を改善すべく修行に入り、更に欲張りに師匠のように近接戦闘でも魔術が使えるようにと鍛錬を始めた。
和花はは精霊魔法と真語魔法の他に投石紐の練習も始めた。
セシリーは体力が付いたので初歩的な近接戦闘の訓練と投石紐の練習を始めた。
瑞穂はズルかってくらい吞み込みが早く様々な技術を吸収している。
健司は、こちらの世界での流派で竜人族が発祥という[功鱗闘術]という武術の体得に精を出している。つい先ほど模擬戦を行ったが以前ほど楽な相手ではなくなった。頼りになりそうだ。
皆が自分に合った方法で鍛錬をする中で、隼人は姿を見ていない。長屋にすらほとんど戻っていない。
「最近迷宮にも潜ってないし、そろそろ鍛錬の成果を試すのにいいかもね」
隼人を除く5人で夕飯がてらそんな話をしていた。
ここ暫くの騒動の原因も有耶無耶となりモヤモヤするが今の僕が出来る事は何もない。
だが、地力もついてきたし、そろそろ従弟の薫や法律と政略によって決められた婚約者の花園さんだけは元の世界に返してあげるべく動く時期も近いのではないかと思っている反面、この世界にきて半年以上が経過し行方の手がかりどころか生死不明な事を思うと今ある生活を捨てることに未練を感じてもいる。
「どうしたもんか…………」
思わず呟いてしまった。
「何が?」
皆が食事の手を止め僕を注視している。
「実は————」
自分の考えを話そうと口を開いたときだ。
「ケンジ・スメラギとイツキ・タカヤは居るか」
食事処にそう大声が響き渡った。
ここで2章が終わります。
三章第一話(78話)の前に幕間-4が入ります。
何とかGW中に2章が終わりホッと一息。
居るかはわかりませんが、読んでくださった方々お付き合いいただきありがとうございます。
GW明けは仕事が溜まっておりますので更新ペースが落ちるかと思います。できうる限り最低でも週一更新はする予定ですが、見捨てられないように祈るばかりです。




