76話 理不尽極まる決闘
いつも通り板状型集合住宅から閑静な住宅街にある師匠の屋敷へと通っているのだけど、その日はやけに人が多く居た。
珍しい事もあるものだと思いつつ、そろそろ自分の戦闘能力の限界がどの辺りにあるのか試してみたいななどとぼんやり考えていると、そこに壁が立ちはだかっていた。
「貴様ニ決闘ヲ申シ込ム」
その壁は巨大な鉄塊のような両手剣を担いだままそう言った。
ん? どういうこと?
間違いなく僕を襲ったあの竜人族の戦士だと思う。その証拠に重甲冑には、健司の一撃を受けた左腕装甲が裂けている事と僕が小剣で突き刺した穴が修復されずに空いたままだからだ。
外野の声は竜人族の戦士を殺せと合唱と化していく。
「準備シロ」
なんか僕が決闘を受けた流れになっているんだけど?
「五月蝿くてゆっくりもしていられないからさっさと片付けてしまえ」
そんな鬼のようなことを言うのは当然師匠だった。
「しかしですね————」
「このギャラリーの中には竜人族が樹を狙っていたのを知っているものも多い」
よーするに僕が闇雲に逃げまわったから被害が拡大してしまった。そのケジメを取れという住人達の同調圧力だろうか?
「今回の被害は事情はどうであれ僕が逃げ回った事で発生した事なんで責任を取れと皆は思っているわけですね?」
「不本意だろうがそうだ。連中は誤解で襲われてたとか関係ない。かといって戦闘奴隷が犯した殺人罪は問えない。受けなければ彼らはお前を逆恨みするだろう」
…………酷い話だ。
「酷い話だろうが、ここに集まっている被害者達は樹が逃げ回らなければ被害はなかったと思い込んでいるし、ここで逃げるとこの街じゃ住みにくくなるぞ」
「まさかと思いますが、師匠はこういう事態を予想してここ暫く特訓を施したんですか?」
「まるっきり想定していなかったといえば嘘になるな。だが樹もそろそろ自分の実力がどの辺りにあるか試してみたいとは思わなかったのか? 俺相手だとピンと来ないだろう?」
読まれてるか…………。師匠は強すぎて自分がどれだけ成長したかいまいちピンと来なかったのは事実だ。
「でもなんか不本意です」
そう答えつつ、新しく新調した防具である板金半鎧をチェックする。健司の板金軽鎧をさらに軽量化させた物だ。バルドさんが材質や製法に拘った特注品であるが、あの巨大な鉄塊のような両手剣が相手だと意味を成さないだろうな。
「武器はこれを使え」
そう言って師匠は豪奢な装飾が施された一振りの片手半剣を投げて寄越した。
「これは?」
「流石に腰の安物の片手半剣じゃ勝負にならんから貸してやる。ちゃんと返せよ」
腰に佩いていた片手半剣を師匠に預かってもらって貸してもらった片手半剣を鞘から抜いてみる。
周囲がどよめきく。
それもその筈だ。刀身が青白い魔力のオーラを放っている。マルコーの広刃の剣の時より魔力のオーラが強い。
「意外に軽い?」
それに驚いた事に鞘も金属製だ。
「その片手半剣は真銀製の魔法の剣だ。今までの剣との違いは強度が上がっている事と、重量が減った事で剣速が上がる事、威力は軽くなったマイナス面を剣速が上がった事で十分に補ってくれている。樹は体力がないし軽い武器の方が良かろうと思って用意した」
そして師匠からアドバイスを受ける。
「いいか。相手は超重装甲と言っても装甲厚は均一じゃない。特定の個所を狙う対人戦で必要なのは装甲貫通力を得る運動エネルギーだ。それは武器の重さやサイズではなく速度だ」
その為の軽量化って事なのか。
「それと斬撃時の衝撃には注意しろ。硬いものを打ち付けた時の反動で関節を痛める。手首の使い方に注意するんだ。それと————」
「ありがとうございます。片手半剣は必ず返します」
さて、準備は整った。竜人族の戦士と対峙する。周囲をざっと確認する。
街路は綺麗で凹凸は殆んど見られない。街路の幅は3サート程だろうか。左右の壁はそれぞれ高さ0.5サートほどの石壁だ。
前後は野次馬で塞がれている。戦闘エリアは3サート四方程度に考えておくべきか。
こちらの世界の流儀でコインを投じ地面についた瞬間から決闘開始だ。
「俺が立ち会うが双方問題ないか?」
「はい」
「問題ナイ」
「名乗りは?」
「必要ナイ」
「…………そうか。では規約を確認する」
敗北条件は先に戦闘不能もしくは死亡した場合、または降伏した場合とする。
「では、いくぞ」
師匠は金貨を取り出し親指で弾く。
金貨が街路に落ちた瞬間、武技【疾脚】によって僕の身体は瞬時に間合いを詰める。予備動作の遅い竜人族の気勢を制した形でそのまま片手で片手半剣を振り下ろす。
予想通り竜人族の戦士は避けもせず重甲冑の厚みでその一撃は防がれる。幾分衝撃は抜けただろうけどたぶん殆んど削れていない。むろん想定の範囲である。目的は魔闘術の【練気斬】を使わせずに、精神を疲弊させる事だ。こんな軽い一撃を何回当ててもこの体力化け物は倒れない。
懐に入られるのを嫌う竜人族の戦士は短い脚で蹴撃を放ってくるが軽くバックステップで避ける。
兎に角あの巨大な鉄塊の如き両手剣を連続して振らせてはいけない。単発なら初動の遅さから回避はしやすいからだ。僕の膂力では受止めは出来ないし、受流しも難しいし、たぶんだが武器落としも巧くいかないだろう。
狭い決闘スペースを【疾脚】で巧みに動き回り二分ほど巨大な鉄塊のような両手剣の横なぎをバックステップで避け、剣の引く動作に合わせて懐に飛び込みガラ空きの胴に斬撃を浴びせるという一撃離脱戦法が続いた。作戦とは言えこちらの攻撃に殆んど有効打はない。ただ前回の戦闘の際に放った魔力を込めた刺突だけは非常に有効だった事もあり、それを警戒しているのがよく分かる。突きの体勢に入ろうとすると無理を承知で距離を詰めて大振りの攻撃が来る。それを回避して連撃を叩き込み、重装甲の左手をハンマーの如く振り回すのを大きく躱す。敢えて上体屈みは行わない。足元を尻尾の薙ぎ払いがあるからだ。
そして決闘開始から五分が経過した。
そろそろ次の段階に進もう。
竜人族の戦士の苦し紛れの大振りをバックステップで避けたのちに【疾脚】にて素早く懐に飛び込み素早く片手半剣を両手持ちに代え竜人族の戦士の右腕に渾身の一撃を叩き込む。
ほとんど表情が分からないが明らかに異変を感じていて戸惑っている。
頻りに打ち据えた右腕を気にしている。
気にしてる、気にしてる。
その後も数撃ごとに打ち据えた箇所を頻りに気にするようになる。
こちらの両手持ちでの斬撃が十分有効だと認識した事だろう。
布石としては十分だ。
種明かしはこうだ。
仮にも僕も魔戦士に分類される訳で、片手半剣を両手で持って斬撃を放つ瞬間に無詠唱魔術の【魔力撃】を当てるのである。魔法や魔術は物理的な装甲は意味を成さない。
これでいい。
両手持ちで切りかかれば装甲を切り裂けなくても衝撃が抜けると勘違いさせるのが目的だ。
一発貰えば致命傷確定の一撃をギリギリで避けつつ神経をすり減らすような二分が経過した。師匠譲りのもう一つの仕掛けの準備も整った。
流石に疲労が蓄積されてきてそろそろ戦闘継続が厳しくなってきた。どこかで乾坤一擲の一撃を放ちたいが、それまで————。
疲労からだろうか脚がもつれて前のめりに転んでしまう。
だが、幸運にもそれが相手の予想外だったようで大振りの一撃を避けていた。もし脚がもつれていなかったら…………。
だが不意に転んだ事で混乱してしまい一瞬自分の状態を把握できなかった。
「うがぁ!」
多分尻尾の薙ぎ払いだろうか?
重い一撃を受けて吹き飛ばされた。街路に叩きつけられてバウンドしギャラリーのところまで転がる。
急いで起き上がって状況を確認すると高々と巨大な鉄塊ののような両手剣を上段に構えている竜人族の戦士が視界に映る。
マズい。大剣技の【屠月斬】か【真空斬り】の構えだ。勝負を決める気だ!
さっきの一撃で大きく距離を開けられてしまった。それに迂闊に回避するとギャラリーに死者が出る。武技【疾脚】と【魔力撃】の使い過ぎのうえに神経をすり減らす回避行動の繰り返しで心身ともに限界が近い。こっちもそろそろ奥の手を使う時かな。




