75話 真相
2019-10-11 カクヨム版に合わせて加筆修正。
どうも気を失っていたらしい。
ソファーに寝かされているようだ。
周囲を見回してみると居間は師匠と僕以外の人はいないようだ。
「…………目が覚めたか」
「師匠…………どのくらい気を失ってましたか?」
「半刻ほどだ。そろそろ夜明けだな」
師匠の答えに時間間隔が狂ってしまっているなと感じる。
「皆は樹が心配で明け方近くでまで起きていたが今は休んでもらっている。食欲はあるか?」
師匠の手には湯気の立つマグカップが握られている。上体を起こし、マグカップを受け取るとひと口つける。
「…………すみません」
「いや、謝る事じゃない。それと話が進まないので、樹が気を失っている間に【記憶把握】の魔術で記憶を拾わせてもらった」
受け取ったマグカップの中身はポタージュのようだ。飲みやすいように程よい暖かさになっている。師匠は脳筋キャラっぽいくせに変なところで気が廻る…………。
ポタージュを飲んで一息ついたところを見計らって師匠が話を始める。
「樹が直した大規模術式は【生命融合】という真語魔術の一派である統合魔術師の奥義のひとつだ。正直言ってえらいもんに手を貸したなと怒りたいところだが、何も知らなかったうえにあの状況下では酷だろう」
そう言ってもらえると幾分楽になる。
「魔術が発動した途端に中央にいた娘さんが苦悶の叫びを上げつつ変貌していく姿におぞましさを感じてしまって意識を手放してしまいました。あれはなんなんでしょうか?」
胸から下が質量を無視してボコボコと不規則に肥大化していって醜悪な化け物に変じていったのだ。よく聞くSAN値がガリガリ下がったって事なんだろうか? あの名状しがたい肥大化した下半身はなんなんだろうか?
「魔獣の母を作り出す秘術だよ」
「魔獣の母?」
僕はオウム返しで聞き返していた。
「あいつらが言う聖女と呼び称する女性とは豊穣と多産の女神の祝福を受けた妊娠可能な女性の事で、それを魔術によって魔改造して大量の魔獣を生ませる魔獣に作り変える。変態一派の産物だよ」
師匠は吐き捨てるようにそう答えた。
「…………元に戻してあげる事は出来ないのでしょうか?」
僕は罪悪感からそう質問をした。僕が術式の間違えを正さなければ…………。
「真語魔術の基本魔術に分類される魔術の中で第12階梯の奥義を越える秘装と呼ばれる魔術に【全てを無へ】というものがある。肉体はそれで戻す事は可能だ。ただ魔獣化した事で精神はほぼ壊れているだろうから殺してやるのが優しさだろう。それに…………」
「それに?」
「術者への負担が大きい。以前だが導管の話はしたな?」
「はい。魔闘術の時ですね」
「その術者は、間違いなくこの世界で最高の魔術師ではあるが、膨大な魔力を通過させるには導管がまだ未成熟なんだよ」
師匠の性格からして該当しそうな人物は…………やはりあの人か。
「その術者って、マリアベルデさんですか?」
「…………そうだ」
「知らなかったとは言え、僕はとんでもない事に手を貸したわけですね」
「誰が言ったかは知らんが無知は罪と言う。だが知ったのなら次から生かせばいいさ。それにあの館に行かなければとか、”もし”を言い出すとキリがないからこの話はここで終わりにしよう」
師匠のその言葉でこの話は打ち切りとなった。そして話は次の疑問へ。
「どうして僕は襲われて、そしていまここに無事に戻ってきったんでしょうか?」
「尊師の質問から察するに、奴は俺の存在を七賢会議の一員か下部組織の構成員と思い込んでいたようだ。樹は俺の弟子を装った部下か何かだと勘違いされていたんだよ」
「ソレだけのためにアレだけの被害が出たのですか?」
迷惑にも程があるのだが?
「それに関してはあの竜人族を迷宮で仕留めなかった俺にも責任があるな」
「何か意図があったのですか?」
「戦闘奴隷には命令実行が不可能になると命令が解除される。契約は残っているので主人の元に戻るかそのまま放置されるのが一般的だ。なまじ手練れだっただけに再利用したってところだろう。身元がばれると困る奴がよく使う手だ。だが利権の問題でそれを禁止する事は出来ないのが現状だ」
師匠目線では片付いたつもりだったっぽい。
「まー、かなりの手練れだったし、殺すのが惜しいと思ったのは間違いないな」
「でも、まさかあそこまで手段を選ばないとは思いませんでしたよ。何があの竜人族をあそこまで駆り立てたんでしょうか?」
「あの種族が賭博などで、借金をするとは思えないし、集落の危機で早急に大金が必要だったのかもしれないな。そこで自らを戦闘奴隷として契約した…………よくある話だ。そして竜人族は魔族に分類されるが義理人情もあるが割と結構忠実な種族だ。マリアに治療された後に襲い掛かってきた当たり主に対して何かしらの義理を感じていたのかもしれないな」
この世界の法律はザルというか上級国民に忖度すぎるので理不尽なことが結構多い。
「それで、その竜人族は捕まったのですか?」
「犠牲は出たが捕縛した。だが罪を問うことはできない。取り調べの状況から程なく釈放されるだろう」
「なんでです?」
「奴隷は単なる道具に過ぎない。人権もないし、自由意思も認められないので罪に問う事もできない。殺人を犯した凶器の道具に罪を説いても仕方あるまい。それに――」
師匠の説明は以前衛兵から聞いた内容と大差なかった。
竜人族への命令は僕や和花の殺害及び邪魔する者を排除だったという。だけど蓋を開けてみると僕は殺害ではなく捕縛されている。命令系統に違いがあるのだろうか?
しかし巻き込まれた被害者は相手が奴隷だからとか言われても納得できるのだろうか?
「奴隷は自分の意志では殺人を犯せない。基本的に奴隷の犯した罪は主人に帰するという考えだから、怨まれるとしても命令した主人の方だ」
表情に出ていたのだろうか? 僕の疑問に師匠がそう答えをくれた。
だが、人間がそんなに簡単に割り切れるだろうか?
「割り切れないって感じだな。保釈される理由だが、捕縛された際に戦闘不能になり命令が無効化した。無害化したので邪魔だから放り出すって感じだが、同時に再接触するかもしれない主を見つけるために泳がしているともいえる。あの竜人族はマークされたし、次に暴れればその時は流石に殺されるだろう。腕は立つが単なる戦士じゃ限度っていうものがある」
若干釈然としないが…………と言う事はグレーゾーンをついて悪質な事も出来ると言う事だろうか?
「先に行っておくが、魔術なり奇跡なりに抜け道があってもそれを広める事は禁じられている。一介の衛兵程度じゃ知りえないのも無理はない――」
例えば【嘘発見】や【虚偽看破】対策なんかがいい例だ。
ん? と言う事はそれを僕らに教えた師匠もやばくないのか?
「奴隷制度は使う側に都合の良い制度だ。矛盾点も多い。だから犯罪の実行犯として使い捨てられる。あの竜人族は異様なほどタフだったから捕縛になったが、人族とかだったら死んでいただろう」
タフだったから捕縛で終わった。捕縛されたことで命令が切れた。無害なので放流した。全てがたまたまだったんだと言う事らしい。
聞きたくなかったが被害状況も聞いてみた。
「被害の方はかなりのもので衛兵だけで15名が死亡し、冒険者や一般市民、露天商まで入れると死者34名、重軽傷者67名が公式発表だ」
師匠が仕留めなかったからとか、僕がむやみやたらに走り回ったとかいろいろあるのだろうけど責任を感じるなー。
延々と悩んでいても何も変わらないので話を変えよう。
「それで結局のところ僕がシロだと言われたのは、七賢会議とは無関係だと判断されたためですか?」
「ほぼ間違いないだろう」
「なら無事にここに帰された理由は?」
「想像だが、ひとつは術式を完成させた謝礼だろうな。【生命融合】は学院では禁呪指定で教えることはまずないし、残された文献から解明した遺失魔術だったんだろう。もうひとつは俺に対して敵対しないという意思表示だろう」
冒険者ギルド最高位の肩書は伊達じゃないという事だろうか?
あれ?
遺失魔術だとしたら何で師匠は知っているんだ?
まー今はいいか…………。
「でも人質として使えるとかありません?」
疑問に思っていた事と違う事を質問してみた。
「俺なら樹が人質にされたら…………」
師匠は一度言葉を切り、とんでもない事を口にした。
「樹の首を(物理的に)飛ばして、返す刃で尊師を切り捨てた後で【死者復活】するわ。やったな。新しい恩恵を得るチャンスだぜ!」
そう言ってサムズアップしてるし完全に冗談を言う口調だったが、この人なら躊躇なくやるんだろうなぁ。
そんな時が来たら出来る限り痛くしないで欲しい…………。
「師匠…………もうこの件は片付いたと思って良いんでしょうか?」
「後味は悪いがそう思って間違いないだろう。実を言うと相手のアジトに乗り込んだらもぬけの殻だった。ただ敵対するなら次は潰すさ」
ん? もうアジトに乗り込んだ後なのか?
「なんで場所が分かったんだって表情してるな。不埒にもマリアに対して覗きを使いやがったのを【逆探知】したんで、訪問してやったんだよ」
まーこれで一安心? なのだろうか。
「取りあえずは日常に戻るのかな?」
「戻るといえば戻るが樹は暫く迷宮入りは禁止だ」
「どうしてです?」
「今回の樹達と竜人族との戦いを聞いて思ったんだが、指導方法に俺なりに反省点があった。俺としては地力がつくまでは小手先のワザを習得させたくなかったが、強敵対策にコレだという技を体得してもらう」
んー格ゲーの必殺技みたいなもん?
「そうだ! 僕からもお願いがあったんです」
▲△▲△▲△▲△▲△▲
刃を潰した三日月斧を杖の様にして身体を支えている。
疲労困憊で立っている事自体がきついのだろう。
師匠にお願いした事の一つが空き時間で健司の戦闘力を底上げする事だ。破壊力はあるが攻撃手段が単調な健司に防御技術を叩き込むという内容だ。ついでにバルドさんに健司用の板金軽鎧を新造してもらう事だ。
視線を移すとひぃひぃと、いい声で鳴いているセシリーが広場を延々と走っている。バルドさんに法衣の下に身に着けるひざ丈のワンピース状の鎖帷子を用意してもらい、それを身に着けての持久走だ。
勿論目的は体力強化だ。
僕はと言えば瞑想のようなことを延々と行っている。これは僕の持つ恩恵である開放の制御の特訓だ。
あの竜人族との戦闘で使うなと言われた魔戦技の【練気斬】が使えたのは師匠がくれたお守りの呪符のおかげだった。あれがなければ僕は死んでいただろうとの事だった。いまやっているのは限界ギリギリで開放を止める為の制御技術の訓練だ。
それが終われば防御技術の向上として相手の攻撃を如何に往なすかを重点に、回避、受流し、受止め、逸らしなどの防御技術の徹底的な底上げを行い攻撃自体は防御からの反撃を多用する方向で調整している。
その為に僕も防具を一部新調した。
あの日から延々とこんな修行を続けていて既に一週間が経過している。正直言えば成果を披露する日は当面こないだろうと思っていたのだけども、予想に反してその日が突然来たのだった。
何事も予定通りには進まないものだ。




