7話 これからに向けて②
2018-10-13 誤字脱字および一部台詞廻りの修正
あれから五日経過した。
蘇生したばかりの僕と和花は離魂しかかっていた魂が肉体に定着するまで安静だったこともあり与えられた自室で暇を持て余していただけだった。
ヴァルザスさんの話だと僕らは身ぐるみ剥がされていたとの事で制服とかヴァルザスさんから貰った[魔法の鞄]も行方が分からない。
ただ[魔法の鞄]の効果である【時空収納】機能を持った腰袋は忠告通りに専用化してあって、持ち主以外には単なる腰袋となるので売っても二束三文にしかならないらしい。ざまーみろと言いたい。
そして暇を持て余してるのは健司も同じで度々ヴァルザスさんの元へ行ってはこの世界についてのあれこれを聞きまわっていてその度に僕の部屋に乗り込んで喋るだけ喋っては帰っていく。
そうして暇な五日間を過ごし身体の調子も戻ったので、この世界でやっていくための方針を決めるための適性試験を行うということで甲板に呼び出された。
そう僕らは陸上を空気浮揚艇のように移動する船に乗っていたのだ。
形状は独特で正面から見ると台形に見える。船底が一番面積が広く上部構造物は少なめで突起物もほとんどない。全長は二〇〇メートル弱、甲板の幅は二五メートル程はありそうだ。艦内後部に艦尾ドック式格納庫もある。武装はないけど日本帝国の防衛海軍の揚陸艦に近いのだろうか?
「元は今から千年ほど前に滅んだ第二期魔導機器文明時代の発掘艦だ。今の時代だと魔導輸送機と呼んでいるな。武装はない。移動は地面から僅かに浮遊し移動する。動力は万能素子転換炉で周囲の万能素子を吸収し必要な魔力に変換してる。冒険者でも運が良ければ遺跡からこういうモノを手に入れる機会もある」
興味深げに眺めていたらヴァルザスさんが説明してくれた。
「この世界はこんなのが一杯あるんですか?」
こういったモノが溢れている世界なら文明レベルは高いだろうから過ごしやすいんだが…………返ってきた答えは、
「いや、魔導機器組合に登録してあるものはこいつを含めて二〇隻ほどだったはずだ。もっとサイズの小さいものならそれなりにあるんだが…………」
魔導機器組合は過去の遺産の管理や売買と失われた技術の復旧に勤しむ組織だそうだ。魔導速騎というエアバイクのようなものや魔導客車というエアカーに相当するものが中原の大国へ行けばそこそこ見かけるらしい。それどころか大陸横断鉄道まであるそうだ。
それと僕らの世界にあるような家電に相当する道具も高額ではあるが都市部には富裕層や飲食店を中心に結構出回っているらしい。
ざっくりと説明されて始まった適性試験とやらは広い甲板で行われる。実際にやっていることは学校で行われるスポーツテストと大差はない。
そして予想していたが健司が凄かった。たぶん学校時代は手を抜いていたんだろう。運動能力だけは異能じみた竜也を超えているんじゃないだろうか? というくらいには凄かった。これに関してはヴァルザスさん達も驚いている。
休憩を挟みつつ初日を終えてヴァルザスさんに言われたことは僕に関しては肉体的素養はごく普通の冒険者程度だなとの事だ。これでも学校時代は上位陣に食い込んでいたんだけに微妙にショックである。
一晩寝て翌日は意味のわからない行為を散々繰り返し行うというやや精神的苦痛というか負荷のかかる作業だった。全てが終わった後に言われた事は、これは魔法の適性を見る試験との事だった。だが結果は教えてもらえなかった。
結果が気になり悶々と一晩眠り翌朝になって食堂で朝食を摂り終わり食後のお茶を啜っているとヴァルザスさんから、
「お前たちには一番楽な稼ぎの手段として冒険者を推している。お前さんたちの学校教育の制度で得られた能力で出来る事なんて限られているだろ?」
そんな事を言われたが想定していたとおりである。必要なことはネットで調べればいいやと思っていたからかネット環境がなくなると知っていた筈の事すら結構覚えていないことが多い。あるとしても歯抜けの知識だったりと微妙に役に立たない。僕らは恵まれた環境で育っただけにイザとなると何もできないんだなと痛感した。
「他の手段というと何があるんでしょうか?」
そうヴァルザスさんに質問したのは和花だ。
「…………あるにはあるが、お勧めはしていない。前提条件は全部同じでこっちの公用交易語を覚えることだが、海運業の見習い船員、公娼、鍛冶職人の徒弟あたりなら知人に紹介はできる。それ以外だと後は…………開拓村なら農業の知識は乏しくても体力があれば歓迎してくれるな」
ヴァルザスさんの回答を聞く和花の表情は優れない。何を思っているかは予想できる。公娼という職に忌避感のようなものを感じているのだろう。
この世界の物流のメインは海運なので人手はいくらでも必要としている。ヴァルザスさん達の団体の出資者が持つ様々な輸送船の見習い船員として紹介してくれるらしい。
公娼は商人組合と各国がそれぞれ手を組んで運営する富裕層向けの高級接待飲食店を装った妓館だ。性病の蔓延を防ぎためにかなりの管理社会らしい。
鍛冶職人はヴァルザスさんの仲間の地霊族であるバルドさんに弟子入りすることになる。ただし独立するまでには技術や資金なども含めて最低でも七年はかかると言われた。しかも職人たちの既得権益を打ち破って開業するのは難しいのでどこかの開拓村で開業となる。
他にも前提条件が厳しいが真語魔術が使えて錬金学を専攻した錬金術師になれれば魔法の水薬制作で安定した収入が得られたり、練成魔術師を目指せば土建業で引手数多らしい。
「俺が冒険者を勧めたのはコネ作りも兼ねている」
和花からの返答がないのでヴァルザスさんは話を続ける。
「冒険者組合に舞い込む仕事は多岐に渡り、そこで知り合う依頼人と縁ができるとそれが後になって生きてくる事もある。この世界は一度職を決めてしまうと転職は難しい。冒険者として様々な技術や知識を磨き人脈を築けば将来は違う選択肢も得られやすいので敢えて勧めている」
この話には続きがあり、各種組合に入り見習いから始めていくと一人前になる頃にはそこそこの年齢になっているし他の事を学んでいる余裕もないから選択肢を狭めてしまう。こっちの世界は労働基準法だの職業選択の自由だの在ってないようなものなのだそうだ。
「ところで前々から気になってはいたんですが、なんで冒険者組合なんです?」
この際なんで聞いてみることにした。だって冒険してないじゃん。
その質問に対してヴァルザスさんの話はこうである。
元々は商人組合の下部組織である傭兵組合が母体の組織で、時代とともに戦争が減っていき暇になったが技量と教養に自信のある一部の者が古代文明の遺跡の探索を行って一山当て始めた事が契機だそうだ。後は跡目を継げない穀潰しや生まれ故郷に嫌気がさして逃げ出した者が食うに困って犯罪者にならないように囲い込んで仕事を与え犯罪率を下げる目的や使い潰しのきく人材確保で運営を始めたのが冒険者組合だそうだ。予想以上に登録者が増えてしまい加盟者に仕事を与えて組織を維持するために[なんでも屋]になってしまったんだとの事であった。
なお冒険者は厳密には職業ではないそうだ。多くの冒険者は住所不定無職という括りになるのだが階梯が高くなり知名度が上がると団体を設立することが出来るようになり社会的信用と共に希望する国家での市民権も得られる。
階梯の上がる条件は仕事内容などをギルドの監査部が精査して会議によって決まるそうなんだが、素行なども重要で戦闘力が高いだけではあまり評価されないそうだ。
「様々な技能とかはどこかで教えてもらえるんですか?」
もう一つ気になっていたことを聞いてみたのだが…………。
「残念だが冒険者を育成する組織はない。毎年結構な数の者が冒険者組合に登録に来るんだが、言いたくはないが代わりはいくらでもいる状態だから使い捨てみたいなもんだ。先達に頼み込むか独学しかないな…………後は一党を組んで足りない技能を埋めるかだな」
世の中そんなに甘くはないか…………。
ヴァルザスさんの答えに失意を感じたが、考えてみれば教育水準自体もあまり高いというわけでもない様だし至れり尽くせりの方がおかしいのか。
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ざっくり今後のスケジュールを説明終えたヴァルザスさんが食堂を去り僕ら三人だけが残った。
「樹くんはどうするの?」
最初に沈黙を破ったのは和花だ。
「僕はここに残るって決めてるから冒険者としてやっていくよ。行方の分からない薫や瑞穂も探さなければならないし。それに————」
「美優ちゃんを元の世界に帰してあげたいんでしょ?」
和花が僕の発言を遮ってそんな事を言ってきた。そういえば健司との会話は聞かれていたんだったな。
「それも間違いないけど、自分の意志で自分の行動を決められるんだよ! 楽しくない?」
「…………確かに」
頷く和花の表情が変わった。
「小鳥遊もやる気になったみたいだな」
「二人ともごめんね。エヘヘ」
そう言って舌を出して笑う。
あーでもない、こーでもないと仮定に仮定を重ねたうえでの今後の話を三人で行い気が付けばお昼だった。
そして昼食後に僕ら三人はヴァルザスさんにこの世界でやっていく為の技術を教えて欲しいと頼むことになった。それを聞いたヴァルザスさんは「わかった」と返しただけだった。