74話 尋問を受ける
「部下にはお前さんらを連行しろと命じていた筈なのだが手違いがあったようだ。許せ」
迷惑したのは事実だけど許せといわれて犠牲者が生き返るわけでもないし口先だけの謝罪とかされてもねぇ。
「謝罪は兎も角こちらは事態が全く理解できなくて混乱しています」
謝罪するという割には姿も見せないし誠意の欠片も感じないなぁ。それに明らかに上から目線なんだよね。
「お前さんは聖女という言葉を聴いて何を連想する?」
どうやら一方的に話を進めたいらしい。
聖女と強調した意図は何だろう?
「各宗派にて神の恩寵を受けて奇跡を成し遂げたり、弱者に対して大きく貢献した高潔な女性聖職者や殉職死した女性聖職者などでしょうか。あとは宗派に関係なく慈愛に満ちた女性を形容する言葉だと思っています」
この僕の回答は懐疑的ではあるが嘘は言っていない。ほぼ間違いなく尊師は魔術師に間違いないと思っての対応だ。高位の魔術師は【虚偽看破】と言う魔術が使えるはずで、どの部分が嘘なのかが術者に筒抜けになってしまう。
ただし対処法があり、どちらとも解釈できる表現を用いたり必要最低限しか喋らないなどの対策や黙秘するなどすれば回避できるそうだ。後は自己暗示で思い込みも見抜けないらしい。
魔術師の多くは一〇歳未満の頃から学院に篭り勉強と研究に明け暮れる者が多く、世の中を知らない者が多くよく言えば純粋、悪く言えば世間知らずで、そのうえ魔術を絶対視してるのでこの程度の対策でも切り抜けられると以前だが師匠が言っていた。最も物理的な手段でお話しされたり、脳に直接聞くわとかされる場合は諦めろとも言われたけど。
「嘘は言っておりません。尊師」
その声は女性の声だった。最低でも【虚偽看破】が使える一流の魔術師がもうひとり居るのか?
「では、これに見覚えは?」
尊師の質問と共にある紋様呪が現れる。
確かこれ…………見た記憶はない…………だけで直接見たわけではないけど、名も知らぬ女性に記されていた[証]とか言うやつの事かな?
「何らかの魔術的な紋様だとは思うけど記憶にはないですね」
「嘘は言っておりません。尊師」
取りあえずセーフ!
「お前さんは魔術の知識があるのか?」
魔術的な紋様とか回答してしまったし失敗したかな?
「はい。私塾ですが習ってます。極々初歩的な生活魔術を使えます」
「嘘は言っておりません。尊師」
「いつから習い始めた」
これはヤバイ!習い始めて数か月ですとか答えたら、別件で興味を引いて帰してもらえない気がするし、だからといって黙秘は肯定したようなもんだしヤバイ。
「半年未満です」
諦めて真実を告げた。
「驚くべき事ですが、嘘は言っておりません。尊師」
「ほうほう…………お前さん恩恵持ちだな?」
どうする?どうする?
「師からはそのように聞いています」
「嘘は言っておりません。尊師」
その後も尊師の質問が続く。
優に一刻は経過しただろうか。
「…………こやつはシロだな」
「疑いが晴れたのであれば帰してもらえるのですよね?」
「別件で用があるからダメだ」
ダメだったかぁ。
「これの意味は理解できるか?」
その言葉と共に宙に術式が描かれる。
それを見てこれは試されているな感じた。術式が意図的に改竄されているのである。
術式の間違い部分を指差し間違いを指定する。
そんな問答が半刻くらい続き流石に疲れてきた。
「そろそろ疲れたようだな。ではこれで最後にしよう。これが何を意味するか判るかね?」
そう言って宙に描かれた術式は膨大なものだった。
たっぷり八半刻くらいかけて見ていくと二箇所おかしな箇所を発見した。その間違いの為に術式自体が機能していないようだ。ただし僕の乏しい魔術知識ではどういう結果が導き出されるかはわからない。師匠にも言われたが魔術式を読み解く能力は一流だが、それを生かす知識がまるっきり追いついてないのだ。
「若輩者なので意味はわかりません。ですが二箇所おかしなところがあります。それによってこの術式は機能していません」
そう述べて術式の間違い箇所を指摘する。
「驚くべき事ですが嘘は言っておりません。尊師」
「ほうほう。ではどのようにすれば機能すると思うかね?」
この尊師に【虚偽看破】の報告をしている魔術師はどれだけ魔術がつかえるんだ?
基本的に魔術の効果時間はあまり長くない。確か効果時間を拡大しなければ普通は五分で効果が切れるはずなんだけど、もうこのだるいやり取りを一刻以上続けている。少なく見積もって無詠唱で一四回以上は使っているはずだ。
ん?なんで気が付かなかった。そうか…………魔法の工芸品か!
もしかしたら魔術師が消耗していればチャンスがあるかもと思ったけど、そこまで馬鹿ではないよね。
仕方がない。
諦めて暫くは大人しくしていようと決めて間違った部分の訂正を告げる。
「では、実際に試してみよう。付いて来い」
足跡は聞こえないが、もう移動してるのだろうか?
「先は暗いがそのまま真直ぐ歩け」
【虚偽看破】を使ってると思われる魔術師がそう言って急かす。
正面は暗闇で先が見えないんだけどとにかく進む。暫く歩いていると、
「あいたっ」
どうやら壁にぶつかったようだ。
「すまん。右を向け。明りが見えるはずだからそっちへ進め」
もっと早く言えよとか思ったけど、音もなく後をつけているようだけど、言われた通り右を向くと結構先が薄っすらと明るくなっている。
その薄暗い部屋というか研究室だろうか?
部屋の中央に紋様呪陣があり、さらにその中央に一人の娘さんが寝かされている。なんか嫌な予感しかしない。
「綴る。統合。奥義。第十階梯。————」
尊師と思しき老魔術師が呪句を唱え術式を宙に描き呪印をきる。
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気が付いたら師匠宅の玄関前にいた。なんだか記憶がぽっかりを抜けているが思い出そうとすると例えようのない激しい頭痛にのた打ち回る。
「今まで何処に行ってたんだよ?」
師匠のその声に返事をしたかったが頭が割れそうなほどの頭痛に苦悶の声しか上げられなかった。
師匠は何やら思案した後、
「少し大人しくしていろ」
そして僕の意識はブラックアウトした。
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「お前は施療院を勝手に抜け出し四刻ほど行方がわからなかった。その間にいったい何があった?」
施療院から…………思い出そうとするとまた激しい頭痛が襲ってくる。頭を抱えてのた打ち回っている僕に師匠は意外な事を言った。
「思い出すのを止めろ。それでその頭痛は引くはずだ」
言われたとおり別の事に意識を向けると途端に痛みが引いていった。
「如何なる理由かは今の段階では判らないが、樹は【禁止命令】を掛けられている。内容は施療院を出た後の四刻の間に見聞きした内容を思い出す事の禁止だろう。その頭痛は【禁止命令】の魔術の禁則事項に触れた罰則によるものだ」
一体どんな事をすればそんな事に事になるんだろう?
「最初は外部に漏らすことを禁止しているかと思ったが、それなら頑張ればいくらか情報が引き出せるが、思い出そうとするだけで喋る前に罰則が出始めている事から間違いないと思う」
ギリギリと万力で頭部を締め付けられてるかのような頭痛に耐えつつ思い出そうと試みていると————。
「綴る、基本、第六階梯、破の位、魔力、無効、呪縛、開放、救済、軽減、緩和、解除、発動。【命令解除】」
マリアベルデさんの綺麗な呪句が旋律となり、伸ばされた右手の人差し指が宙に術式描く————。
そしてマリアベルデさんの【命令解除】の魔術が完成すると、さっきまでの頭痛が嘘のように痛みを感じなくなった。
「大丈夫そう?」
マリアベルデさんが窺うように確認してくるのでお礼を言っておく。
頭痛も消えたことだし何があったのか思い出すぞ!と思ってみたものの————。
「師匠…………。何も思い出せません」
ぽっかりと空白なのだ。
「念の入りようだな。【記憶封印】か…………。マリア頼む」
「うん」
そう返事を返すと再び詠唱が始まる。
「綴る、基本、奥義、第十階梯、破の位、魔力、無残、無効、消去、消失、無力、破棄、解除、発動。【完全解除】」
【完全解除】の魔術が発動する。
そしてポツポツと記憶を手繰り寄せて話し出す。
何処かへ移動させられたこと。
そこで【虚偽看破】を用いた尋問ぽい事をされたこと。
何を疑っていたのか分からないけど、疑いが晴れた後にも術式などについてあれこれ勉強みたいな事をやらされたこと。
そして最後の大規模魔術と思われる術式を見せられ、それの間違いを訂正し、実際に術式が発動するさまを見て————。
僕は、その悍ましさに絶叫し気絶した。




