72話 救援
「これで大丈夫ですよ」
マリアベルデさんの【全癒】の奇跡によって僕の傷は全て癒された。
痛みのあまりに動けなくなった僕らと合流した師匠はすぐに診察してくれたのだが、アドレナリンがドッパドパだったのでまるっきり分からなかったのだが、左尺骨、左の5番目と6番目の肋骨、右腓骨が折れていたらしい。「よくコレで走ってこれたな」と師匠が呆れていた。
そしてタイミング最悪の状況で追ってきた竜人族が効果範囲を拡大された【光源】によって照らされた。
「さて、弟子が世話になったので少し遊んでやろう」
そう言って師匠が前に進み出る。何時の間にか右手には長さ30cmほどの金属の棒が握られている。
「殺ス。殺ス。殺ス!」
鉄塊の如き両手剣を振り上げる————。
それに合わせて師匠が間合いを一気に詰めて————。
光の残像が5本見えた。師匠の動きは追えなかったが残された5本の光の残像が斬撃の跡なのは分かった。
「ビー○サーベル…………」
思わず呟いてしまったが、何時の間にか右手に握り締めていた金属の棒から光の刀身が出現していたのである。
「お~。流石は竜人族の重戦士は硬いな~」
振り下ろす鉄塊の如き両手剣を紙一重でさらりと回避し更に追撃で頭部を打ち据える。
その後も師匠の解説付き戦闘は続く。師匠はこちらを見つつ対処法の解説しながら戦闘を続けていく。また魔戦士の戦い方の基本と略式魔術の使い方の説明を実践しながら四半刻程弄んだあと、
「…………飽きた」
唐突に師匠がそんな事を呟いた。そこからはあっという間だった。僕が魔法の小剣で突き刺した傷口に光剣を深々と突き入れて動きを止め上体が下がったところを気絶するまで頭部を滅多打ちするだけだった。
鈍い音と共に倒れこんだ竜人族の重戦士を一瞥したあと金属の棒を腰帯に戻す。
「メ…………マリア。治療してやってくれ」
「うん」
そしてマリアベルデさんと入れ替わりに師匠が戻ってくる。
「光剣は携帯性は良いが切れ味悪くてダメだな」
呑気にそんな事を呟いている。
「いや、そんな事よりマリアベルデさん大丈夫なんですか?」
「ん?なんで?」
「いや、だって…………傷が治って目が覚めたら」
案の定傷が治って意識を取り戻した竜人族はマリアベルデさんに襲い掛かろうとするが————。
「お座り!」
古代語っぽい文言でそう告げると突然大人しく座り込んだのである。
「な、問題ないだろ」
師匠はそう言うがどういう事?
「言霊魔術だよ。真語魔術より古い魔術さ」
その後の説明によると真語魔術の原型にあたる古の魔術で言葉そのものが持つ力がそのまま魔術的効果を表すんだとか。
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それから竜人族の刺客は放置して武器を回収して、地下四階の広場で待機していた皆と合流の後に迷宮を出てきたのである。そしてそのままかなりお高い食事処の個室を借りての夕食会である。
ちなみにドレスコードありの店舗だったので衣装は貸与してもらった。
その食事処の個室だが、驚いたことに壁の一角が巨大な6枚の映像盤になっているのである。
そして映し出されている映像はというと————。
「迷宮の中ですか?」
「そうだ。ここは商人や貴族ご用達の食事処で、売りは食事をしながら迷宮の血なまぐさい惨劇が見れることだ。闘技場で剣闘士の血なまぐさい殺戮劇を観戦するようなもんだ」
趣味が悪いというべきか…………。
「マルコーの一件で樹がお咎めなしだったのは、その時の状況をこの店で多くの有力者が見ていたからだ。お前、狙われてるぞ」
師匠は最後にそう冗談っぽく言ってのけたが…………。
この狙われているとは、有力者の家臣にという事だ。正直、誰かに仕えたら世界旅行とか人探しが出来なくなるから当面は断りたいな。
食事も一段落したので情報の摺りあわせを行う事になった。
なぜ僕らのピンチに迷宮に来れたかだけど師匠曰く、
「街中でいきなり襲われたから襲撃者を返り討ちにして、優しくお話を聞いただけだよ」
と答えるのだけど、
「…………あれは、優しくとは言わないような…………」
そう呟くマリアベルデさんは師匠の横で苦笑いを浮べている。一体何をやったんだ…………。
「話を聞いて分かった事は、狙われているのは以前に富裕層の館に踏み込んだ連中全員らしい。単に逆恨みか、何か重要な事を知ってしまったが為に標的にされたのかまでは分からなかった。所詮実行犯だったしな」
なんか重要な事ってなんだろう?情報が少ないし取り敢えずは後回しにしよう。
「それはそうと、どうやって僕らの場所が分かったんです?」
「それはヴァルザスが【物品探知】の魔術でその腰袋の位置を調べて、その方向に向かって行ったら、地下四階の広場に和花とその子が息も絶え絶えで休んでいたの」
その後のマリアベルデさんの説明だと、同伴していた師匠の相棒のフェリウスさんとバルドさんを警護に残して、和花の先導で僕らの元へ向かっている途中で恐慌している隼人を発見し、【沈静】を施し広場へと行くように指示し、続けてやってきた健司に至っては予想通り肋骨がバッキバキでよくここまでこれたという状態だったらしいが、これも【全癒】の奇跡で完治し広場へと行くように指示し程なくして僕らが現れたらしい。
ちなみに治療の際に脱がせたというか引っぺがした板金軽鎧の胸部は完全に修理が必要で修理が終わるまでは休むか軽い鎧で潜るかになる。
精霊魔法の使い手たる和花は赤外線視力で暗闇でもある程度は周囲が見えるので逃走ルートを逆に辿っただけなのだろうが…………。
「ごめんなさい。癒し手の私が最初に戦闘不能になってしまって…………」
セシリーはそう言って詫びるけど、まさか地下四階であんな強敵に遭遇するなんて想定外もいいところだし、次から気をつけようねとみんなで慰める。
だけどそれ以上に気になったのが冒険者が冒険者を襲うような依頼をギルドが認めるのか? という事だ。
「喧嘩レベルなら非干渉だが依頼での殺害は無論認められない。だがあいつらは冒険者じゃない。元冒険者だな」
師匠がそう言うが何が違うんだろう? 組合の規約は結構ゆるい。余程仕事が出来なかった人たちという事だろうか?
「あいつらは全員戦闘奴隷だ。個々の事情は判らないが大方は借金の返済が理由だろう」
この世界に自己破産とか債務整理などは存在せず、返済が滞ると奴隷落ちが常らしい。師匠から借金は可能な限りしないようにと言われる。 その時僕は隼人がギクリとしたのを見逃さなかった。
おい、まさかとは思うが…………借金したのか?
「今回の件は冒険者組合に報告するが、すぐに対処してくれるとは思わないほうがいい。暫くは周囲に気を配るように」
という師匠の一言で夕食会は終わりとなった。




