71話 襲撃
今回は戦闘なんで中途半端に切れなくて5千文字ほどあります。
2019-04-30 文言を一部修正。
2020-05-04 一部文言修正
あれから5日ほど経過した。
前回の失敗点を鑑み、予備武器扱いで魔法の小剣を購入した。高い品質の武器ではないけどそれでも金貨5枚も持っていかれた。購入は各個人資産から出している。
そして死臭漂う地下三階に別れを告げて現在は地下四階の通路を歩いている。
至って平凡な石造りの通路だ。
広い通路を歩いていると先頭を歩いていた隼人が突然立止まる。
「この先の十字路の右側から何か重量級のモノが近づいてきている…………二足歩行…………何かを引き摺る音? 金属鎧独特の金属の擦れる音も聞こえる…………」
そして、そいつが姿を現した。
それは金属の塊だった。そう表現してもいい威容だった。頭頂長0.7サートはある。側頭部に特徴的な2本の角を生やし鉄塊と例えた方がいいくらい肉厚で幅広な両手剣を持っている。長さは3mはあるだろうか。
鎧も鉄塊と例えるに相応しい重甲冑だ。
そしてそいつは特徴的な顔で僕らを見下ろし、「見ツケタ」そういって鉄塊の如き両手剣を振り上げた。
まずい!
「散開!」
重そうな見た目に反して瞬時に間合いを詰め、振り上げた鉄塊を振り下ろした。
僕らは咄嗟に周囲に散ったが、やはりセシリーが反応が遅れたのか振り下ろした鉄塊の如き両手剣が叩きつけられ通路が砕けた破片が礫となってセシリーに命中したのだ。
くぐもった悲鳴と共に崩れ落ちるが支えにはいけない。鉄塊の如き両手剣は薙ぎ払われたのを僕は躱す。その際に目が合った。狙いは僕だろうか?
「和花!セシリーを連れて先に逃げろ!」
「樹くんは?」
「理由は判らないけどコイツの狙いは僕だ!」
痛みで動きの鈍っているがよろよろと立ち上がるセシリーを支えて和花が叫ぶ。
「信じてるからね!」
ノロノロとだが距離が開いていき暗がりに消えていく。和花は精霊使いでもあるので赤外線視力によって暗がりでも動けるはずだ。もう少し時間を稼いで僕らも逃げよう。
みんなも分かっているようで攻撃はせずに回避に専念している。超重量級武器は命中すれば威力は破格だが欠点は初動が遅くなり攻撃の軌道が単調になる事だ。冷静に回避に専念すれば十分に往なせる筈だ。
そして5分ほど経過しただろうか? 正直時間がどれだけ過ぎ去ったか分からない。回避専念とはいえ、この鉄塊の如き竜人族の斬撃速度は速く、綱渡りのような駆け引きが続く。
ここらで一度攻勢に出て押し返した隙に反転して一気に逃走が一番だと思う。
決して油断していた訳じゃない。大振りの両手剣に気を取られ過ぎていた。
気が付いたときは僕と瑞穂は吹き飛ばされていた。長い尻尾が揺らめいている。あれに打ち据えられたんだ。
痛みはあるものの僕の方は骨などには異常はないが問題は瑞穂だ。左腕がぶらぶらとしている。肩を脱臼したのだろうか?普段はほとんど無表情だが痛みで表情をしかめている。
しかし距離は開いた。
瑞穂が大振りの短剣を鞘に納めて腰袋からなにやら球体状のモノを取り出し鉄塊の如き竜人族に向かって投擲した。
球体状のそれを左腕で払おうとしたが割れた途端に飛び散った黒い液体が竜人族の左半身を真っ黒に染め上げた。
撤退のチャンスと思い急いで走り出す。
「カハァァァァァァァッ」
そんな僕らをまたもや強い衝撃を受けて吹き飛ばされ通路を転がる。完全に失念していたが竜人族には咆哮砲と呼ばれる衝撃破を伴った咆哮があったこと忘れていた。
「このトカゲ野郎!」
いち早く立て直した健司がそう叫びつつ三日月斧を振り下ろす。
その一撃は左腕の刃留めによって受け止められる。
動きが止まったその瞬間に健司は尻尾による一撃で壁まで吹き飛ばされる。
「ガハッ」
胸部の板金が尻尾の形に凹んでいる。あれはかなり胸部を圧迫しているだろう。最悪の場合は肋骨が数本折れているかもしれない。
「健司!」
意識はあるようで僕の声に無言でサムズアップして返す。
それと同時に何か金属塊が落ちるゴトンという音に視線を戻すと————。
竜人族の左腕から刃留めが割れて落ちた音だった。よく見れば左腕の装甲が裂け鱗が見えている。流石に竜鱗を割るまでには至らなかったようだ。だが衝撃の為か左腕の動きがややぎこちない。
「グワァァァァァ」
竜人族が再び吠える。先ほどとは違い衝撃はこない。だが————。
「うわぁぁぁぁぁ!!」
突然隼人が絶叫を上げて逃げ出したのだ。
竜の咆哮の生物の原初の恐怖心を揺さぶるという。隼人は恐怖に駆られて逃げ出してしまったのだ。
「健司も逃げろ!」
「す、すまねぇ」
三日月斧を杖代わりによろよろと暗闇へと進んでいく。夜目がきかない健司に暗闇の中を逃げろというのは酷だがあまり視力の良くないらしい竜人族から逃れるまでの事だ。願わくば暗闇で襲撃されないことを祈る。
さて、このまま反転しても逃げ切れる自信がない。それに瑞穂の動きがかなり鈍い。少なくともそれなりの一撃を与えて怯んだ隙に急速反転離脱…………これしかない。
呼吸を整える。
片手半剣を両手で構える。刀身に魔力を集約させていく。師匠からは使用を禁じられていた魔闘術の【練気斬】だ。えも言えぬ不快感が襲うがそれは気合で耐える。
そして走り出す。
狙うは左脚だ。瑞穂の目潰しのお陰であの竜人族は左側はほぼ見えていない。先方もこちらの狙いは分かっているようで鉄塊の如き両手剣を上段に構え僕が迫るタイミングにあわせて振り下ろす。多分袈裟切りだろう。半ば一か八かで避けて僕の【練気斬】が竜人族の左脚に決まれば逃げる猶予が出来る筈だ。
バシィィィ
振り下ろした片手半剣を伝って電気のようなモノが走り片手半剣を落としてしまう。
理由は判らないが右手の感覚がないし左手もかなり痺れている。危険を察知し転がって距離を取り起き上がってみると3本の投擲短剣が転がっている。どうやら追撃がなかったのは瑞穂の牽制のおかげらしい。
竜人族の方はというと左目を正体不明の液体で目潰しされているものの勝利は揺ぎ無いと思っているのだろうか…………表情は読めないが余裕を感じる。
そしてゆっくりとだが距離を詰めてきている。
少しづつ後ろに下がりながら痺れる左手で予備武器の魔法の小剣を抜く。
「瑞穂ありがとう。ちょっと状況が判らないんだけど、何があったの?」
竜人族の鉄塊の如き両手剣の軌道を読んで紙一重で避けて左脚に【練気斬】を叩き込んだ瞬間までは覚えている。
「魔闘術の反射現象」
同じくじりじりと後ろに下がりながら瑞穂がそう答える。
「あっ」
以前に師匠に注意されていた事があった。
練気中に足元以外からの接触を受けると溜めてあった魔力が勝手に放出されてしまう現象があり、それを反射と呼び、反射現象は練った魔力の強度によってピンキリらしいけど僕も魔力を溜めていた状態だったから反射ダメージを一部相殺できた。だからこそこの程度なんだと思う。
仮定だけどもう少し攻撃のタイミングが遅かったら…………と思ったけど、その場合は初撃のように振り下ろした一撃が迷宮の床が砕けて破片が礫となって僕を打ち据えただろう。その場合は僕はとどめを刺されていたと思う。
そろそろ床に落としてしまった松明の明かりも届かなくなりつつある。この迷宮は基本的に階層入り口と出口以外は明かりが存在しない。竜人族は夜目が効かないうえに視力も低い。もう少し下がれば暗闇に紛れて振り切れるかもしれない。
だが…………。
「その考えは危険。向こうは体力お化け。こちらが外に逃げることが分かっているから先回りされるだけ。わたしたちはそこまで走り続けられない」
完全に僕の考えを瑞穂に読まれていたようだ。
持久戦も難しい。それに和花たちの事も気になる。
「……………………できる?」
小声で隣にいるであろう瑞穂に日本帝国語で作戦を伝える。
「…………わかった」
一瞬躊躇したけどそう返事が返ってきてなにやらごそごそとしている。
暗くてこちらを視認できなくなったのか竜人族が走り始めた。鉄塊の如き重甲冑に身を包んでいるにしては早い。僕は呼吸を整えを魔力を練り始める。これからやろうとしていることは例えるなら向かってくるダンプカーに軽自動車で突っ込むくらい無謀な行為でもある。
松明の明かりを遮るような位置関係のため、こちらは黒い物体として視認できるけど、向こうはもうこちらを見失っている。
最初の一撃でセシリーが落とした松明を無理して拾わなくて正解だったかもしれない…………。
覚悟を決めて僕も魔法の小剣を逆手に構えて身体ごとぶつかるつもりで突っ込む。
カランと金属が床に落ちた音が聞こえた瞬間に魔法の小剣の切っ先は重甲冑の表面を滑らずに突き刺さった。
「グァァァァァァァァァァァ」
金属板を抜け、肉に深々と突き刺さる嫌な感覚を意識する前に強い衝撃が襲った。
意識が飛んだのは一瞬だった。
走ってくる推定300kgを超える巨体にこちらから突っ込んでいったんだから跳ね飛ばされたのは分かっている。跳ね飛ばされて床に叩きつけられた勢いのままに転がり距離を取って起き上がる。その僕の左腕を瑞穂が握りしめてくる。
「大丈夫?」
相変わらずの瑞穂の抑揚のない声に安心しつつ自己診断してみる。
全身が痛いが骨は折れていないっぽい?
右腕は僅かに感覚が戻ってきている。
左腕は…………感覚が鈍いがたぶん大丈夫。
松明の明りは殆んど届かないから目視で確認できないけど…………問題ないはず。
「大丈夫。問題ない」
「手を放さないでね」
暗くてよく分からないが瑞穂が僕の手を引いて先導してくれるようだ。確かに夜目の利かない僕ではついていくのも大変だしね。
「殺ス。絶対逃ガサナイ」
竜人族の腹に刃渡り12.5サーグはある小剣を根元まで捻じ込んだつもりだったけど、やっぱりそれだけじゃ戦意をなくせないかぁ…………。
カランっと金属が床に落ちた音が再び聞こえた。先ほどより大きい音だし、刺さった魔法の小剣を抜いて投げ捨てたってところだろうか?
「魔法の小剣は安くないんだけどな…………」
思わずそんなぼやきを漏らしてしまうが命には代えられない。
足音がこちらに迫っているが明らかに先ほどよりは遅い。僕らもあまり早くは走れないが、もしかしたら逃げ切れそう?
暗闇でも目が利く瑞穂の先導で八半刻くらい逃走を続ける。まだ後ろから足音はするが明らかに距離は開いている。いくつか角を曲がると前方から真っ白い明りに照らされた三人組がこちらに向かって歩いてくる。
「師匠!」
先頭の大柄人物は間違いなく師匠だった。この迷宮に武器も持たず平服で入ってくる変た…………剛の者はあの人くらいだろう。
「ぐあっ」
安心して気を抜いた途端に全身の痛みが酷くなった。特に左腕と左胸と右脚が酷い。
アドレナリンがドッパドパで気が付かなかっただけ?




