70話 前振り
翌朝二の刻半に起きだして身支度を整えたら、軽く朝食をという事で露店で迷宮入りをする冒険者向けに販売しているサンドイッチを購入する。品種は分からないが鳥の胸肉と…………これは萵苣かな? 汁物としてオニオンスープっぽい何かを買う。
「食事に関しては故郷と似たような環境でここは住みやすいよねー」
そう和花が口にする。
以前いた町とかだと鼠の肉とか普通に出たからなぁ。
みんな同じものを買って口にしているんだけど、唐突に違和感を感じたのだ。
違和感の原因は————。
「あれ? 森霊族とか半森霊族って肉食べれたんだ?」
美味しそうにサンドイッチを齧り付いていたセシリーに違和感を覚えたので聞いてみたのだけど一瞬だがきょとんとした表情をしてからこう答えた。
「私は人族の集落で育ったから勿論食べますよ。森暮らしの森霊族だって普通に食べますよ。ただ自然崇拝者などと同じで狩りで最低限得た分だけしか食べません。それに元々が小食ですしね。人族のように肉を食べるために家畜を育てるなんて事はしません。そもそも森霊族が弓の名手と言われる所以は狩りで鍛えたものなんですよ。とは言っても茸類や根菜や葉野菜や果物が多いのは間違いないですが…………どーしてまた森霊族は肉を食べないなどと?」
逆にそう返された。
まさか古典ラノベの森霊族は菜食主義で肉とか魚は食べられないのが定番だったからとは言えない…………。
どー答えたものか迷っていると————。
「故郷では森霊族は菜食主義っていうのが定番なんですよ」
旨いタイミングで和花がフォローしてくれた。目で感謝を伝えてみたらウィンクしつつサムズアップしてきた。そういうノリがお嬢様っぽくないと揶揄されたところだ。
セシリーは「そうですか」と納得したようだ。
そーなれば食事問題でのトラブルはあまりなさそうかな?。
認識票を翳し迷宮を下りていくと、先日の事など何もなかったかの如く平然とした師匠が迷宮地下一階の広場で待っていた。
程なくして全員揃い昇降機で地下二階へと降りると、
「今日から俺は同伴しない。当面の課題はそこのお嬢さんの体力強化だ」
そう告げてきた。
師匠の話では僕らの実力なら地下五階より下でも十分行けるはずなのだが、如何せんセシリーの体力が心許ない。
とりあえず2週間程かけて鍵の守護者を探しつつ体力強化に努めると良い。相談があるときは夜にでも自宅を訪ねてきてもいいとの事だった。
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それからあっという間に2週間が過ぎ去った。
生理的に受け付けなかった地下二階は鍵の守護者より先に地下三階への階段を見つけてしまいそのままなだれ込んでみたはいいけど、そこは腐臭漂う不死者地獄であった。屍人や骸骨が大半であったけど、稀に麻痺攻撃を持つ屍食鬼との遭遇があったりで辟易した。まだセシリーは【解毒】の奇跡を授かってはいなかったので、爪で引掻かれた際の麻痺は解毒できないと翌日まで身体が痺れてまともに動けないのが厄介だった。
此処で七日ほど足止めを食い何とか鍵の守護者である吸血鬼巨大猿という体長0.75サートほどの吸血鬼化した巨大ゴリラだった。吸血鬼の下僕に属するこいつは【聖力付与】された武器か魔力を帯びた武器でないと傷つけることもできない為に僕らは苦戦した。
セシリーが【聖力付与】の奇跡を賜っていれば楽勝だったかもしれない。だがゲームと違いパワーレベリングで一気に僕らに追いつくなんて芸当は出来ないので次点の策の真語魔術の【魔力付与】を武器にかけてタコ殴りしつつ、余力があれば魔闘術の【練気斬】を叩き込むという戦法に出る。
下位とは名が付くが吸血鬼である。
その視線は身体を硬直させる。噛みつかれ生気を吸い尽くされればお仲間入りなのである。
その為に和花に【魔法抵抗力活性化】を全員にかけて貰い耐性を上げる。
更に前衛を担当する僕、健司、隼人に【防護膜】、【不可視の盾】をかけて貰う。これで和花の魔術は打ち止めだ。
限界まで酷使し精神的疲労からかフラフラしている。
その戦闘を例えるなら三歩進んで二歩下がるであった。
何故かと言えば【魔力付与】によって増加した分しか相手に効果がなく、誰が殴っても同じ被害しか出ないのである。健司の持ち味が完全に台無しになっているのだ。せめて普通の魔法の武器であればこんな事にはならなかった。マルコーが持っていた魔法の剣を売却したのが悔やまれる。
そんなわけでこちらの火力が低い事もあったが相手の打たれ強さが異常に高いうえに吸血鬼特有の再生力によって傷が徐々に回復してく。
各種魔術は効果時間を意図的に拡大してやらない場合は5分しか持たず、冒険者の通常の戦闘であれば十分すぎる効果時間なのだが、それでは足りず絶望的な延長戦へと突入していく————。
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「やっぱ、高くても魔法の武器は必須だなー。今回の戦いで痛感したわ」
そうぼやくのは健司だ。うちの攻撃役が今回ばかりは役立たずの一歩手前くらいであった。僕らは辛うじて鍵の守護者たる吸血鬼巨大猿を倒せたのだが、それは師匠が万が一に備えてと瑞穂に【魔力付与】が封じられた汎用魔術の指輪を持たせていたこともあり何とか最後までダメージを与え続けることができたのだ。
マリアベルデさんの事といい、瑞穂の事といい、師匠は変態不審者なのでは? とか疑いたくなる。
「俺らは魔法の武器とかてきとーに見て回ってから帰るよ。樹達はどうする?」
「僕は冒険者組合で、ここ数日分の万能素子結晶を売却してくるよ」
「そっか。ならここで解散だな」
健司はそう言うと隼人とつるんで掘り出し物通りへと歩いていった。
「私は教会に顔を出してきますね」
セシリーはそういうとトボトボと始祖神の教会へと歩いていく。今回に限らず足手纏いだと感じているようで、ここ数日落ち込んでいるのは知っているけどこればかりは僕からいえる事は何もないからなー。どうしたものか?
「…………」
ふっと右を見ると瑞穂がこちらを見つめてきて何かを訴えかけるような感じだ。
「瑞穂も好きにしていいよ」
そう促すと頷きセシリーの方へと走っていく。
あーそうか…………。セシリーは美人さんだから一人歩きは危ないんだった。いつもなら配慮出来てたはずなのによほど疲れているのだろうか? 確かにギリギリの勝利だったし、帰還するのも一苦労だった。
とにかくさっさと手続きを終えて僕らも帰ろう。
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手続きも終わり後は帰宅するだけとなったところでついさっきまで傍に居たはずの和花が居ないことに気が付く。キョロキョロと周囲を見渡しつつ歩いていると————。
突然後ろから突き飛ばされて地面に転がる。こんな場所で襲撃とか完全に油断した!
慌てて転がって距離を取りつつ右手を左腰に持っていって気が付いた。
『やばい。片手半剣は折れてしまい、いまは丸腰だ』
とにかく突き飛ばした相手を確認しようと————。
「スマナイ。考エ事ヲシテイタ」
鱗がびっしりの大きな手が差し出された。僕も手を差し出し起こしてもらう。相手はとにかくでかかった。最初は蜥蜴人かと思ったが、話に聞いていた蜥蜴人とは体格も頭頂長も全然違うし側頭部から伸びる2本の角を見る感じだと違うようだ。
「ありがとうございます」
「コチラコソ失礼シタ」
そう言って巨体を翻して立ち去っていく。意外と尻尾も長いなとかどうでもいい感想が浮かぶ。
「今の竜人族と何かあったの?」
「あーあれが竜人族か。危うく蜥蜴人とか言いそうになったわ」
背後からの声にそう回答し振り返れば、心配そうな表情の和花だった。
「単にお互い考え事をしててぶつかっただけだよ」
そう返答しておいいた。間違ってはいないはずだ。
「ところで竜人族ってどんな種族なんだっけ?」
「ごめん。わたしも外見くらいしか知らなくて…………」
そう和花が詫びるが、そこへ足元からフォローがはいる。
「竜人族は竜族の末端で殆どが傭兵業を生業としている。真龍を神と崇拝し、神に至るために幾度も転生を繰り返しより上位の種へと変じていくと伝えられている。大きな体躯に圧倒的な膂力と魔戦技の使い手。ただ不器用で文字を書くのが苦手だったり、声帯の構造の問題で公用交易語の発音が苦手。こんなもんで良い?」
回答してくれたのは師匠の集団に所属する幼人族のパフィーさんだった。相変わらずちっこくて見落としてしまう。
「パフィーさん。ありがとうね」
そう言って頭を撫でようとすると叩かれてしまう。
「私の方がお姉さん。子供扱いしない」
怒られてしまった。珍しく声に感情が乗っていたけど、でも見た目が8歳児なんだもの難しいよ…………。




