幕間-4 とある恋人たちの話
難産過ぎて泣きそう
元は神々と崇められた巨神族がまだ肉体を持っていた頃の話になる…………。いまからおよそ三万年前になるだろうか…………。
いま私は万能素子や光すらも飲み込む暗黒世界と化した場所。私とあの人は世界が崩壊する大地に飲まれ何処とも知れぬ異空間を漂っている。あの人の【守護結界】の内部だけが辛うじて生存できる状態で、外は光も時間の概念も、空気もなにもない。何れ私たちは死ぬ。私たちは自分が浮いているのか墜ちているのかすら判らない。
私とあの人はこの世界で最後に誕生した巨神族だ。ただ幼少の記憶は共にない。そして神格も低いにも拘らず強大な力を持っていた。
私は神々に愛され大事にされていたが、愛されていたが故に籠の中と鳥と同じだった。あの人は問題があれば彼方此方に駆り出されその持てる力で敵をねじ伏せるのが役目で多くは戦いの渦中にいた。
いつの間にか好きになっていた。最初は毎回出撃するあの人を窓から眺めていただけで満足だった。好きになった要因? よくわからない。
ただ浮名を流すあの人の全てが欲しいと思った。そう意識しだすとあの人とよく目が合うようになった。普段の鋭い眼光も私と目が合うときだけはとても優しげな面差しでドキリとし頬が赤くなるのを自覚してしまう。
あの人のお陰で6匹の龍王討伐や何度かあった異世界からの侵略を退けてきたけど世界は度重なる大戦でボロボロだった。
あるとき始祖神が引退すると言うことで次の代表を決める話になり、私はその代表となる神の妻となることが決まった。そこに私の意思は関係なかった。主神の座というより私をめぐり光の神と闇の神は一歩も譲らず、シンパも巻き込んだ一大戦争へと発展していった。
強大な力を誇る神々の争いに、壊れかけていた世界は耐えられなかった。多くの種が滅びに瀕し、中立を決め込んだ神々は逃げる準備を始めた。
ある時、光と闇の主神が直接対決を始めた場所にあの人が現れた。拘束され戦いの趨勢を見守るしかなかった私をその場から開放し、あの人の代名詞とも言うべき光の剣で闇の主神の首を薙ぎ払い、その首が宙に舞い返す一振りが呆然としていた光の主神の首を刎ねて討つ。
ただ両主神は最後に大きな呪詛を残しその魂は緊急避難的に人族へと転生していった。
呪詛で改変された世界からはあるものが失われた。そこに住むものは世代を重ねるごとに種として劣化していく定めとなる。
始祖神と中立神たちは肉体を捨てることで高次の存在となり呪詛から逃れる道を選んだ。何柱かの土地神ともいえる小神は残ることを選択し、生き残った種族たちを率いて大陸中に散っていった。
そして崩壊が始まった世界に尽力して金鱗の龍王と銀鱗の龍王の二大龍王も大地を離れて一安心した瞬間、足元の大地は崩壊し私とあの人は暗黒に飲み込まれていった。
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感覚が麻痺してるのかどれだけ時間が過ぎたか判らなくなっている。様々な脱出手段を講じたけど全て無為に終わった。でも不謹慎ではあるが思わぬ形であの人を独占する事をうれしく思っている。
「空気の残りが少ない。このまま真綿で首を絞めるが如くじわじわと死んでいくか、自ら命を絶つか、やつらのように人族に劣化転生して次の生を得るか…………それしかないな」
あの人はそう言った。転生? そうだアレがある。
「一つ提案があるの。聞いてくれる?」
「聞こう」
選択転生と言う秘奥義に属する魔術がある。複雑な儀式魔法で制約も多いけど、可能な限り今の力を保持できるなどメリットもある。転生先をある程度選択する事も出来る。
そういった説明をあの人にした。
「判った。委細は任せる」
そう返答された。私を信じ全てを託してくれた…………。
それなのに私は酷い女だ。大事な話をしていない。
この魔術の問題点を…………。
この魔術が完成すれば私とあの人の魂は紐付けされる。強制権はないとはいえ、主が私で従があの人。魂が摩耗し滅びを迎えるその時まで永遠に…………。
これを知れば永遠に憎まれることになるのだろうか?
私はそれに耐えられるのだろうか?
でも、あの人が欲しい。独占したい。私の想いは変わらない。この魂が最後を迎えるまであの人を愛していけると始祖神にだって誓えるわ。
この魔術は解になる。なんせ歴代最高の魔力強度を誇る私が全精力を注いで術を完成させるのである神の奇跡を以てしても不可能だろう。天文学的確率で解除に成功したら私たちの魂はその時点で消滅する。消滅したくなければ私を愛してと脅迫しているようなものである。
酷い女だ。
でもそれでも彼が欲しい。
彼の一番でありたい。
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とても長い【選択転生】の魔術の詠唱が完了したと告げた。ただし発動はまだである。同時にあの人が私を激しく抱きしめる。少し痛いけどこの痛みがまだ肉体があるんだと自覚させる。
「術式を見た限りだとこの魔術は本来は恋人か夫婦が使う魔法か?」
「うん。やっぱり嫌だった? 今なら打ち切れるわ」
やっぱりバレてしまった。普通は恋人や夫婦でない相手とこの魔術は使わない。
「そうじゃない。言い忘れていた事がある」
なんだろう?
小首をかしげる。
少し力強い抱擁が解かれる。あの人の顔がふってくる。見上げる私の唇を彼の唇が塞ぐ。
程なくして彼の唇が離れていく。
「ひと目見た時から気になっていた。正直言うと神々の偶像たるメフィリアをこの手に抱く恩恵を思えばこういう状況も悪くはないと思える。愛している。それだけは間違いない。来世で再会したら俺の伴侶になって欲しい」
私の頬が熱を帯びてるたぶん真っ赤だろう。まったく想定していなかった。私の一方通行の想いだと思っていた。
あ、そうだ! 返事をしないと。
「わた…………んっ…………」
返事を返そうとした所で再び唇を塞がれていた。吐息が漏れる。深い口付けに頭がぼ~っとなり言い知れぬ感覚に酔いそう。目が潤んでいるのが判る。
あの人唇が離れる。
「…………」
あの人が耳元に口を寄せる。
「もう時間だ。続きは来世でな」
そう囁くとあの人は消えた。存在の全てが魔術的に分解された為だ。私も時間が来たみたい。続きってどうなるんだろう? そう思いつつ意識が途絶えた。
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ぼんやりとはするが意識は戻りつつある。そしたらあの人が心配そうに私を見ている。なんか違和感を覚えたけど両手をあの人の首に絡め抱きつき今度はこちらから口付けをする。なんか黄色い声が上がった。おかしいなココには私とあの人しか居ない筈なのに…………。
「続きはいつ?」
そう口にしていた。口付け以降の知識はないけど、あの言い知れない感覚以上になるのかな? とかと思うと頬が熱くなってくる。
だが自分の言ったことを桃色状態の脳が理解して気が付いた。ここはあの世界じゃない! 少しづつ状況が判ってきた。
「…………」
一気に耳朶まで真っ赤になった。何か言わなければ口を開くけど声は出ない。すると、
「何だ、こんな昼間からギャラリーもいるんだが続きをして欲しいのか?」
ニヤリとしながらあの人はそう言った。明らかに私の反応を見てからかっている。
穴があったら入りたい気分だ。
私は荷物のように担がれてる間に気を失ってしまったらしい。連れてこられた場所は花咲き誇るどこかの庭園だった。周囲には多くはないが恋人たちがいる。
あの人は私を花園へ下ろし様子を見ていたようだ。
「なんでそんなにちんまいの?」
あの人が唐突にそんなことを聞いてきた。
「むしろ何故貴方がそんなに大人なのかと問いたいわ」
まだ頬の火照りが取れない私は努めて冷静にそう問いかえした。
そこから彼との情報のすり合わせが始まった。色気の欠片もないがどうもお互い混乱している部分がある。
「あの混沌にして虚無の世界では時間の流れが極端に早かったようだと結論が出た」
魔術的に分解され再構成される僅かな時間差で十歳も離れてしまったのだ。
しかも神々の時代が終わり三万年以上経過しているのである。
凡その情報の交換が終わり、予想外ではあったけど十年も当てもなく探させてしまってどう償うべきなのだろうか?
「償いとかは不要だ。俺らに寿命という概念はないんだから」
私の表情から察したのかあの人はそう慰めてくれる。
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「実は怒ってる?」
恐る恐ると言った感じでメフィリアが聞いてきた。
「何に対して?」
「私、謝らなければとずっと思ってた。貴方が欲しくて前世のあの時選択転生を持ちかけた事を…………」
いまさらっと爆弾落したよな。
「あの魔術に附帯する契約の魔法は一種の呪いよ…………」
「魂の紐づけの話か? それはお互い様だろ。俺としてはメフィリアがある日「実は他に気になる男性が」とか言われたら、その男を存在そのものを消す程度の器の小さい男だが、メフィリアは違うのか?」
激しく首を振り否定する。
「私は貴方の永遠を手に入れたわ。呪いの…………効果は来世以降も続くの。でも一番気になる存在であって愛であれ憎悪であれ常にお互いの存在を一番と考える。私は望んでその状況にした身だから良いけど…………」
メフィリアはそこまで言って押し黙る。
「そこまでの効果は初耳だったが、だとしても後悔はないな。様々な名花を手中に収める事に魅力がないとは言わないが、俺にはこの名花だけで十分だ」
そう言うと顎に手をかけ顔を自分に向かせる。上目使いで此方を見つめるメフィリアも察したのか神秘的な紫水晶のような瞳を閉じる。
その額に頭突きした。
「いた……い……」
そりゃ痛いだろ。
「そういう話は最後まで黙ってろ。黙っていれば気づかない事だ」
ヴァルザスからすれば些細な事だ。神々が欲しがった名花をその手中に収めたのである。内心は舞い上がりたいほどだ。
「いま俺に言えるのは…………」
ある台詞を耳元で囁く。
「ふぁぁ……」
ぷしゅうといった擬音を付けたくなる感じで耳まで羞恥に赤く染める。暫く使い物になるまい。
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「で、他にまだ隠している事…………あるんだろう?」
冷静さを取り戻したところでニヤリとしたあの人の質問という名の尋問が始まった。
「また効果マシマシにしたもんだな。ほとんど別物の魔術じゃないか」
あの人はあの手この手で私の冷静さを奪い洗いざらい吐かされグッタリとしているところだ。
「そうでもしないと私のものにならないと思ったんだもん!」
そう言って頬を膨らませる。我ながら子供っぽいとは思う。
「しかし魂が紐づけか…………まさかとは思うが…………」
あの人はそう言って自分の魔法の鞄である腰袋に手を突っ込みごそごそと何かを探し始める。
「お、あった、あった」
そう言って嬉々として取り出した白いものは————。
「————だめ!」
そう言ってあの人から素早く引ったくり自分の魔法の鞄へとしまう。
「【時空収納】とかが共通化してしまうのか…………」
あの人が取り出したものは、本来は私の【時空収納】に収まっていた下着だ。
まさか私も【時空収納】が共通化してしまうとは想定していなかったのだ。
他にもいくつか検証しようと言って半刻ほどあれこれと検証した。
そして最も重大な話をする事となる。人族へと劣化転生した光と闇の主神のその後の話だ。
「それじゃ、光の神はもう神々の時代の記憶はないのね?」
「記憶がないが妄執だけ引きづっている」
「妄執?」
「メフィリアを手中に納めてこれまでできなかった数々のあんなことやこんなことだな。後は俺に対する復讐だろう。黒の奴も似たようなもんだろうが、あいつはよくわからないやつだからな…………」
神から人族へと劣化して多くの力を失い数えきれないほどの転生で魂も摩耗してるので脅威度は少ないだろうと話を締めくくった。
だけど、私たちの知らないところで彼らは想像もしていなかった力を手に入れていたのである。
それを知るのはまだ先の事だ。




