69話 感動の再会なんてなかったんだ。
2019-04-29 サブタイが誤字ってたので修正
確か師匠は前世で再会を誓った恋人を12年も探していたのは知っている。マリアベルデさんも似たようなことを言っていた気がするが…………だけど年齢差ありすぎね? とか思うのだった。
しかし師匠は駆け寄ってくるマリアベルデさんの頭部をガシリと鷲掴みして「どこの小娘だ?」と言ったのだ。
「どういうことだろうね?」
何時の間にか僕の側まで来ていた和花がそんな事を言う。結構立ち直りが早いんだよなー。
「たぶん、お互いの認識の違いじゃないかな?」
僕の考えはこうだ。
以前の魔術講義で聞いた限りだと転生の魔術は転生後も同じ容姿、同じ能力となる。その事から師匠の認識では同時に転生した探し人は同年代の女性という認識なのだろう。本来であれば感動の再会なんだろうけど…………。
「続きは再会してからって言ったのに、この仕打ちは酷いよ!」
マリアベルデさんの抗議の声を聞いた師匠は一瞬、「?」って表情をするが、何か思い至ったのか直ぐに意地悪そうにニヤリとし、
「ほうほう。噂の小さな聖女様は公衆の面前で続きをご所望だと?」
最初は誰かは理解してなかったようだけど、今の台詞でマリアベルデさんが前世の恋人であると理解したうえでの返答だ。それを聞いたマリアベルデさんは白磁の肌を耳まで朱に染め上げる。続きってなんなの?
公衆の面前ですると恥ずかしくなること? 気になるなー。
そんな事を思案していると師匠が、
「おい。ちょっとこのお嬢さんと情報のすり合わせをしてくるから、お前らは今日は板状型集合住宅に戻って休め。明日も同じ時間に集合だ」
僕らにそう指示すると抗議の声を上てる暴れるマリアベルデさんを荷物を抱えるように肩に担ぐと何らかの魔術を略式起動させて消えてしまった。
あっという間で感動のかの字もないような前世の恋人たちの再会を眺めているだけだったが、血なまぐさい臭いに現実を思い出す。
「イツキさん。私、治療の手助けに行きます」
セシリーはそういうと負傷者たちのいる場所に走っていく。今日の彼女は一度も奇跡を願っていないので数回は【軽傷治療】が使えるはずだ。
「続きってなんの話なんだろうね?」
なんか気になって思わず口に出してしまった。
「ん? マリアちゃんの事?」
独り言に近いボヤキを聞いていたのか和花が確認を取ってきたので、「うん」返しておく。
すると和花は、
「そーだなー。たぶんこういう事かなー」
そう言うと瑞穂を手招きして呼び寄せ少し屈むように指示する。
なんの疑いもなく屈んで目線が下がった瑞穂を上から見下ろすと唐突に抱きしめて————。
その唇を奪ったのだった。
「続きは再会してから…………な」
程なくして唇を離し声色を変えてそう囁くのだった。
顔を真っ赤にする瑞穂に反してケロっとした感じで、「たぶんこんなやり取りが別れの間際にあったんだよ」とまるで見てきたようなことを言うのであった。
そして、「ふむ。女の子もいけるかも」とかぼそっと呟いている。
和花…………恐ろしい子。
▲△▲△▲△▲△▲△▲
軽い現実逃避から戻ってきたので周囲を改めて観察する。
周囲の凄惨な状況に対処している人たちが、慌ただしく動きまわっている。最初に破壊された魔導従士は操縦槽が圧壊しており騎手を外に出せる状態ではないようだ。もう一騎の方は天面の開閉扉を開け操縦槽から遺体を運び出している。騎体の方はもうすぐ魔導回収騎が回収に来るだろう。
ここに突っ立っていても僕らに手伝える事もなさそうだし帰るかな。
「…………帰ろうか?」
「うん」
救助活動中のセシリーに先に帰ると伝えてこの場を離れる。その際に「無理しないように」とだけ伝えておいた。特に鍛えてもいないセシリーは体力も少なくまだ一日中迷宮内を歩き回るには心もとない。
だが、考えてみればつい最近まで孤児院暮らしで特に鍛えてもいなかったのだから当然なのかもしれない。
「ところで樹くん」
「なに?」
「寄り道して帰ろっ」
和花の提案でまっすぐ板状型集合住宅へと向かわずに冒険者向けの屋台が並ぶ通りで夕飯を買い板状型集合住宅までの道すがら他愛もない話に興じる。
「和花————」
和花に話しかけようと思ったところに突然後ろからぶつかられて転びそうになる。
「気をつけろ!」
ぶつかってきた相手は子供だった。そもそも気をつけろも何もぶつかってきたのは君だろうに…………。走り去る子供を見つめつつ何か違和感を覚えた。
「樹兄さん」
瑞穂が袖を引いて僕を呼び止め腰を指差す。
「ん?」
腰に視線を移すと————。
ない!
腰に吊るしていた換金用の万能素子結晶を入れていた小袋がなくなっている。まさかと思い視線を先ほどぶつかった子供に移すと子供の右手には小袋が握られている。
「待て!」
追いかけようとした時、以前にも見た銀閃が子供の右腕を切り裂いた。
驚いた事に小袋は落としたものの、悲鳴も上げずに建物が並ぶ細い隙間に入り込んで姿を見失ってしまった。
取りあえず落としていった小袋を拾って周囲を見回す。切り裂いた箇所は手首の裏だったと思う。一瞬しか見えなかったけどあの状態だと魔術か奇跡でも施さないと右手は使えないのではないだろうか?
子供相手に惨い思うべきかスリをしたんだから当然の報いだと思うべきか…………。
「どなたか存じませんが、ありがとうございます。ですが些かやりすぎではないでしょうか?」
すぐ側にいる筈であろう恩人に対してそう苦言を述べる。
すると————。
「スリは捕まれば利き手を切断。それにあの子らは違法居住者だから人狩りに見つかれば不法滞在の罰金を払えずに奴隷堕ち。それとも彼らを哀れんでお恵みでもしてあげたの?」
その人物の姿は見えない。そして性別もはっきりしない抑揚のない声が響く。
憐れんだつもりはない。
摺られたのはこちらの油断だ。
なんだか釈然としない思いが脳裏をかけ巡る。
夕飯時で周囲は人も多く不本意ながら注目されているのも気分も良くないので決意を固める。
「そ————」
「取り返してくれた事にはお礼を言うけど、その小袋は彼らに渡してあげてよ。貴方なら出来るよね?」
答える前に和花が答えてしまった。
すると触れてもいないのに小袋が僕の手から離れていく。どんな原理なんだろう?
小袋は空中を移動し長屋の2階あたりで消えてしまった。あの辺りに隠れているのかと思ったが、遮蔽物は何もない事から魔法の物品で姿を隠しているのか。
「確かに預かった。でもどんな結果になっても決して自分を責めないように」
「それってどういう…………」
そう問うものの返事は返ってこなかった。
「気持ちは分かるけど、気にしても仕方ないよ。気分を変えよ」
「そうだね」
小袋の中の万能素子結晶は換金すれば大銀貨5枚くらいにはなるはずだ。贅沢しなければ一週間は食繋げるだろう。
いまは資金も豊富だし、また稼げばいいよね。




