68話 ゲームみたいにはいかないものだ
地下二階をうろつき始めて二刻ほど経過した。この階層で遭遇するのは犬頭鬼や赤肌鬼がほとんどだ。たまーに小鬼や邪鬼が出るくらいだろうか。
この世界で赤肌鬼は雑魚と言う話をよく聞いたが、ここに来てよく分かった。
多くの冒険者が遭遇する赤肌鬼は放浪赤肌鬼か、このような迷宮に出現するモノというのが一般的だ。放浪は臆病だし、ここのような迷宮産は何も考えず武器持って突っ込んでくるだけなのである。武器には毒や汚物も塗られていない。狡賢さもない。手持ちの明かりの光量は十分にあるので不意打ちもない。不利になる要素が何もない。ただ赤肌鬼の形状をしているだけの物体である。
幅2.5サートほどの天然洞窟風の外観の地下二階を遭遇する度に淡々と処理をする行為に飽き始めていた。
なまじ人型で子供サイズなだけに子供を一方的に虐殺している気分になるのである。さらに万能素子結晶を取り出すために解体するわけだけど、子供を解体している気分になり精神が病みそうである。
「なんか一方的過ぎて白けるなー」
「わかる。地下一階は黒蟲やら鼠やら下水やらで不快だったけど、この層は同じ風景が続くし敵は動きが単調だしで飽きるね」
「しかも無駄に広くて地下三階への階段も見つからないし、鍵の守護者も見つからないときたよ…………」
前衛の二人がそんな愚痴を漏らしているが、多分みんなが同じことを思っているだろう。ここを稼ぎ場とするのは割に合わない気がする。そんな事を思っていると————。
「そろそろ八の刻になるし今日は引き上げるか?」
一番後ろで黙々と付いてきていた師匠が懐中時計を見ながらそう尋ねてきた。地下二階の広場に戻るのにおよそ半刻は必要だろう。みんなの集中力も落ちているようだし、ここは帰るべきかな。
「今日は引き上げよう」
僕のその一言でみんなの表情が明るくなるところを見ると飽きていたか嫌悪感が酷かったか…………あるいは両方だろうか?
やや軽快な歩調で広場へと戻り、夕飯は肉は避けるかと思案していたのだけど、露店から漂う肉の臭いに負けて豚串を買ってしまった。
昇降機で地下一階の広場に戻り、ここで健司と隼人と別れる。彼らはこの広場の仮設宿に泊るらしい。
僕らはそのまま師匠と階段を上り地上付近まで来たあたりで異変に気が付いた。
真っ先に気が付いたのは師匠である。急に立ち止まると、
「上で何かあったな」
そう言ったものの師匠は落ち着いている。耳を澄ませてみると精神を落ち着かせると、振動と騒音と悲鳴が聞こえてくる。
何事もなく歩き出す師匠についていきながら騒動は何かを思案した。そして思い至ったのが…………。
なにか巨大で重量のある物体が暴れている感じなのだが、上にあって大きなものと言えば…………。
「一体何が…………」
迷宮の入り口に到着した僕らが見たのは鉄門の両脇にいた魔導従士同士が戦闘していたことだ。
頭頂長1.5サート弱の鉄の巨人が戦闘機動をすれば周囲への影響は少なくない。冒険者組合の出張所が破壊され、駐留軍の兵舎は破壊され、兵士にも死傷者が出ている。僕は意図的に後ろに居る和花の視野を塞ぐ形で立っているが、兵士の死体の中にはとても見せられない程の死体もある。
魔導従士に搭乗する騎手の技量は装甲の傷具合から判断して、ほぼ互角のようで鉾槍同士を打ち鳴らしている。
破壊された兵舎の方を見ると遠目だが見知った人を見つけた。
「マリアベルデさんだ」
あの人の光の加減で銀にも薄紫がった銀にも見える特徴的な長い髪は間違いないはずだ。
「うそ。どこ?」
そう言って凄惨な現場を覗いてしまった和花は座り込んでしまう。
やっぱり和花には刺激が強すぎた。宥めすかして落ち着いたのを見計らって、
「師匠…………」
なんとか出来ないのかと問おうと思ったが、師匠はいつの間にか鉄門の前まで移動していた。
「流石の師匠でも介入できませんか?」
師匠の性格を知る僕としてはやや挑発的な物言いで師匠に発破をかけるものの、
「あと5分もすれば息切れするし介入の必要性はないな」
そう一蹴されてしまった。
戦闘中の魔導従士だが、前に師匠に乗せてもらった奴とはタイプが違うようだ。背面に搭乗用の開閉扉が見当たらない。頭部らしきものが見当たらないが、胴体に半分ほど埋没しているデザインのようだ。胸部にも搭乗用の開閉扉が見受けられないので天頂部分だろうか?
「戦闘用の重装型は装甲も分厚くて人の膂力じゃまず抜けない。生半可な魔法も通らない。義侠心で突っ込めばその辺に転がってる死体と同じ目にあうぞ」
踏み潰されたり、近寄って蹴り飛ばされたりされた無残な死体の事だろう。
師匠の言いようは僕が無謀にも突撃を敢行するのを釘を刺しにきたと受け取るべきだろう。
そうこう言っている内に魔導従士同士の派手な戦闘は決着がつく。バランスを崩した一騎に対してもう一騎の大振りの鉾槍が胸部装甲を袈裟斬りしたのだ。傷の具合から見て操縦槽の騎手は確実に死んでいるだろう。
これで決着がついて落ち着くのかと思ったが、今度は周囲に居た野次馬などに襲い掛かったのである。大振りの薙ぎ払いを避け切れなかった野次馬が吹き飛んでいく。
次の標的にされたのは破壊された兵舎で治療にあたっていた聖職者の皆さんだ。マリアベルデさんもそこにいる。知人が無残に死ぬかもしれないのにじっとしていられない!
僕は意を決して走り出す。
「地の精霊よ。そいつを転倒させろ!」
走り出した途端に何かに足を掴まれた感覚を覚えて派手に転倒した。
師匠の精霊魔法に間違いない。起き上がる頃には師匠は魔導従士の足元にまで接近していて何かを投げつけている。カツン、カツンとあたるが無論被害などない。ただ標的を師匠に変えたようで振り返り鉾槍を振り上げる。その僅かな時間に0.5サート近い巨体がまるで軽業師かって身軽さで装甲の凹凸を利用して天頂部まであっという間に駆け上がってしまった。
「でも搭乗用ハッチは中からロックされると外からだと簡単に開閉は…………」
師匠を見失ってキョロキョロと探している揺れ動く騎体の上で師匠は器用に立ちあがり右手を掲げる。何処から現れたのか掲げた右手には豪奢な装飾の施された鞘に収まった大剣が握られている。
触っていないのに鞘が勝手に抜けていき、青白いオーラを放つ刀身が現れる。
逆手に持ち替えると搭乗用ハッチに対してそのまま垂直に突き刺した。
「刺さった?」
少なくても数1サーグセンチ以上の鉄板になんの抵抗もなく根元まで突き刺さったのである。位置的に見て騎手は間違いなく串刺しだと思う。
突き刺した瞬間には動きを止めた事で騎手の死亡はほぼ確実である。人を殺すという行為に躊躇がないあたりに住む世界の違いを感じる。
僕は師匠に問いたい事もあり駆け出す。
師匠が装甲の凹凸を足場に身軽に下りてくる。その表情はやけに不機嫌だ。何時の間にか大剣も無くなっている。見間違いだったのだろうか?
「ヴァルザス!」
マリアベルデさんが両手を広げて師匠に走りよって————————。
師匠に頭部を鷲掴みされていた。
「どこの小娘だ?」




