6話 これからに向けて①
2018-10-13 誤字修正、台詞廻りを一部変更。
うっかり序章で書いたネタをもう一度繰り返すミスが発覚したので修正。
2020-05-04 誤字修正
「まじかよ…………」
強制転移でこちらの世界に拉致られてからのこれまでの事と僕とヴァルザスさんとの関係を話し終えたところだ。健司はそう呟いた後に暫く黙り込んだ。
「樹…………お前この世界でやっていけるのかよ」
健司は僕の剣術の技量をよく知っているからこその心配だろう。
「剣術に関しては十分通じるよ。問題は気持ちかな。最初は生物を殴り殺すのに抵抗を感じたよ。多分、次は大丈夫だ。やっていける…………と、思う」
そう口にはしたものの自分の剣術の技量がどこまで通じるかは疑問である。
「でも、親や国が決めた結婚相手と競走馬みたいに血統操作で子孫を残し指定されただけの業務を淡々とこなして死んでいく人生って息が詰まるから…………」
だから【次元門】が開いているのを見ても動かなかったんだ。だけど本当にそうだろうか? 本音は親とかに対する反抗心だけって事はないだろうか?
「ま、確かに特権階級とはいっても就職先から結婚相手まで決まっている武家社会はクソだが、それでも命のやり取りをしないで済むのは悪くはないと思うんだがな?」
そう言う健司の意見も間違いではない。 そうは言っても現実には鎖国政策の日本帝国にちょっかいをかける国との小競り合いはある。相手は小競り合い程度は外交手段と思っている国だからだ。
「ただ…………学園全体が巻き込まれたのなら婚約者だけでも見つけて元の世界に帰してあげたい」
「…………逢ったことあるのか」
武家社会では一七歳までに顔合わせするケースは珍しいのである。父親の代まで武家の末端に連なっていた健司もそのことはよく知っている。
「九年生の花園美優さんって知ってる?」
「あの子か!我が校の九年生の三大美少女じゃん。どこが不満なんだよ。すげー贅沢だぞ」
そう言って健司は軽く小突いてくる。
「彼女そのものに不満はないよ…………ただ、それとこれは別問題だよ」
義務さえ済ませれば、余生は犯罪さえ犯さなければ好き放題に生きていけるから…………。ただその義務が苦痛に感じるんだよ。
武家の権利は行使しつつ義務は果たしたくないとか、我ながら都合のいいことを言ってるな…………。
「元の世界の話とかどうでもいいんだよ。それより健司こそいいのかよ」
この話はこれで打ち切りにしたい。
「俺みたいな脳筋はこういう世界の方が肌に合うな。親は悲しむかもしれないが元武家って世間の風当たりが強いからこれでいいのさ」
本気なのか冗談なのか判らない口調でそういう健司だったが、急に表情を硬くする。
「健司どうした?」
「話が変わって申し訳ないが、実際のところ俺らはどうやって生計とか立てていくんだ? あのヴァルザスさんって人が一生面倒見てくれるとかは流石にないよな? 」
健司の悪い癖である。とにかく唐突に話題が変わるのである。
今更かよと呆れつつ一応の方針を話すことにする。
「情報収集した限りでは、僕らは冒険者組合に加入して成り上がっていくか、辺境の開拓村で自分たちで開墾するかくらいしかないと思う。問題は開墾する為の知識もないしそれまで食つなぐ資金もない事だ。結局のところゴロツキ予備軍の冒険者しか選択肢がないのである。何か凄い特技や知識でもあれば違う選択肢もあるだろうけど、ネットも道具もない僕らに知識無双は難しいよ」
単なる学生に妙な知識がある筈もなく、かといって神様から何かを授かったわけでもない僕らの選択肢は非常に少ない。いや、ないといってもいい。
「こっちの世界って余所者に対してどうなんだ?」
「僕らの居た村の感じだとやや閉鎖的かな」
「ところで冒険者組合って実際のところどんな組織なんだ? やっぱ小説みたいに怪物討伐とか薬草採取か?」
健司の意見はもっともである。
「聞いた話になるけどと前置きしておくね。一番判りやすい表現は日雇い労働者だね」
「なんだよ。夢も希望もねーなー」
健司の嘆きに頷きつつもうひとつの問題点を話そう。
「冒険者に関しては頭角を現すまでが大変だろうけど、三人でやっていけるかだよ」
一党を組むにしても後二人くらい人が欲しいっていうのもある。
「現地人を加えたほうが良いってことか?」
健司の回答は僕自身も考えたことだ。
「一人は欲しいね。やっぱりこっちの世界の知識や常識には疎いからね」
第三次世界大戦が終わった後に日本国という国は唐突に日本帝国と改名し崩壊した国連を見限り永世中立国となった事で国民皆兵となった。そのため学生の時点で軍事教練が必須となり僕らも七年生の頃から基本的な訓練は受けている。
でも実戦を想定した戦闘訓練は十年生からで、強制転移がなければ僕らもそろそろ実戦を想定した訓練を受けている頃だった。
竜也は運動能力がチートだったが、健司は中等部時代の戦闘訓練と称した武術教練では才覚だけでその竜也を上回るチート野郎だった。
「今回遭遇した赤肌鬼は一対一で冷静に対処できれば大した相手じゃないよ。子供が無作為に武器を振り回す程度だからね。子供が大人の予想外の行動をとる事があるようにこちらの想定しない行動を取ってくるから、大抵の人はそれで殺られちゃってね……」
口にしなかったけどもう一点は人型生物を躊躇なく切り伏せられるかだと思う。赤肌鬼は醜悪な容姿であるが、人間の子供を思わせるだけに躊躇してしまった者も結構いたんじゃないだろうか?
「生き物を命を直接奪う覚悟のあるなしがこの世界でやっていく為の必須条件なのかもな」
健司は判っているようである。
「そういえば俺の寝床どこなんだ?」
唐突に健司がそんなことを言い出した。確かに健司の存在は予定外で部屋とか決まってない。
「ヴァルザスさんに聞いてきなよ」
「そうだな」
そういうと健司は部屋を出て行った。
▲△▲△▲△▲△▲△▲
部屋には僕と和花だけが残された。
沈黙が部屋を支配してどのくらいたっただろうか…………。
「…………和花。ちょっといいかな?」
まずは気になった事を確認しよう。
「竜也と何かあったの?」
和花の返事を待たずに質問をぶつける。
「意見の相違かな? あとは彼は元の世界で生きていくのが一番だよ。それに母子家庭でしょ。勲章確定の将来有望なひとり息子が行方不明とかになったらお母さまが悲しむわ」
返ってきた言葉は、事実でもあるが間違いなく本心を隠してのものだろう。追及しても頑なに拒むだろうし言いたくなるまで放置が良さそうだ。
「そっか。意見の相違なら仕方ないね。でも、こっちでやっていけるかは考えなかったの?」
「それも考えたんけど、他人の敷いたレールをただ惰性で走るだけの元の世界での生活よりは、樹くんとこっちの方が幾億倍もマシかなって思ったの」
そう言って和花は儚げに微笑む。
日本帝国の武家は貴族の如く女は政略結婚がデフォで男も家督を継げる長男や予備の次男以外は政略結婚で婿養子か一般市民に落ちるか、部下という立ち位置で一族の末席に籍を置いて長子に仕えるしか選択肢がない。落ちたら落ちたで二等市民から元武家って事で苛められるんだけど。
どうせ二等市民として何の後ろ盾も保証もない生活送るなら異世界生活も大差ないかなって思って、この世界に来た直後に何気なく口にしたんだけど、そこまで影響されちゃったの? 責任感じるじゃないか…………。
「でもあの別れ方はあんまりじゃないかな?」
「…………そうね。確かに仮面カップルだったけどアレはないかなとは思ったわ。でもいい機会でもあったんだよ」
和花はそう言葉を切った後続けてこう言った。
「…………彼、有名人だし、これからしばらくはマスコミや好奇心旺盛な人たちのいい玩具でしょうね」
そう言った和花の表情は薄っすらと笑みを浮かべていた。
この二人の間に何があったんだろう? 仮面カップルだと和花が告白したことは覚えている。僕の事を昔から好きだったとも…………。
今の僕に和花の想いに応える事はできるのだろうか?
竜也に関しては嫌な噂は色々と耳には入っていた。でもまさか親友と思っていた彼が…………と思考停止していたんだろうな。
「竜也の噂はやっぱ本当だったんだ?」
ほぼカマかけに近いがそれとなく話を振ってみた。
「概ね当たりだと思うよ。彼にとっては格式の高い武家の女と付き合っているってステータスが大事ってだけだったからね。貧乳は女じゃないんだってさ」
そう言って自虐的に笑う。男の言う貧乳って別にぺったん娘って意味じゃないだけに分かりにくい。
多くの女性を敵に回しそうな発言であるが日本帝国は実力主義なところがあり才能が有り実績を残せばそこそこやんちゃをしても許される傾向にある。
僕らが今着ている真っ白な膝丈ほどの筒型衣から浮かぶ身体のラインは慎ましいけど女性的なラインを描いていて十分魅力的だと思うんだけど、最も竜也は超がつくほどの巨乳マニアだったからなぁ。
そう考えるとなんであんなに和花と付き合いたいとアピールしたんだろうと思ったけど、良家の子女と付き合えるステータス目当てだったか。
「ねぇ。知ってた?」
唐突に和花に質問されて思案から戻ってきた。
「何を?」
「竜也って樹君のことが大嫌いだったんだよ」
「……えっ……」
「恵まれた環境を当たり前だと思ってる所が嫌いだったんだって。彼って母子家庭で結構貧しい暮らしだったみたいだから私たちとは別の意味で人生に選択肢がなかっただけに尚更にね」
親友の振りして裏でそんなこと思っていたのか…………。
「取り巻きの女子たちに話しているのを聞いた限りだと、樹君はあまり気が付いてなかったみたいだけど結構嫌がらせされてたんだよ」
そう言われてみれば変だなと思うシーンは多々あった気がするな。
「言われてみると確かにおかしいなってシーンが結構あるね。そうか…………嫌がらせされてたのか…………。無二の親友とか思ってただけに自分の人を見る目のなさに呆れるな」
乾いた笑いしかでなかった。
「ところで樹君。…………私のこと好きでしょ? 」
和花は唐突にそんな爆弾を落とした。
「…………なんで知ってるの? 」
恐る恐る聞き返した。
「だって私…………小さいころから樹君しか見てないもの」
頬を朱に染めて妙に艶っぽい表情でそんなことを宣った。
僕しか見ていない…………。
「…………それって————」
「うん。好きだよ。小さい時からいつも言ってたよね」
和花が食い気味に返事を返してきたが、だって子供のころの好きって…………。
そういえば女子のほうがそっち方面はおませな子が多いよね。僕はといえば八年生あたりのころはまだ三人で一緒に遊ぶことしか考えてなかったなぁ…………。
「はぁ…………」
思わずため息が漏れてしまった。
「ちなみに私が樹君と竜也を両天秤にして弄んでるって噂もあったよ。今回の死亡原因もそれだしね」
またまた和花が爆弾を落とした。
「どういう事? 」
「竜也の取り巻きと樹君のファンの子に襲われちゃってね…………参った参った」
あはは…………と笑っているが目が笑っていない。
それにしても僕のファンとか居たのか。
それは知らなかったな。
だが一番の収穫は実は両思いだったのか…………。政治的な理由で一緒にいる事を親や親類から叱責されていただけにお互いの思いが向かい合っていたのは非常にうれしい。舞い上がるほどといってもいい。でも生活が落ち着くまでは関係の進展は保留かな。
「話変わって申し訳ないけど、今後のことだけど和花はどうするの?」
なんか空気が寒いやら甘いやらでちょっと思考が痺れそうだったので話題を変えた。
「…………らしいと言えばらしいけど強引だなぁ」
あははと和花が笑う。今度は本心からの笑いのようだ。
「もちろん樹君たちに付いていくよ。まさか私だけお留守番とか言わないよね?」
「助かるよ。これからも宜しくね」
そう言って座り込んでいる和花に手を差し伸べる。
デスクトップPCが復旧できたのでこれで少しは更新作業が捗りそうです。