599話 卿は貴族には向かないな
なんとか間に合った。
気さくに手をあげる閣下、もといケーニッヒ・スル・ウィンチェスター・ウィンダリア王太子殿下を見た瞬間、僕の表情はどうであっただろうか?
「卿はホントに貴族には向かないな。私だから許すが無礼打ちされても…………いや、卿には無理か」
やっぱり表情にでていたらしい。絶対に予定を変更するようなことを言い出すよ。
「話がある。期待に沿えなくて悪いが正式な依頼だ」
まるでお前の考えは手に通るようにわかると言わんばかりであった。ま~確かに無理難題押し付けるのかなとは思ったのだから合っている。
瑞穂にエルトシャンさんを案内するように言い閣下を応接室へと案内する。使用人が緊張した動きで茶を置き去っていくのを眺めつつ閣下は優雅な所作で出されたお茶を口に含むと僕の方を見る。
「警戒心がないとでも言いたいのかね? そもそも対策はしているし卿が私に薬を盛る理由がないな」
やはり表情にでたようである。正直無警戒な気がしたが信頼の表れと受け取っておこう。いや、絆されてはいけない…………。これも貴族の手口に違いない。
「世間話をする間柄でもないので本題に入ろう。話はいくつかある。まずは――――」
そういうと懐から数枚の【念写紙】をテーブルに並べる。そこに写っていたものは海に浮かぶ鋼板製の艦船であった。ウィンドリア王国で実戦配備始めた地上艦に近い形状だ。
それだけであれば驚かなかったし閣下も僕のところには来なかったであろう。
上甲板に居たのは板金鎧で武装した豚鬼であった。
飛行系の使い魔の目を経由して術を使ったのだろう。思わず使い魔いいな…………とか思ってしまった。
「裏大陸の豚鬼が治める|ルジャーナ帝国ですか…………」
「やはり知っていたか」
「はい。師から情報は貰っています」
「戦争になると思うか?」
「わざわざ月日をかけて裏大陸から出向いてくるという事は恐らくは裏大陸はほぼ制覇されているかと。こちらの大陸は国によって文明レベルに落差があり侮って攻め込んでくる可能性もあるかと…………」
神聖プロレタリア帝国や赤の帝国の占領地に上陸したのであれば諦める可能性はあるが他の国だとちょっとわからないなぁ…………。
「ふむ。卿も宰相と同じ意見か」
「調査依頼を出したら行ってくれるかね?」
そうきたか…………。
「宰相閣下から魔獣の討伐依頼を受けておりますしそっちに腕利きを回しています。また軍の物資を輸送する依頼もありますので…………」
「そうだ。その件で感謝と詫びをしなければならなかったのだ。実は――――」
組合の訓練所に居た若手の冒険者やうちの共同体所属の十字路都市テントスで徴用した若手の冒険者などを兵士として徴用したというのだ。正確には募集をしたらみんな着いてきたという感じらしい。
確かに日雇い労働者同然の底辺職の冒険者より兵士の方がモテるからなぁ。
「訓練内容も見事だな。最近の奴らはすぐに剣や弓を使いたがるがあえて鎚矛や長槍や弩だけに絞って訓練したのは実によい。練度も結構高いし助かったよ」
成人するまでろくに剣も振った事ないような奴がまともに扱えるはずもなくそれなら同じ重さの鎚矛を振り回していた方がマシという判断であった。円形盾で身を守りつつ鎚矛で攻撃するスタイルでとにかく訓練させた。かなり不満があったものの共同体加入条件に加えていたのでそこそこ真面目にやっていた印象である。
長槍に関してはゲーム的に中衛ポジとして前衛の後ろからチクチクと突くことを目的としている。
飛び道具に関しては弓はそれに適した肉体を作り上げる訓練と射撃精度などかなり大変なのである。
その点でも弩はちょっと訓練すれば使える。とはいっても弓と弩では軍でも運用方法が異なるだけにどうなのだろうか?
強制的でない以上文句を言っても仕方ない。彼らは自分の意思で冒険者から兵士に転職したのだ。先行きを祝ってあげよう。たぶん使い捨てだと思うけど。
「それとこの共同体は傭兵という扱いで間違いないよな? 騎士を騎体付きで一個中隊調達できるか?」
「いきなりですね。一応騎体も騎士も揃えていますが…………」
元自衛軍のおじさんらが結構適性があったのと当人たちが出来れば定職を持って結婚したいという事もあって冒険者よりは自由騎士の方がマシかなと思って一個大隊相当の戦力は保有している。ただし魔導騎士の実戦経験はなく仮象操縦訓練装置のみなのがやや不安ではあるが…………。
「仕事の内容は?」
「私はウィンチェスター子爵として前線の視察に回るのでそれの護衛だ」
王太子として赴くわけではないから近衛騎士は同伴できないのか…………。
「私はね…………王位は確定しているが、この歳になっても大きな成果がなくてね。拍付けとして何か分かりやすい成果が欲しいのだよ」
そんな事は言っているが内政面で実績があるって聞いたことが…………。武闘派を従える為かな?
「派遣した面子に対しての報酬はどうなります?」
共同体への依頼なので最低限の依頼料は共同体に入るが出撃に多額の資金がかかる魔導騎士はそれ以外にも経費などが出るはずである。
「確か卿のところは魔導機器組合から整備費用などが特権で出るはずだな。そうなると希望者には臣下騎士としての登用でどうだ? 卿は興味ないだろうが他の者は違うだろう?」
そして契約書を取り交わし一週間後に騎士との面会をするという事でそれまでに準備を整えておくようにとの事で纏まった。
そして…………。
「最後にだが使い走りを頼みたい。これが正規の依頼書だ」
「拝見します」
そう言って依頼書を受け取り素早く目を走らせる。
「竜王国エルマイセンへの親書ですか…………」
東方北部域にある白竜山脈にある山岳の王国で竜騎士を擁する国である。現在は神聖プロレタリア帝国に攻め込まれているが地理的な条件もあって跳ね返している状態だという。
興味はあったのでこれは素直に受けようかと思う。もう一度依頼書に目を通して抜け穴がない事を確認しその場で捺印を押す。
依頼を受諾したことでウィンダリア王国の印が入った封蝋が施された親書が渡される。
「では頼んだよ」
そう告げると正門から一人で出て行ってしまった。警護は? と思ったが直ぐに幾人かの気配があった。
そりゃそうだよね…………。
さて、また予定が狂ってしまった…………。
【念写紙】=【念写】の魔術を転写したモノ。いわゆる写真の事です。
兵士と結婚すれば男が死んだ場合でも遺族年金などが出ますが冒険者だとなんも出ませんからね。この世界の女性で冒険者と結婚したいという人は同業者か余程の変わり者という事になる。
騎士は通常二人の従士ないし準騎士を率いる。小隊で騎士一騎、魔導従士二騎という編成になる。三個小隊に中隊長を加えて一個中隊となる。




