597話 寄り道⑥
25-09-28 誤字修正
北方の残党連中がこの町で何をしていたのか気にはなるが…………。とりあえずスラれれたブツが回収できたのだろう。
このスリの娘が見逃されたという事は彼女のアジトは恐らく荒らされているに違いない。
瑞穂の【治癒】は終わったがスリの娘の意識は戻らない。外傷は奇麗に癒えたがこれまで失った血液はギリギリと言ったところか。一応生きているといった感じではある
失われた血液を回復する魔法は奇跡の【完治】か下位古代語なら時空魔術の【肉体復元】や創成魔術の【造血】などの奥義に属する。聖職者のアルマは建前上動かせないし僕の魔術は技術はまだまだ未熟だ。
僕らは外部に対して実力を秘匿している関係で【転移】で運ぶ手は無理だ。外部には転移は使い捨てである簡易魔法の工芸品を使っていると思わせている。一応拡大魔術の権威でもあるフリューゲル師であれば使える事は知られているが師はここに居ない。
それに、正直言えばそこまでして助けたいかと言えばやや否である。
そうは言っても目の前のスリの娘の状況を見ると…………。
ふと瑞穂と目が合った。その目は『治療はしたよ。助けないの?』と問われている気がした。
「仕方ない…………アレを使うか」
暫し悩んだ後に溜息と共に吐き出すと[魔法の鞄]から透き通った緑色の液体が入った硝子製の小瓶を取り出した。
「それはあれかい? [万能薬]かい?」
小瓶を覗き込んできたエルトシャンさんが聞いてきたがちょっと違う。
「アレは希少ぎて流石にこんなところでは使えませんよ。こいつは――――」
「なるほど、本物に限りなく近いって言う[偽万能薬]か…………」
言い当てられてしまった。無からモノを生み出す自動工場ですら高コストでおいそれと生産できない[万能薬]の代りにコストを抑えた似たような効果の薬である。
それでも今の価値で白金貨1枚はするんだけどね。
つい最近生産したもので主要メンバーは万が一の時の為に一本持たせてある。僕に割り当てられたもの取り出したのである。これ使ったら絶対後で怒られるだろうなぁ…………とは思っている。
「冷たいようだけど使う価値はあるのかい?」
「恐らくないでしょうね。自己満足…………いや、罪悪感みたなもんでしょうか?」
僕はそう言うと栓を抜き鼻を摘み口を開かせ小瓶を突っ込む。嚥下させる必要はない。勝手に肉体に吸収され修復が始まる。
程なくして肌の色も戻り意識が戻ったようでガバっと起き上がると周囲を確認すると僕らと目が合う。その瞬間に動き出そうとするが派手に転び石畳に顔を打ち付ける。瑞穂の鋼刃糸が脚に絡みついていたからだ。流石にあんな高価な薬を使った挙句に逃げられましたでは間抜けも良いところだ。
必死に暴れて逃げ出そうとするが鋼刃糸が食い込むだけで次第に抵抗も弱まっていく。瑞穂が意図的に切断力を抑えているがあれも楽ではないのだ。
「別に詰め所に放り込むつもりはないよ。いくつか話を聞かせてくれれば開放する」
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「たぶん三日前にお上りさんから盗った鞄だと思う」
説得が功を奏したのか訥々と話し始めた。
まず名前はリリィという。年齢は驚きの12歳であった。年上の孤児がヘマして片腕を失った事で次に年長であったリリィが稼ぐためにスリをしているだという。
集団の規模は一番下が8歳児で全体で15人。男の子は冒険者の手伝いなどで小銭稼ぎにも出ているという。8歳未満が居ない理由だが、流行り病で死んだとの事だ。医療が発達していないこの世界ではよくある事ではある。
医学を学ぶには金がかかる。医者になっても庶民は治療費を払えない者も多い。国民皆保険とかないからね。かといって魔法の類も一日に使える数は決まっているし金払いの良い者から優先される。
基礎教育も怪しい孤児を使いたがる経営者は極めて稀だ。借金奴隷という選択肢はなかったのだろうか? 少なくても衣食住と最低限の権利は得られるはずである。法律で犯罪奴隷以外は一定の権利を持っているのだから。
借金奴隷を避けた理由は彼女たちに奴隷法を理解しているものが居なかったことと、たまたま流れ着いた違法奴隷の話を聞いてしまった事が原因のようだ。
彼女たちのアジトに流れついた奴隷は老いた女性の奴隷でどうやら違法の売春をおこなっていたらしくく聞く感じだと梅毒に感染したようである。片寄った経験談により間違った知識が植え付けられたようである。
なんでこんなに孤児が居るのか疑問であったがそれはこの国の事情のようだ。この絶壁都市コンティーヌは巨大生物の襲撃で男手の死亡率がそれなりに高い。
それ故に未亡人が多いかというとそうでもなく、夫を失うと喪が明ける頃には再婚相手を見つけているケースが多い。そして再婚相手と折り合いがつかない子らが孤児として溢れるのだという。猛者だとバツ7とかいう死神か? と噂される女性も居るという。
孤児院はあるがどこも満員で受け入れ拒否だという。それを知っている大通りの富裕層は施し気分で捕まえないらしい。
そこでうちの共同体の隠れ家で行儀見習い兼従業員として働かないかと持ち掛けた。
「…………ん…………やめておくよ」
返ってきた事はそれであった。
話はそれで終わった。リリィは礼を述べると踵を返して走り去っていった。
「無駄足だったね。鍛えればそれなりに優秀な冒険者に慣れただろうに…………」
エルトシャンさんはそう言って帰ろうとする。だが僕は嫌な予感がして瑞穂のリリィを追跡するように頼んだ。
無言で肯首すると音もなく早足で歩きだす。てっきり帰るものだと思ったエルトシャンさんも「やれやれ」とぼやいてついてきた。
そして嫌は予感は当たった。
慟哭とも取れる悲痛な叫びが崩れかけた廃墟から聞こえてきたのだ。駆けつけると廃墟の中は血まみれであった。あの手練れの傭兵集団が何もせず帰るとは考えられなかったのだ。
転移系の魔法は喉から出るほど欲しがるところが多く気軽に使える事がバレれるとあの手この手で取りこもうとされるので隠しているのである。




