594話 寄り道④
隠れ家はやや高級志向の宿屋となっていた。そこそこお高い事もあって玄関ホールは応接ソファーでゆったりとくつろぐ若そうな男を除くと従業員しかおらず、その従業員も僕らとは直接面識はなくメイザン司教の伝手で現地雇用している事もあり怪訝そうな表情で僕らを見る中で名を告げ従業員に総支配人を呼ぶように伝える。
流石に僕の名は伝わっているようで慌てず急がず素早く裏へと引っ込むと程なくして総支配人として報告を受けていた初老の男が出てきた。
「お待ちしておりました。高屋様。頼まれいてたモノは届いておりますが…………そちらは…………?」
総支配人の目線は当然であるがスリの娘に。
簡単に事情を話し身綺麗にすることと背景の確認をするので部屋に隔離しておくことを告げる。総支配人がどう判断したかはわからないが「承知いたしました」と述べ手早く指示を出し本来の用件であるブツの入った箱を取り出す。
「こちらがご依頼のあったブツでございます。少々値が張りましたがなんとかご予算を超過せずに済みました。品質に関してもご満足いただけるものかと…………」
例の島の完全譲渡以降であるが魔法の工芸品を作るために希少な素材を探してもらっていた。自動工場で原材料を作成すること自体は可能であるが他に使う目的があるので制作コストが高い原材料は人を使って探していたのだ。
礼を述べてブツを受け取り[魔法の鞄]へとしまう。今回の購入にかかった費用のあまりは自由にしていいよと告げようかと思ったがギリギリだったようなので別途[魔法の鞄]から硬貨袋を出し賞与として皆で分配するようにと渡す。
総支配人はメイザン司教の下にいる人物でここ城壁王国の商業の神の高司祭でもある。契約、商談などで嘘はつけない。自身の信仰を否定する形になるからだ。これが単なる信者であれば疑ったであろうが仮にも高司祭である。
感謝と共に部屋の準備をさせますと総支配人が裏へと下がっていく。
姿が見えなくなるとこれまで大人しくしていた瑞穂が袖口をくいくいと引っ張るので視線を向けると一言。
「あの人、こっちをずっと見てるよ」
言われて気が付いたが和てて相手を見てしまう愚は犯さない。僅かに身体の位置を変え視線を向けると確かに優雅にお茶を飲む若そうな細身のイケメンがこちらを見ている。
優雅な動作で茶器をテーブルに置くと立ち上がりこちらへと歩いてくる。手練れの手練師並みに足音を立てず尚且つ気配も薄い。単なる優男ではないだろう。
「ちょっとお話いいかな?」
2サートまで近づき僕らにそう声をかけてきた。その位置は僕らの殺傷圏のギリギリの範囲だ。
「なんでしょう?」
「ま~立ち話もなんだしあちらに座って話そう」
優男にそう言われ一瞬迷ったが応接ソファーの方へと移動した。
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自己紹介と軽い世間話を終えまずは優男が森霊族、それも限りなく真なる森霊族に近い存在である事。名前をエルトシャンというそうだ。氏族は既に滅んでおり現在は自分の祖父に当たる人物を探してだらだらと旅をしているという。長寿の種族らしく一箇所に数年から十数年は滞在するらしい。今回は十字路都市テントスに用事があるとの事だが流石は長寿種族というべきかこの町に既に二週間も滞在しているとの事であった。
僕らが十字路都市テントスへ帰るのに合わせて一緒に移動する事となった。今回は時間調整の関係で魔導列車を使用するので便乗したいとの事であった。瑞穂が警戒モードを解いているので信用しても良さそうかなと思ったのが一因であるが個人的に興味があった。かなり長生きのようでいくつもの文明が滅んだところを目撃していたようで色々聞かせてもらおうかと思ったのである。
そして話題はスリの娘に移る。
スリは現行犯でとらえて官憲に突き出すか、後で捕らえて審議官立会いの下でスリを自供させる必要がある。ただし審議官の派遣は実費であり結構お高い。僕の場合はアルマが居るから気にしてなかったけど流石にスリ如きで呼びつける気はない。
多くの者も現行犯で抑えられないときは泣き寝入りが基本であった。
そしてスリの娘はここらでは有名な娘であった。盗られた金額も合金貨1枚未満が多くここの大通りを歩く層にとっては無理に取り返す額ではない事もあって見逃されてきた。
なんか捕えて連れてきてしまったが官憲に突き出す気はすでに失せている。放流するのはいいけど、たまたまこれまでが上手くいっていただけで今後も続ければいずれ不幸な目にあうであろう事は明白だ。
エルトシャンは僕がどういう決断をするのか気になっている事もあって声をかけて来たのであった。
スリの娘が何処に潜伏しているのか誰も知らないらしく天涯孤独の身ではないかと言われている。よくある犯罪組織に利用されている感じはないとの事であった。
一瞬だがスリの娘を縛った冒険者風の男が脳裏を過ぎったがあれは流石に違うだろう。
一応審議官が派遣されている都市は犯罪組織は真っ先に潰されるのでこの絶壁都市コンティーヌにもそれらしい組織は見当たらないらしい。
「天涯孤独の見であるならうちで預かって基礎教育を施して放流ですかね。それか孤児院に預けるかですが…………」
正直無難な事を言ってしまった気はする。背景を聞きだしてから考えたいと告げると「無難だね」と言われてしまった。
翌朝になってスリの娘が居なくなっていた。
既に辞書登録しているので今更ではあるけど、ルビとか要らなくないか? とか思わなくもない。あと単位。
そして気が付けば9月になっており先月は一回しか投稿していない不甲斐なさ。
完全にメンタルの失調でとにかくなんも手が付かなかった。
思ったのだけでもしかすると私はほどほどに忙しいほうが良いのではないだろうか?




