592話 寄り道②
目的地付近に到着したらしく浮遊式潜望鏡で周辺を探っていると連絡が来たので不安そうな和花を宥めつつアドリアンとプリマヴェーラに支度するように伝える。
八半刻ほどして城壁王国の王都である絶壁都市コンティーヌから東に2.75サーグ離れた所に聳えたつ立つ一本の巨樹の根元に僕らは降り立った。
この巨樹は雨傘樹と呼ばれるこの地域では非常に珍しい樹木で常緑樹であり高さ10サート、枝張りは25サートほど。樹冠は枝を左右対称に大きく広げたような形状で全体のシルエットは雨傘のようである。辺材が白褐色で心材が金褐色の硬く丈夫な木材で家具や調度品はたまた床材などに用いられる。本来であれば植樹をして大きく育ちきる前に伐採するのが普通だ。
この巨大な樹木のお陰で上空監視を逃れる事が出来た。基本的に例の島の技術は秘匿したい。たとえよく知らない村人とかが目の前で殺されたりしても。冷たいと思わなくもないけど巡り巡ってその軽率な行為が自分たち、正確には自分らに近しい者たちに被害が及ぶのを防ぐためだと信じているからだ。
師匠も過度な力の誇示はダメだと言っている。
「それじゃ【転移】で送るから女首領に宜しくね」
僕はそう言ってプリマヴェーラに一通の封書を渡す。そこには彼女を貸し出してくれた黎人報酬などについて記載してある。いくら犯罪奴隷だからといって無給で働かせる気はない。今後も考えると然るべき報酬は必要だ。
恐縮しつつも受け取ったプリマヴェーラは身体の力を抜き魔法の受け入れ態勢をとる。
「綴る、拡大、第七階梯、転の位、記憶、瞬間、瞬転、移動、空間、強化、発動。【転移】」
魔術の完成と主にプリマヴェーラの姿が消える。僕の良く知る場所にしか送れないので座標がズレたみたいなことはない。
「それじゃ、俺の盤だな」
「そうだね。世話になったね」
「気が向けばまた付き合ってやるよ」
「それじゃ、これを族長に」
僕はそう言って二通の手紙を渡す。アドリアンらは例の島の上位闇森霊族の氏族と合流した際に彼らが名乗るルフェーブル氏族に吸収される形をとった。結社によって先祖は使い潰され煩い年寄りが居なかったというのもある。
一通目は今回アドリアンに協力してもらったお礼とそれに対する対価の事が掛かれている。森霊族に限らず闇森霊族も氏族全体主義なところがあるの礼は氏族宛としている。アドリアン個人へは何れ考えよう。
二通目は氏族宛で族長である超越者である神話時代からの生き残りであるマティアスに対して種族を問わず精霊魔法の使い手の育成の助力のお願いである。
「確かに預かったが、二通目はあまり期待するなよ」
「ダメなら仕方ないさ」
そう答えて詠唱に入る。
「――――、空間、強化、発動。【転移】」
魔術の成功を確認し頭巾被りると僕の姿は周囲に溶け込んでいく。そして絶壁都市コンティーヌに向かって歩き出す。
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「瑞穂? 着いてきているんでしょ?」
気配を感じたとかではなく単なる勘であった。それと同時にくいっと袖がひかれる。
「護衛はいらないよ。荷物を受け取って隠れ家経由で戻るし」
「和花姉さんが念のために着いていけって」
出来れば受け取る物を見られたくなかったんだけど…………仕方ない。知らない土地で振り切れる自信がない。瑞穂本人に言わせると周辺の状況がなぜか理解出来るのだという。
疚しい事をするわけでもなし大人しく同行を許すことにした。
特に会話らしいものもなく黙々と歩き続け一刻ほどで都市入口の入都待ち行列の最後尾に着いた。そこで頭巾を捲り透明化を解除する。幸いなことに誰にも気が付かれることはなかった。
白金等級の冒険者特権を使って割り込みしても良かったけどあまり目立ちたくなかったので半刻ほど待ち入都する。守衛が認識票を見て一瞬驚くがそれだけであった。教育が行き渡っているなぁ。
絶壁都市コンティーヌは、厚さ12サート、高さ37.5サートの鉄筋コンクリートの壁を持つ東西の壁に挟まれた長さ100サーグ、幅1サーグの奇妙な都市である。
僕らが入都した入場ゲートは交易路のある主門から北へ0.5サーグほど離れた場所である。
都市内は高い防御壁の関係で暗いのかと思ったが都市側が銀鏡面となっており太陽光を反射し結構眩しい。
取りあえずメイザン司教の伝手で手に入れた隠れ家へと向かうとしよう。
最近思うのは紙の資料ってもしかして優秀なのでは?
とか思ったけど単に自分が迂闊なだけだともいう。
なんか執筆用設定資料とか電子データにしたらいつの間にか紛失したり改ざんされたりで…………。
どうも物体として手元にないと、保有欲が満たされていないと管理意欲とか保有する為の労力が電子データだと希薄になるのかどうも雑になる。
ラノベや漫画も数千冊ほぼすべて電子化したけど逆に新刊の買い忘れとかが頻発してるし…………困ったもんだ。




