590話 調査してみる⑭
救助に急ぐために全力で森の中を疾走するが自身が思うほど森の中を真っすぐと素早く走れるわけではない。イラっとした僕は無詠唱の【瞬き移動】で見える先へと短距離転移を繰り返して一気に距離を詰める。それに伴い体内保有万能素子が減っていく感覚と共に倦怠感が襲う。
[魔法の鞄]から新しい愛刀である家宝の[無想友近極光]を取り出す。
木々の隙間から戦況が見えるが今の和花を傷つけられる相手はいなさそうなので追従する瑞穂に後ろ手で手信号を送る。
森を抜け見えたのは重装備の豚鬼が大鎚矛を振り上げている瞬間であった。健司は[炎神剣]を横薙ぎに払った後で間合いに踏む込まれており態勢も崩しており選択肢が少ない。バックステップでは間に合わないと踏んだのか身体を前に推し進め打点をズラす選択肢をとる。恐らくそれが正解だ。
振り下ろされた大鎚矛の握りが健司の背中を叩く形となる。
僕は豚鬼からやや離れた箇所に【瞬き移動】をする。転移系は慣性がキャンセルされるので勢いのある一撃が欲しい時はどうしても距離を開ける必要がある。
【瞬き移動】後の僅かな硬直が溶けた瞬間、歩法【八間】で飛び込みつつ[無想友近極光]を抜く。鍔鳴りの音が聞こえる。
[無想友近極光]の一閃は重装備の防具と頸椎をなんら抵抗を感じさせず断ち斬る。
ごろりと豚鬼の頭が地面に転がった。
横目で健司を見れば[炎神剣]を地面に落とし背後の短剣を抜こうとしていた。
納刀し[魔法の鞄]から重傷回復薬を取り出すと健司に黙って放る。
鍔鳴りが出てしまった。未熟だ…………。鍔が鯉口に当たって発生する音で刀の扱いが未熟な者や拵えが緩んでいる場合に起こる。手入れを怠っているという意味でも未熟だ。
父や師匠に見られたら未熟者と怒られるだろうなぁ…………。
周囲をすばやく確認すると長杖を持った豚鬼が居る。そいつはすでに詠唱に入っていた。
「綴る、八大、第五階梯、攻の位、大気――――」
詠唱の途中であった。豚鬼の肩に矢が突き刺さる。その痛みで詠唱が止まり万能素子が霧散していく。流石は闇森霊族というべきか森の中での移動は早い。もう追いついていた。そして速弓を放ると漆黒の三日月刀を抜き豚鬼魔術師に襲い掛かる。
出番はなさそうなので振り返り和花を探す。一体だけ居た竜牙兵がバラバラになって転がっているあたりにぼんやりとした輪郭が見える。背丈から瑞穂で間違いない。
『瑞穂、ありがとう』
まずは邪魔な竜牙兵を片付けてくれた瑞穂に礼を言って頭を撫でる。そして和花に、
『間に合った良かったよ』
と伝えるのだけど反応がない。やっぱり怒ってる?
それは杞憂であった。
「ごめん。ごめん。上からの監視を警戒して上空に【映像幻覚】
を展開していたのよ」
【映像幻覚】幻覚魔術の系統で術者が任意の動く映像を作り出す事が出来る。ただし映像を動かす為には術者は集中する必要があるため反応が悪かったのだ。
上からの監視の誤魔化すために上空に【映像幻覚】で何もない平原に見えるようにしていたとの事だ。雲の影や風に揺れる草などを再現するのに苦労したと笑みを浮かべて語った。
こうして喋っているという事はもう動く映像は止まっているのでいずれ違和感を感じるだろう。
安全圏に退避したハーンやプリマヴェーラや健司やアドリアンもこちらにやってきたので浮遊式潜望鏡を探して欲しいとお願いしみんなで周囲を見回す。
程なくして瑞穂が偽装した浮遊式潜望鏡を発見した。手信号で浮上して回収と告げると一限もしないうちに空間が裂け艦橋が出てくる。艦橋上部扉が開くので素早く乗り込む。
大人しく【転移】で移動すればよかったように感じるが実はこの後に寄り道をするので回収してもらわなければならなかったのである。
【転移】系の魔術も意外と不便なのである。




