587話 調査してみる⑫
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『あの時の二の舞は避けたいんだよ…………』
『それはこっちも同じよ。蘇生の魔法は万能じゃないんだから』
いつになく強い口調でそういう和花をどうしたものかと思案する。言い分は判る。
アドリアンは一般的には自己中で邪悪と言われている闇森霊族だ。だが彼を見ていると結構義理堅く僕らと何ら変わらないのではと思うのだ。今回だって彼が僕らに付き合う理由はないし、なんならさっさと逃げ出してしまえばいい。
随分悩んだ気がしたが現実の時間では僅かであった。僕は後ろ手で健司に向かって手信号を送る。
『仕方ねーなー』
そうボヤくと健司の動きは早かった。瞬時に魔戦技によって肉体を強化すると瞬く間に和花に迫り荷物を搔っ攫うかのように肩に担ぐと脇目も降らずに外縁部へと走り出す。不意の事で和花も対応できなかった。予想通りである。
事態を察したハーンが対応に困っていたプリマヴェーラの手を掴むと健司に後を追う。それを見送って僕は魔戦技で強化しアドリアンの方へと走り出す。
『瑞穂。どこにいる?』
[遠話器]の個別機能を使って瑞穂に現在位置を報告するように伝えると珍しく応答がなく。程なくして荒い息と共に『異常なし。いま向かっている』と回答が返ってきた。
妙だな? そう思ったものの僕の方も武装した集団を発見してそれどころではなくなった。意匠はそれぞれ異なるが硬革鎧で身を包み森林戦を想定してか小剣と小円盾で武装した五人の集団であった。恐らく傭兵だろう。足運びといい周囲への視線の動きといいそれなりの手練れ感が見てとれる。
念のため少し距離をとってやり過ごすと剣戟が聞こえてきた。それはアドリアンの報告通りに硬革鎧に刺突剣を繰り出す無精ひげを生やした中年であった。
アドリアンはといえば刺突を避けつつ避けれない一撃は三日月刀で受け流していた。あの状態では[妖精の外套]の効果は半減してしまう。激しい動きに透明化の効果が追い付かず僅かに周囲とズレが起こるのだ。手練れ相手にそれは厳しい。
僕は[魔法の鞄]から久しぶりに投擲短剣を取り出すと牽制の意味も含めて投擲する。これでもそれなりに訓練したのだ。
「危ねぇ!」
中年の剣士は想定外からの攻撃にやや大げさに回避して見せた。
『後退しよう。そろそろ体力の限界だろ?』
手練れ相手の戦闘でアドリアンはかなり疲弊していた。もともと森霊族に限らず闇森霊族も肉体的にはやや脆弱だ。彼らが透明化による不意打ちを好む戦いも体力の消費を嫌うからである。文句のひとつでも返ってくるかと思ったが本当に限界だったようで大人しく身を引いた。
[遠話器]で脱出の際の回収場所の候補にと事前に打ち合わせていた場所へ行くように伝えると僕は[魔法の鞄]から片手半剣を取り出す。
身バレ防止である。切っ先が[妖精の外套]からはみ出るのため透明化の効果の恩恵を受けないがこれでいい。
「ほう…………。交代か。次の奴も俺を楽しませてくれよ!」
そう叫ぶとほぼ攻撃動作が見えない刺突が繰り出されてきた。これだから嫌いなんだよ。
そう思いつつギリギリで避ける。
しかし身バレ防止の為とはいえ片手半剣は重い。どうしても初動が遅れる。それでも僕はもっと早く攻撃動作がない刺突を幾度となく見た。師匠である。
その経験が生きており辛うじて回避が出来ている状況だ。[妖精の長靴]の効果で魔法が使えないがそれは詠唱を必要とする通常のという前提が付く。無詠唱や接触型の魔法であれば略式魔術であれば使える。出来れば接敵して略式魔術の【昏倒の掌】を喰らわせたい。
時折片手半剣を振って距離を調整していく。出来れば懐に入りたがっている事を悟られないために。
そしてその時はきた。度重なる刺突が躱されることに業を煮やしたのか僅かなタメの姿勢から身体ごとぶつかる様な刺突を繰り出す。どうみても必殺の一撃だ。
その必殺の一撃を無詠唱の【瞬き移動】で躱す。想定通りの距離まで近づき完全に刺突剣の間合いの内側に入る。そしてほんのわずかな硬直の後に僕の左手は中年の男へと伸びた。
「発動。【昏倒の掌】」
高電圧が中年の男を襲う。苦悶の声を上げ気絶するかと思いきや抵抗したのか期待したほどの効果は起らず男は刺突剣を落とすと腰の短剣を抜くと引っ込めようとしていた僕の左手を斬りつけた。
「糞っ…………油断した。魔戦士かよ」
歴戦の傭兵っぽい男は落とした刺突剣を拾うような愚は犯さない。短剣を構えつつジリジリと距離を測って移動する。
対する僕も左手を斬られすぐには使えそうもない。片手半剣はそれなりに重く片手でも扱えるが手首にかかる負担も大きくどうしても初動が遅れる。
互いに決め手に欠けどうしたものかと思っていると中年の男の肩に矢が突き刺さった。
「糞っ、油断した! さっきの森霊族か!」
その一撃は後ろで大人しく呼吸を整えていたアドリアンの速弓が繰り出した一撃であった。
『撤収だ!』
アドリアンの忠告通りこのわずかな隙に距離を取り踵を返すと走り出す。
『助かったよ』
『お互い様だ』
礼を言ったらややぶっきらぼうな返事が返ってきた。
一限ほど走って追手がない事を確認すると少しペースを落とす。更に歩を進めると小柄な人影が見えて来た。そして漂うむせ返るほどの血の匂い。
『迎えに来た』
原形を留めていない肉片が飛び散った血だまりの中心にいた瑞穂がいつもの抑揚のない声で出迎えてくれた。
当作品では現実の中世の武器とはやや重量などは異なります。特に両手で取り扱う武器は。攻撃対象が対人ではなく怪物相手の為です。あいつらには重い一撃が必要になるからです。
速弓は森霊族らが森の中で取り扱う為に工夫された連射重視の短弓です。その分だけ射程距離と威力が落ちます。




