584話 調査してみる⑨
2025-6-19 保護眼鏡は外しちゃいかんだろと気が付き修正。あと誤字修正
瑞穂が開口部からひょっこり頭を出し周囲を確認する。振り向きもせず後ろ手で”異常なし”と手信号を出す。
『周辺の確認を』
[遠話器]越しに指示を出すと壁を抜け程なくして『通路は左右。どちらも異常はなし』と簡素な回答が返ってくる。
ならばと僕も壁の穴を抜けて周囲を確認する。
なるほど、確かに一本道の途中といった感じだ。問題なさそうなので後続に出てくるように指示し最後尾のハーンが出てくると何やら考え込んでいる。
『なにか感じたことは?』
『喉元まで出かかっているんすけど…………』
どうやら何か違和感を感じているらしい。ならもう少し進んでみるか。
さて、左右どちらにするか。
『たぶん右』
迷っていると瑞穂が右側を推奨してきた。反対する根拠もないので進むように手信号で知らせる。
『あの娘どうなってるの? 普通はあんな迷いなく移動しないわよ』
瑞穂の動きを見ていたプリマヴェーラが驚きの声を上げている。たしかに瑞穂の動きに迷いがほぼない。まるでここを知っているかのうような動きだが僕らからするといつも通りである。
『あれでいつも通りだよ』
『普通は…………普通じゃないから若くして白金等級なのね』
どう解釈したかは本人のみが知るが確かに索敵能力がかなり異常なのは認める。おかげでかなり助かっている。
▲△▲△▲△▲△▲△▲
施設内は白熱灯くらいの明るさであるが僕らは透明化している関係で互いを判別できなくなるため[熱感知保護眼鏡]は着けている。ただ暗がりと異なり周囲の景色がくっきり見える反面、透明化した人物はやや朧気に見える。これが妖精族の見ている世界なのか…………。
施設を彷徨いつつ人と遭遇しそうになったら巧妙に隠れてやり過ごす事二刻。かなり大きな施設のようで上部はほとんど人員の宿舎や研究施設等であった。
『小休止しよう』
そう言って倉庫部屋に身を潜めて身体を休める事にした。
『樹さん。この施設っすけどおおよそ前前前前前史文明のモノに似てるっすね』
約五千年前のモノかぁ…………。
『という事は赤の帝国のより技術レベルは高いって事?』
基本的にこの世界は終末のモノが襲ってきて逃げ切る度に世が混乱し暗黒時代の間に技術が遺失するせいかどんどんと技術レベルが落ちていく。一応前史文明を復活させようと努力はしているようだが…………。
『一概には言えないっすけど…………でも、ここってウィンダリア王国が接収してるんすよね? そりゃ強気にもなるっすよ』
一概に言えないというのは前期か中期か後期かで技術レベルが異なるからだ。それもあるし五世代前となると魔導機器以上に魔術至上主義の色合いが強かった。また原資となる万能素子が豊富であったなどある。
そのときであった。隠れていた倉庫の扉が開き全身甲冑で武装した者と作業服の男が入ってきた。
「――――複製も大変なんですよ。もうちょっと大事に使っていただきたい」
作業服の男が武装した男にそう文句を言っていた。この世界では全身甲冑は騎士の制服ともいうべき装備で一部の冒険者以外で全身甲冑を纏っていたら騎士で間違いない。
『あいつ魔導機器組合の上級魔導機器技師っすよ』
ハーンが作業服の男を指さした後に自分の首元を指して説明する。
作業服の男の襟に徽章がつけられておりそれが上級魔導機器技師の証となるのだとか。
『魔導機器組合が関与してるのはマズくないか?』
出番がほぼない健司が話に加わってきた。最初から潜入調査って言ったはずなんだけどねぇ…………。
作業服の男が積まれた収納箱から一振りの小剣を取り出すと鞘から抜き刀身を確認する。
その際に室内に膨大な万能素子があふれ出る。
『[豊穣の剣]? でも…………』
真っ先に和花が違和感に気が付いた。
『あれが師匠が言っていた偽物かな?』
偽物は使うと地脈の流れに影響があるからダメと言われているんだよなぁ…………。
かといってここで暴れるとこっそり忍び込んだ意味がなくなる。僕らの仕業じゃないとバレなければ問題ないとんだけど、ここに潜入した時点でそこら辺の冒険者じゃ無理だろうから嫌疑の目が向けられて監視が強くなるだろうなぁ。結社も弱体化したしねぇ。
『今回は諦めようよ』
『そうだね』
取りあえず和花の意見を是とした。
まずは男たちを尾行する事にした。このまま当てもなく施設を歩くのも飽きてきたと言うのもあるが僕ら生物である。生理現象は止められないのであまり長時間籠りたくないのである。
[妖精の外套]と[妖精の長靴]の効果は素晴らしく男らから2.5サートほど離れて尾行しているが気が付かれる気配すらない。
そうして一限ほど尾行していくと両開き扉でいったん止まった。何やら動いているがちょっとわからない。
両開き扉が開きすぐに閉まってしまった。僅かな時間で得られた情報は停止していた万能素子転換炉らしき物体であった。
『どう思う?』
『確証はないっすけど…………。恐らく施設を複数の万能素子転換炉で運用しているんじゃないっすか?』
ハーンの話だと僕らが運用している万能素子転換炉では不要な問題であるが、出力が低い万能素子転換炉だと一般設備と工場設備で分けて運用するケースがあるそうだ。
『工場での複製に使用する素材が複雑だったり貴重とかだと万能素子転換炉に結構負荷がかかるっす』
さて、どうするか?
『万能素子転換炉がここって事は自動工場も近くなんだろ? 先にそっちを見に行かないか? 本来の目的はそっちだろ?』
迷っている際にそう意見を出したのはアドリアンであった。そうだねと頷いて瑞穂に探索に出てもらう。
その間に僕らは両開き扉に近づくのであった。
『こりゃ俺らじゃ入れないっすね』
両開き扉の横の装置を見てハーンがそう結論づけた。恐らくだが指紋か網膜認証式だとの事である。何処かに監視装置が見ている可能性もあると。
幸いなの事に[妖精の外套]の透明化で対応できるようで警報は鳴らなかった。熱感知式だったら危なかったな。
遠話器越しに偵察に出た瑞穂から連絡がはいった。
『見つけた』
瑞穂の案内で自動工場が見下ろせる休憩所らしき場所へとやってきた。そこで見たモノは後悔であった。




