582話 調査してみる⑦
海豚級潜航艇の搭乗口は先端部が大きく上下に割れてそこから搭乗する。見た目が擬態も兼ねておりパっと見は大きい海豚にしか見えないので違和感が凄い。
亜空間の海に潜っていられる時間は四半刻程度である。これは亜空間が濃密な万能素子に満たされているために小型の海豚級潜航艇では乗り手が万能素子過剰症に侵されてしまう為だ。
複座型で操縦と索敵は別々の者が行う。基本的には潜入用の装備であるため武装はない。
魔導騎士と異なり脳波制御ではないので操縦訓練が必要なのでハーンと砲撃型多客戦車を操った事がある瑞穂が操縦して二騎での振り替え輸送となる。
作戦開始時間となり鯨から浮遊式潜望鏡で森の周辺を観察する。少し奥まったところに丁度半径0.5サートほどの空間があったのでそこを橋頭保とすることになった。上方は木々が生い茂っており衛星から見つかることはない。
まず最初に僕と健司が狭い海豚の前部席に座る。後部席が操縦担当になるからだ。乗り込み開閉機構を施錠すると起重機で釣り上げられ底部射出口へと運ばれる。射出前室と呼ばれる場所に固定され隔壁が閉じると気圧が下がっていく。亜空間は学術上ではゼロ気圧と言われておりそれに合わせた形だ。
気圧が下がると警告灯が点滅し下部ハッチが開き後方へと射出される。
鱗状微細振動推進装置が動き出し騎体が全身を始める。ハーンは慣れた様子で騎体を操り橋頭保となる空間に騎体の先端を出現させる。パカりと上下に開閉したのを確認して急いで僕は飛び降りる。
[魔法の鞄]から装備を取り出している最中にハーンは亜空間の海へと戻っていく。四半刻で三往復しなければならないためだ。
本日は曇っており明かりはほぼない。まずは[熱感知保護眼鏡]を装備する。これである程度視界が確保される。[暗視保護眼鏡]にしなかったのには理由がある。
これから纏う外套のせいだ。これは[妖精の外套]と言って精霊魔法の【姿隠し】の効果を模した装備である。全員が【姿隠し】を使うとお互いの位置が特定できなくなるからだ。
そしてすでに履いている[妖精の長靴]という歩行の際に発生する音を消す効果のある装備である。武器は一応光剣を下げている。
最後に耳に[遠話器]を取り付ける。短距離でのグループ通話が可能な魔法の工芸品だ。
続いて健司が居りてきて支度を始める。互いに装備を身に着け一息つく。
「単なる潜入調査だけど戦闘の際には気をつけて。特に健司は防具が薄いから」
「判ってる。とはいえ確かに革鎧は心許ないな」
そんな話をしていると二番手のアドリアンと手練師にして匠の神の聖職者であるプリマヴェーラがおりてきて支度を始める。闇森霊族のアドリアンも呪的資源確保のために[妖精の外套]と[妖精の長靴]は装備してもらっている。最後に和花と瑞穂が同じ海豚から出てきて瑞穂は躊躇なく海豚を自沈させる。ここには置いておけないからだ。
そして最後がハーンである。ハーンは大狼型戦闘獣を同乗させており実働データが必要という事で同伴する事になった。ハーンに関しては瑞穂と違い名残惜しそうに海豚を自沈させて完全に消えるまで眺めていた。
全員の支度が完了したのを確認した後に先頭を務めるアドリアンが手信号に従って移動を始める。
フォーメーションは先頭がアドリアンで左右が僕と瑞穂で最後尾が健司となる。近接戦に不慣れな和花とプリマヴェーラとハーンは中央にいる。
移動を始めて一刻ほど経過した。その間何もなかったわけではなく赤肌鬼と遭遇戦となったり巨大角兎と遭遇したりと戦闘はあった。
時間のわりにあまり移動できていない。アドリアン曰く出発地点から0.5サーグほどしか離れていないだろうとの事だ。
軽い休憩を入れて更に一刻ほどの事だ。突然アドリアンが立ち止まり手信号で止まれと指示を出してきた。
「何かがおかしい」
アドリアンがそう呟いた。僕にはその違和感が分からない。
だが和花と瑞穂も違和感を感じると言っている。
共通事項は三人とも精霊使いでもあるという事か。最後尾の健司にも声をかけると「わからん」と言われた。一応[炎神剣]の契約の際に精霊使いとして見覚めたっぽいけどどうも[炎神剣]が手元にないとまだダメっぽい。
「何がどう違和感があるの?」
「なんというか…………」
アドリアンが言った言葉を切りある一点を指し示す。
「あのあたりから急に大地の精霊力と植物の精霊力の存在が消えた。
精霊力が消えたという事はすなわち大地は砂漠化し木々は枯れるはずである。しかしここは普通にむき出しの土の地面に生い茂った木々がある。触ってみても土の感触と木の感触しかない。
「あれかな?魔導輸送騎が消えたじゃない。もしかしてこの辺りは【地形変異】の効果範囲じゃ?」
【地形変異】は幻覚魔術の奥義で設置型大規模儀式魔術と呼ばれる分類で幻覚の森などは本物の森と違わない。
山だと思って登って幻覚が解除されるとはるか上空とかありえる。
「だとすると厄介だなぁ」
幻覚魔法の類は幻覚だと見破れば効果を失うが高度な幻覚は本物と大差なく頭で幻覚だと思い込んでも脳が幻覚を否定してしまう。
どんな些細なものでも良いので何か決定的な証拠を見つけなければ…………。
革鎧の防御力はせいぜいバイク乗りのライダースーツ程度です。




