幕間-64 召喚された者のその後㉒
やっと面倒な業務からほぼ開放。もっとも相変わらずワンオペ業務が続くけど締め切りが遠いのでゆっくり進められる。あとはメンタルが回復すれば問題なし。
困った。つい先日の事であった。突然やってきた高屋くんに怒られた。
俺は立ち位置は高屋君からすると借金奴隷であった。その理由として南方で可哀想な処分奴隷の子供らを買い取った際の借金であったが、中原で彼と再開後に西方行きを命じられ共同体の仮拠点の維持をしつつ迷宮で借金を返済するために潜っていたのだが…………。気が付けば処分奴隷の娘が増えていってしまったのだ。とりあえず返すつもりはあったし可哀想だから助けたかったっていうのもある。彼女らを教育し成人したら開放する。開放するにも解呪料がかかるためその費用も込みで資金の全てを高屋くんの懐から出してもらっていた。
「そりゃ陽翔さんが調子に乗って処分奴隷の娘を買いまくるからですよ」
一党で金回りを管理する馬鹿さんである。
「そもそも返済の目途すら立っていませんし、年が明ければ人頭税がのしかかるんですよ? やたらと人数を増やして払えるんですか?」
無計画だと咎めるような口調である。
「でも馬鹿さんだってお金を出してくれたじゃん」
「そりゃ可哀想ですもん」
そうだよねぇ…………。俺は奴隷なので奴隷を持てない。なので処分奴隷の権利は高屋くんが握っている。当然だが税金も高屋くんが支払う事になる。
「でもさ…………買った娘だってせいぜい35人くらいだろ。お金持ちなのにケチくさくない?」
「いやいや…………人の財布だからって見境ないですよ。そんなんだからハーレム王とか変態紳士とかって言われるんですよ」
どちらもひどい話である。そもそも二次元なら単なる胸部装甲がないだけの小柄な女性キャラな見た目だろうけど、現実の10歳以下の娘とか全然体型違うしとてもじゃないけど性的に見れるもんじゃないぞ。
そもそも年齢的に男女の能力差はほぼないのになぜか男の方は処分奴隷が少ない。数年育てれば肉体労働で扱き使えるからだ。売春目的で青田買いする者も居なくはないが、基本的にこの世界では売春は違法である。届け出のない性産業は発見され次第即潰される。性病の蔓延を防ぐという名目だ。
もっとも私娼はいるし連れ込み酒場とかいう給仕に心づけをたくさん弾むと二階へ案内され夜戦に突入するなんて抜け道もある。あくまでも意気投合して個室で夜戦をするという自由恋愛だという建前で見逃されている。
「それはどうでもいいんです。どう映るかが問題なんですよ」
俺の脳内の主張が届いたのだろうか?
調子に乗って処分奴隷を買い漁った事で高屋くんは俺との奴隷契約を破棄した。ここまで支払った金額と解呪料だけ俺の資産から差し引かれて買い取った娘は俺の奴隷とした。そして俺にのしかかる処分奴隷の人頭税である。来年早々に徴収される分は手持ちの資産で乗り切れるだろうけど問題はそれ以降の話だ。俺自身は市民権を持っていないので今後も滞在税を支払う義務がありこれ以上は処分奴隷の娘を買い取ることは出来そうもない。
毎月の稼ぎは迷宮で拾ってくる万能素子結晶の売却益だけだ。それだと生活費としてギリギリだろうか? これでも共同体の施設は無料で貸してもらっている状態なので宿泊費用が掛かっていない分マシなのである。
「何か一発当てたいな…………」
思わずそんな事を零してしまう。
「それならリスクはあるけどもっと深く潜る必要がありますね」
馬鹿さんが即答した。
現在は日帰り可能な地下二階あたりを徘徊しているが高価な儲けを考えるなら一泊覚悟で地下四階より下を攻める事になる。
取りあえず共同体拠点には共同体の職員が居るので子供らの世話は何とかなる。
「馬鹿さんは――――」
「七海」
なぜか名前呼びを求められているんだけど慣れないんだよねぇ…………。俺みたいなフツメンで陰キャには敷居が高い。
「な、七海は手伝ってくれるの?」
「いいですよ」
名前で呼ぶと満足そうに相好を崩す。
「他の面子は協力してくれるだろうか…………」
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「皆の協力感謝」
翌日迷宮の入り口で俺はそう言って頭を垂れた。いつもの一党であるが、同伴者三人である魔術師見習いの馬鹿さん、始祖神の侍祭の東雲さん、高屋くんのところから派遣されている幼人族で斥候のアーシアは俺の奴隷ではない。自分の意思で今回の迷宮探索に協力してくれることになったのだ。
残りは最近助けた奴隷の並行世界の日本人の已己巳己巴さんと南方で助けた最近精霊使いとして覚醒したクロニー、独立商人の娘で我が編成の知識層のオリヴィエと俺の七人構成だ。別にゲームではないので問題ない。
いつもの冷やかしを受けつつ迷宮へと入っていく。
借り物の実力とは言っても実力には違いなく二階層は難なく通過し、いよいよ三階層へと続く階段の前へとやってきた。
「三階に籠ってもそれほど稼げない。出来れば五階層を目指すつもりだ。ただし危険なようなら戻るつもりなんで忌憚ない意見を頼む」
五階層で魔法の工芸品が出たとの報告が出ている。下級品級や中級品級ばかりだが極稀に上級品級が出る事もあるんだとか。
「手持ちの食料などを考えると今日中に三階層は突破しておきたいですね」
一党で物資管理を担当してくれているオリヴィエがそう口にする。
ここでの突破というのは睡眠時間も込みでという意味だ。数日籠る予定なので睡眠時間を削って活動する事は可能な限り控えたい。
高屋くんからも交代で休んで四刻は休息に当てた方が良いと助言されている。経験者の助言は聞いておいた方が良いだろう。
全員を一瞥して階段をゆっくり降りていく。ここは安全地帯なので罠や襲撃はない。
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「変遷してますね」
三階に到着次第オリヴィエが口にする。時折だが迷宮の階層が変遷してこれまでの情報が意味をなさなくなう事がある。周囲は薄っすらと靄が立ち込め視界が悪い。常夜灯くらいの明かりを放つ灯石が点在している。地面はごつごつとした岩肌だが所々に苔が生えている。
「運が悪いね…………んで、どうする?」
斥候のアーシアが抑揚のない声でそう尋ねて来た。購入した地図も無駄になったし周辺の偵察だろうなぁ…………。
「悪いけどクロニーと組んで周辺の偵察を頼む」
「解った」
そう告げるとアーシアはクロニーを伴って慎重に索敵活動を始めた。
「取り合えず予定が狂ってしまったけど拠点を構築しよう」
変遷した場合でも階段を降りた周辺は安全地帯である事はこれまでの情報で分かっているので最悪ここを拠点に三階層の情報収集に専念する。これらの情報もそれなりに軍資金になるからだ。
大型天幕と天幕張り小さい方には[携帯便座]を設置して魔導機器の携帯コンロなどを設置した。こういった便利装備も高屋くんが貸し出してくれた物である。
半刻ほど経過すると靄の先から小柄な二人組が姿を現す。アーシアとクロニーであった。後ろを気にしつつ足早にであった。
「何があった?」
アーシアに問うと「お客さんだよ」と返してきた。答えはすぐに分かった。人間大の人型が靄から姿を現す。その数は四体。
「豚鬼!」
|東雲《しののめさんが悲鳴めいた叫びをあげる。この娘は以前に男に酷いことされているので歩く性犯罪者みたいな豚鬼は特に苦手なんだよなぁ。
豚鬼は硬革鎧と巨大な棘付き棍棒で武装しており軽い一撃だと手間がかかるかもしれない。
一気に難易度が上がった気がする。どうなっているんだ?
次回は一旦本編に戻ります。




