578話 調査してみる③
メンタルの不調が続きとにかく趣味なども含めてなんもしたくない状態が続いておりました。それでも仕事はしないと生きていけないのが困りものである。そしてようやく仕事の切れ目が見えて来た。
ちょっと心の休養が欲しい今日この頃。
前方が何やら騒がしい。
僕らはと言えば既に共同体拠点と目と鼻の先である。なんか共同体でトラブルだろうか?
二人して立ち止まり目を凝らすと共同体の現地採用メンバーと見知らぬ一人の細身の青年が互いに武器を抜き争っていた。これは官憲に連行される状況だし責任者である僕に罰金どが科される。
見知らぬ青年の周囲には共同体の若手が8人ほど倒れている。見る限り致命傷ではないが深い傷もありそうだ。この状況から青年ひとりで若手15人は相手をしていた事になる。
青年に負傷した様子はない。
「腕試しかしら?」
「恐らくはね」
そう答えて暫く黙って観察していると青年の戦い方はこの世界では珍しい戦い方であった。得物は軍刀であるが戦闘中の誰とも切結んでいない。青年が軍刀を振るたびに離れた場所にいる若手が負傷していた。
「魔戦技使いかしら?」
和花の疑問に同意しかけた時、違和感を感じた。
「違う…………かな」
違和感の正体は攻撃箇所である。魔戦技の遠距離技には二種類存在する。【空烈斬】と【地走斬】がある。どちらも格ゲーでいうところの飛び道具である。原理は体内保有万能素子を練って飛ばすだけなので原理としては魔術師の【魔力撃】や【魔刃斬】と同じである。
ただこの世界は特殊な技術などは一派で秘匿する傾向にある。武技が広まらないのもそれが原因だ。
多くの者は才能があったとしても魔戦技などが使えない。兵隊や騎士以外は戦闘訓練を受ける場所もほとんどないので独学となる。
男の戦い方は【空烈斬】をメインとした戦い方で近寄られるとやや大げさにアクロバティックな回避行動で距離をとる。そしてやはり違和感を覚えたのは攻撃箇所だ。繰り返すが【空烈斬】は魔法と原理は同じである。単なる防具など意味がないのである。にも拘らず装甲の薄い箇所を狙っている。
そのとき僕の目には男の小細工が見えた。
「なるほど…………軽戦士ではなく曲芸師ってところか…………」
「どういうこと?」
「ちょっと止めてくるよ」
和花の問いには答えずに近づいていく。僕の事に先に気が付いたのは共同体の若手らだ。口々に僕の名を呼びイキり始める。こいつら解雇かな。
「お前が【天位】持ちの高屋か! 俺の名は疾風のアロンド! 【剣聖】を目指すものとして俺の糧になれ!」
そう口上を上げたのだった。
自分で二つ名名乗る?
いい年して厨二病かな?
【剣聖】を目指す?
若いなぁ…………。
「決闘という事で良いの?」
取りあえず傷害罪とかでしょっ引かれるのは面倒なので【天位】持ちの特権である決闘権を行使する事にした。
「そうこなっくっちゃな」
嬉々としてアロンドとやらは笑みを浮かべると少し変わった構えをとった。
右足を引いて身体を右斜めに向け、頭を正面に保ち、軍刀を右脇にとり切っ先を後ろに下げた構え。やや変形の脇構えであった。
やはりかという思いである。どうやら僕の予想は当たっていそうだ。とりあえず練習用の模造刀を[魔法の鞄]から取り出し一度腰に刺しゆっくりと引き抜き正眼に構える。
「誰か、合図を」
「は、はい」
若手の一人がコイントスでいきますと宣言し中銀貨を宙に放る。
路面に落ちた瞬間、僕は半歩身を引くとアロンドは最初の位置から切り上げ気味に軍刀を振り切った。一瞬遅れて何かが僕を掠めて数本髪が宙に舞う。そして返す刃で再び僕を狙う。振り切った僅かに遅れて何かが僕を掠める。
アロンドの攻撃のタネは分かった。こいつイロモノ枠だ。
二撃躱されたことで焦ったのか大振りの構えを見せる。そのイロモノ武器の特性上そうしなければならないだろうとは思っていたが僕にとっては懐に潜り込んでくださいと懇願された気分である。
【疾脚】でぬるりと間合いを詰めると右手のみで模造刀を袈裟斬りする。アロンドは慌てて構えを諦め軍刀で受けてしまう。僅かに動きが止まった瞬間、もう半歩踏み込みあけてあった左手をそっとアロンドの右脇腹に添える。
「発動。【昏倒の掌】」
略式で魔術を発動させる。高電圧がアロンドを襲い彼の意識は昏倒した。
その瞬間歓声が上がるがそれに応えずにアロンドの得物を拾って検分する。
「――――やっぱりか」
「お疲れ様?」
小首を傾げつつ和花がやってきて労ってくれた。
「ありがとう。それよりも…………ほら、これ見てよ」
そう言って抜き身の軍刀を見せる。しかし和花には判らなかったようだ。そこで切っ先に取り出した布をあてがうと薄っすらと線が見えた。そしてその線を手繰っていく事2サートとかなり長く先っぽにかなり小さいが錘が付いていた。
「これって…………」
「こいつは軍刀を模した刃の鞭なんだよ」
初見殺しにはなるだろうけど如何せん見せすぎたな。
取りあえずアロンドとやらと負傷者を敷地へと連れて行って手当する事にした。
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「樹! 俺を弟子にしてくれ!」
意識が戻ったアロンドはガバっと飛び起きると頭を擦り付ける勢いでそれは見事な土下座きめた。身体能力は高そうだったので鍛えれば化けるかなと思い条件を出して受け入れる事に決めた。
その条件は規則正しい生活と鍛錬に次ぐ鍛錬である。音を上げずに冬の後月まで続けられれば
走り込みと素振り五千回である。勿論ただ振ればいいというものではない。慣れないうちは相当厳しい。共同体の若手も音を上げてしまった内容である。
でも若いころからの鍛錬ならいざ知れず今の年齢から始めてモノにするとなるとこれでも軽いかと思ってしまうが身体を壊しては意味がない。
彼には翌早朝から始めてもらうという事で個室も与えて下がらせる。
「さて…………」
アロンドが下がり共同体の幹部連中が会議室に集まった。
内容は領都クリスティアーナの開発の件と王国の魔導輸送騎が消えた先の調査と僕に夜這いしてきた女の処遇である。
もっとも女は壊れてしまっている。和花曰く情報を抜くのに魔法を使いうっかり重要部分を弄ってしまったという。一同揃って絶対嘘だよねとか思ったけど誰も口にはしない。当面はうちで世話をして神殿預かりにしようという事になった。吸い出した情報は表に出すのはちょっとマズいものであった。法的には建前として滅ぼしたことになっている非合法組織である暗殺者組合の所属員であったからだ。
領都クリスティアーナの開発などについては元防衛陸軍のオジサン連中の中でも[高屋流剣術]の地方道場組が積極的に現地で骨を埋めたいとの事であった。生活水準はここ十字路都市テントスより下がっても構わないとの事である。
なら問題ないねという事で希望者で相談して第一陣を決めておくようにと告げる。
そして魔導輸送騎の行方についてだが、
「恐らく余韻に紛れてこのあたりに消えたのでは?」
という意見がメイザン司教からでた。そこは不自然な森がある場所である。やはりそこになるのかと思っていると健司が挙手していた。目が合うと立ち上がる。
「人選はどうするんだ?」
最近健司は鍛錬が趣味かというくらい色々試しておりそろそろ腕試ししたいのだろう。
森の中に入る可能性なども含めて人選は軽装の者をと告げつつ、僕、和花、瑞穂と名前を上げていく。
闇森霊族のアドリアンと残り二名ほどで再び迷っていると告げる。
実は会議を始める際に事前に打診していた面子が都合がつかなかったのである。
アルマは建前は妊娠しているという事になっているので連れてはいけない。美優は業務上の課題があり手が離せないとの事。アリスは一時休暇の申請が出ており既に受理した後であった。精霊使いにして格闘家の九重は相方の巨漢の巽と冒険者として仕事を受けてしまっており無理であった。メイザン司教やフリューゲル師はここで下々の監督業務もある。
竜人族のガァナィンはそもそも目立ちすぎる。食客の金竜さんとかは別件でお願いがあるので今回は連れていけない。槍戦士のダグは森などでは足手まといなんでと断られた。出来れば聖職者枠がひとり欲しい事を告げると意外な事にメイザン司教が例の島にいる闇森霊族の闇司祭はどうかと言ってきた。
この世界だと邪教認定されていても狂信的な信者以外は双方の利益が相反しない限りは協力しても良いのではという考え方のようである。
たしかアドリアンの下に自由の女神の闇司祭の高司祭がいたはずだ。聞いてみるのも悪くない。
それぞれの事情なども含めてある程度面子が固まってきたが健司をどうするか…………。本人はやる気満々である。だが大剣使いの健司に出番があるだろうか?
結局フリューゲル師が健司は最近格闘もやっており十分実戦で使えるというお墨付きをもらったので最後の面子に加えた。
明日は準備に充てるとして明後日には現地入りしたいと告げて解散した。
【疾脚】とかの歩法は言うならば古流剣術や古流武術の縮地のことである。




