574話
「やっぱりね…………」
脳内に響き渡る警報で跳び起きた僕の側には【雷鎖網】による電撃の網に捕らえられたちょっと13歳には思えないほどの煽情的な格好のアナベル様が居た。
「既成事実を作って取り込むつもりだったか…………」
思わずそんな事を呟いてしまう。これだから貴族は嫌なんだよねぇ…………。
幸い気絶しているようなので一旦放置して【強固の錠前】によって閉ざされた扉に向かって開錠鍵を唱えると開錠される。扉を開くと使用人を呼びつけた。
状況を瞬時に説明して家主である姫将軍たるクリスチアン女男爵を呼ぶようにと伝えると侵入経路はどこだろうかと部屋を見回す。
扉は【強固の錠前】のお陰で開いた形跡はない。窓ははめごろしのため開閉しない。そうなると――――。
天井の一角が開いており縄梯子が下がっていた。
電撃の網にとらえられ気を失っているアナベル嬢をあらためてみる。薄羊布と麗糸の透け透けの女性用寝間着を纏っていた。意外だったのはその胸の大きさだ。食事の際には年相応かと思っていたけどかなり大きい。
「未成年の未婚の女性を手籠めにしたという体で一族に取り込むかパシリにでもするつもりだったのだろうけど…………」
さて、念のためアレを唱えておく。
「綴る、精神、第五階梯、探の位、虚言、真実、看破、発動。【虚偽看破】」
どんな言い訳を聞かせてくれるのだろうか?
「すまない!」
準備が整いどんな言い訳をするかとなどと意地の悪い思案しているとかなり慌てた様子で姫将軍が入ってきた。
「客人相手にこれは流石にどうかと?」
まず気勢を制するようにチクリと釘をさしておくと一瞬言葉に詰まりつつも必死に弁明を始めた。その内容に関して【虚偽看破】は発言に嘘偽りがないと告げている。万全の信頼が置ける魔術ではないがこの人の性格から大丈夫と判断した。これで嘘だったらとんだ大女優である。
「どうなさいましたの?」
招かれざる客人をどうしたもんかと思っているといつの間にかアナベル嬢が側に立っておりやや眠そうな声でそう問うのであった。
あれ?
僕と姫将軍は何時の間に脱出したんだと慌ててベッドの方を見るとそこには色っぽいアナベル嬢が【雷鎖網】によって捕らえられている。
思わず二度見したけど間違いない。側にいるアナベル嬢は厚手のガウンを羽織っており目が合った姫将軍とどういう事だと互いに目で問う。
「お母さまね…………」
状況を理解したアナベル嬢はそう口にしベッド脇まで歩いていくと自分にそっくりな顔を持つ女を覗き見る。
「顔はよく似ているけど…………私こんなに胸は大きくないですよ。どうせ罠にかけるならもっと似せれば良いものを…………雑な仕事ね」
そんな事を呟いた。【虚偽看破】は嘘は言っていないと告げる。
「高屋様。この者は恐らくお母さまの手の者かと思いますが…………。大変ご不快な思いをさせてしまい申し訳ありません」
そう言ってアナベル嬢が深々と頭を垂れる。御付きの侍女が慌てて「下民相手にそのように畏まる必要はありません」と止めに入る。
それに対してアナベル嬢はひと睨みすると、
「黙りなさい。高屋様は白金等級の冒険者にして【天位】持ちですよ。いっぽうでこちらは先祖の功績に胡坐をかくだけの男の娘でしかないのですよ。こちらが敬意を払うべき相手です」
そう叱りつけるのだった。
自覚がなかったけど僕の立場は貴族待遇らしく貴族特権こそ使えないものの一定の敬意をもって接せよというのがウィンダリア王国の貴族社会では根付いている。
「これどうします? 出来れば貰っても良いですか?」
取りあえずこの女は捉えてちょっと尋問してみたいと思いそう提案をすると、
「構いませんよ」
「こちらの落ち度であるし私からは反対は出来ないかな」
アナベル嬢と姫将軍の許可が出たので防犯魔術を解き[魔法の鞄]から縄を取り出し冒険者必須スキルの縄取り扱い技術で縛り上げる。
朝食にはまだ早いのでそれぞれが支度に戻りその合間に僕は尋問というには非人道的な手法を試みる。
「綴る、精神、第八階梯、探の位、強行、記憶、精査、吸出、深度、発動、【記憶抽出】」
魔力の波長が放たれる右手で額に触れるとズブズブと頭部へと入っていく。
すると対象である女はピクピクと痙攣を始める。
この魔術、魔力で脳みそをかき回して記憶を吸い出すのだが脳構造を理解していないで用いるとたまに関係ない運動機能とかに影響が出たりする。
取りあえず表層の記憶を精査してみるとアナベル嬢に似た年配の女性が篭絡しろと命じている事が分かった。年齢は14歳。たまたま顔立ちがアナベル嬢によく似た破棄奴隷を買い取って間者として育成したことが分かった。
僕と関係が出来たら未成年の未婚の女性を傷物にした責任を取れという段取りだったみたいである。
取りあえずそれだけ分かれば十分という事で彼女は精神魔術の専門家である和花に預けておこうと決めた。
【転移】で共同体拠点に戻ると寝起きの和花を見つけたので事情を話し彼女に任せることにした。
精神魔術は僕の専門外なのでうっかり脳みそをかき回して再起不能にしてしまうのも忍びない。
戻って着替えた後に食堂へと向かう。
さて、どういう話が出るのやら…………。




