573話 お泊り
迷宮からでた姫将軍は周辺警戒という名目でぼさっとしていた兵士らに指示を飛ばしているのを眺めつつハーンに例の装備について感想を聞いていた。
「問題なく成功だとは思うっすけど…………使い捨てのうえに生産コストが結構エグいっすよ」
例の装備、上位魔神を倒した六尺棒のようなものは例の島の技術によって対巨獣長尺加速投射器を小型化したものであった。ただし再装填が出来ないのでどちらかと言えば使い捨ての対戦車ミサイルに近いかもしれない。
威力は申し分なかった。問題はコストだ。高度な術式を用いる関係で自動工場で生産すると莫大な万能素子を消費する。金額に換算すると一本生産するだけで金貨3000枚くらいかかる事になる。雑な計算すると平均的な収入の成人男子が25年は暮らせる金額だ。
万能素子に関しては[豊穣の剣]があるので問題ないがやりすぎは惑星全体の地脈の流れを乱して各所に悪影響が出る。
「少々威力が過剰だし、もう少し小型化してコストを下げる方向で開発を続けて」
ハーンにはそう指示する事にした。
「ところで装甲歩兵の方はどうだい?」
「全然疲れませんね。圧迫感もないしこのまま生活してもいいくらいっすよ」
やや大げさな感想が返ってきたが確かここまでの移動とか見ても僕より疲労感は少なそうだ。
姫将軍の指示で兵士たは迷宮産の怪物を解体して万能素子結晶を抜き取っている。まとめた後に姫将軍自らが参加した兵士全員に均等に配るとの事であった。
解体作業は僕とかいまだに苦手だ。だが彼らにとっては臨時収入の為であれば苦手とか言ってられないようで顔を顰めつつ必死にバラしている。
その解体作業は不慣れな事もあってか一刻にも及び小さいながらもそこそこの数の万能素子結晶が確保できた。
領都クリスティアーナの冒険者組合の支部で迷宮踏破に関しての報告をし依頼人である宰相閣下に追加の交渉を持ち掛けるべく面会を要請した。
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「本日は急に面倒事に巻き込んで申し訳なかったな。豪華とは言えないが夕食を用意しようかと思う。どうだろうか?」
どうだろうかと聞いてきているが貴族社会で目上の立場からの誘いを固辞する行為は相手に恥をかかせる行為に当たるのでどんな恨みを買うか分かったものではない。
だが貴族社会の食事内容を直に見るのも悪くない。
「ご相伴に預からせていただきます」
とふたつ返事で応じた。
館に到着し僕らは湯網をさせてもらい外での汚れを落とし落とし清潔な衣服に着替えて晩餐の席へと向かうと男装の姫将軍の他に見知らぬ少女が同席していた。
年の頃は13歳くらいだろうか? こっちの人間は二次性徴から急激に成長を始めるので年齢がわかりにくい。その出で立ちは飾り気のない質素なミモレ丈の筒型長衣であるが使われている生地が光の反射で見る角度で色味が変る。恐らく最高級の虹絹だと思う。少なくても男爵程度で買える代物ではない。
簡素な見た目だけど縫目なども明らかに選りすぐられた職人のものだろう事が伺える。一着で金貨何枚飛ぶんだろうか?
「挨拶が遅れました。私、ハーベルハイト伯爵が一子、アナベル・ルン・ハーベルハイトと申しますわ。親しみを込めてアナとお呼びください」
そう言って見事な淑女の礼を行う。
その姿は姫将軍より洗礼されているなぁ…………。
「これは失礼しました。私は――――」
「若くして白金等級の冒険者にして【天位】のタカヤ様でしょ。私大ファンなんです!」
僕の挨拶を被せてるように主張すると一歩近づいてきた。
姫将軍の方を見ると苦笑いを浮かべている。
「すまない。卿の大ファンは本当の話で本日招く事を話したらアポもなしで来てしまったんだよ。淑女らしからぬ態度かもしれないけど私に免じて許して欲しい」
「いえ、我々は庶民ですしこちらも礼儀作法に不備があるかもしれませんので…………」
そう答える以外何があるだろうか?
気を取り直して着席し夕食会が始まる。
出されたものは乳酪や香辛料で味付けされた長粒米の粥であった。なんでもこの地方は中原でも南寄りで小麦より長粒米が主流なんだという。見た感じはリゾットというべき感じだ。
肉料理は牛の脂および骨髄を刻み込んだ牛のパテ、味付けは塩と胡椒のみの見た感じは薄いハンバーグに近い。他には恐らく鶏卵だと思う炒り卵、見た感じはスクランブルエッグだ。やや厚めに切られた硬乾酪、春野菜、恐らくは玉葱、蕪、そら豆の汁物であった。水分は葡萄酒か水が供される。水は[水精霊の宝珠]で生み出されたものなので腹を下すことはないだろう。
日本人的には大雑把な味付けかなという気もするがそれなりに美味であり食材が揃えにくいこの世界水準でいえば結構贅沢品に思う。改めて日本の舞改造された食材が恋しくなった。日本皇国の食材はどうなんだろうか? 近いうちに行ってみたい。
食事中の談話に関しては食事のマナー的にも簡素なものが多く本番は食後のデザートの時となる。
供されたものは珈琲と桜桃のパイ、ようするにチェリーパイであった。
アナベル嬢の質問攻めにあいつつ横目でハーンの方を見るとなぜか姫将軍と軍備関連の話で盛り上がっていた。僕もそっちに混ざりたいのだけど…………。
一刻ほど話し込んだ頃、アナベル嬢が欠伸をかみ殺しているのが見えた。それを見ていた姫将軍が本日は解散しようと言って立ち上がり不満そうなアナベル嬢を宥めていた。
「夜も更けたし今夜は泊っていけ。すぐに用意させる」
そう言って使用人らに命じると八半刻もしなうちに準備が出来たと連絡が来た。最初から泊らせる気だったろ…………。
案内された部屋は14スクーナほどの寝室であった。天蓋付寝台にソファーセットや書き物机など貴族の個室に近い。窓は大きく取られた採光用のはめごろし窓であった。
「さて…………問題は夜中だよねぇ。既成事実を作って取り込むとか貴族のお得意である。とりあえず防犯魔術の【警報】【雷鎖網】と扉には【強固の錠前】を施しておく。
同様の事をハーンの部屋にも施しておく。
何事もありませんように。
いまの日本人の感覚だと一本製造に5000万円くらい? あれ? 思ったより安いぞ。
ミモレ丈:ふくらはぎの中央くらいまでが隠れるくらいの丈
14スクーナおおよそ12畳ですね。




