566話 貸し借りはなし
2025-02-20 一部文言などの修正
姫将軍閣下は僕らについて回って鍛錬に付き合い構成員らと同じ内容の食事を口にする。騎士の道に進む以上は貴族の女性であっても男と同じ扱いを受けるせいか息を切らせつつも意外と楽しそうにしていた。問題は…………
「お前たちだらしないぞ」
先を走っていた姫将軍閣下が徐々に歩を緩めた立ち止まったあと振り返り息も絶え絶えの御付きの臣下騎士を見下ろす。その瞳にはやや侮蔑の色が混じっていた。
彼らはそれには気が付いておらず僕の中ではずいぶんの貧弱な騎士様もいるもんだと思っていると、
「あいつらは騎士爵や男爵の次男や三男で跡取りにもなれず自ら家を興そうとする気概もなく、家長を主君として仰げず、だが自尊心だけは高いので大貴族のコネで騎士になったような者たちだよ」
そう小声で仰ったのだ。
貴族にとって大貴族のコネは自分の力と同義らしいので問題ないそうだ。
「騎士も冒険者も体力仕事です。この走り込みについてこれないとか正直って不安しかないのですが…………。うちじゃ審議官殿すら熟しますよ」
ここで言う審議官はもちろんアルマの事であり彼女は結構細身の女性だ、確かに腕力とかはないが体力は冒険者としては及第点以上ある。
へばっている騎士らはそれ以下という事だ。
そこでふと思ったので尋ねてみた。
「一応騎士という事は一応は乗騎を持っているんですよね?」
「…………まぁ…………いちおう?」
なんか言いにくそうな反応だ。
「まさかとは思いますが使いこなせないとか?」
「うむ。そのまさかだ」
王族は戦場では旗騎として陣の後方に位置する。直属の騎士はその直掩騎に当たる。この時代の戦争は本陣奥まで踏み込まれるとほぼ負けなので護衛は外見重視の飾りが多い。殺されずに人質となり身代金と引き換えになるので丁寧な扱いを受けるからだ。とりあえず乗って動かせるよってレベルでも騎士と名乗れるのだ。それで自尊心もへったくれもないと思うのだけどそのあたりは感覚の違いだろう。
「だから貴殿のような優秀な男を部下に持ちたいのだよ」
そういって微笑みかける姿は妙にイケメンであった。
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「貴殿は槍術も嗜むのだな?」
戦闘訓練なども一通り終了し気が付けば八の刻を過ぎていた。汗や汚れを【洗濯】で落としていると姫将軍閣下はそう声をかけて来た。
「冒険者は討伐対象が大型生物ですので打刀では限界があります。それで習い始めたのです」
「その割には奇麗な型だったぞ」
「反復練習は得意ですし身体の使い方など元の武芸の技術が転用できますので素人よりかは…………お恥ずかしい限りです」
やはり槍は最高である。師匠に教えを乞うた際に師匠の槍術に辟易したものである。よく接近すれば槍なんてとか聞くけど達人がその程度を考慮しない筈はない。仮に打刀の間合いに入って押しているようでも槍の円運動による攻防は凄く隙あらばぶん殴られる。
「そうだ。実は気になったのだが聞いても良いだろうか?」
そう断ってから姫将軍閣下は感想を述べた。
「若い冒険者、恐らくほとんどが中原民族かな? ほとんどが軽槌矛や重鎚矛に円形盾という組み合わせの者と幅広穂長槍の使い手しか見かけなかったがあれには意味があるのか? 男の子は剣好きだろ?」
そうなのである。剣は騎士の象徴であったり物語の主人公なども剣を使う者が殆どという事もあって男の子は殆どが剣を使いたがる。
だが考えて欲しい。
剣は打刀ほどではないがきっちりと刃筋を立てないと同じ重さの鉄の棒にも劣る。そしてきっちり使いこなすにはかなりの訓練が必要なのである。
それが成人まで何ら訓練をしていなかった者がどうして使いこなせようか。若い冒険者の死亡する原因の一つが自分の技術にそぐわない武器を選んだことによるとある。
言い方は悪いがそれなら円形盾をきっちり構えて重鎚矛とかで殴ったほうがよっぽどマシである。格好つけるのはそれからでも遅くない。
槍に関しては戦闘補助要員だ。ゲームの中衛ポジションである。きっちりと武装を整えた前衛の後ろから長い柄の槍を繰り出し牽制するのが目的である。
そして飛び道具も定番の長弓などは教えていない。あれはかなり体を鍛えなくてはならないし使い物になるためにはかなりの訓練が必要だ。特に冒険者の戦闘距離での戦いにおいては矢は弾道が安定しない。
それなら軽弩でも使わせた方がマシである。冒険者が矢を雨のように連射するなんてないのだから十分なのである。
似たような理由で投石紐も教えていない。ただし希望者には狩猟用投石射出器は訓練させている。
そんな感じの説明を行うと妙に感心していた。
「そうだ、指名依頼を出すのでうちの領軍の教導業務をお願いしてもいいかい?」
そうお願いされてこちらも一つお願いする事にした。
「それは構いませんが、こちらも一つお願いがあります」
「何かな? 王族と言っても末席の王女が賜るような領地だから資金は多くないぞ」
「いえ、負担はないかと。うちの共同体の共同体拠点を用意したいので何処か手頃な土地を売っていただきたいのです」
そう言うと姫将軍閣下は一瞬呆けたような表情をした後に慌てて取り繕う。
「提供してくれではなく売ってくれ?」
「そう申し上げました」
貴族は怖いので変な貸し借りをしたくないからである。
「教導業務中は場所を提供するぞ」
「いえ、うちの共同体の主力層は異邦人です。彼らの結婚相手として元の世界の人種に近い日本皇国の女性を求めています。閣下のクリスチアン領は日本皇国に近いですよね?」
「…………近いと言っても間は緩衝地帯で赤肌鬼や豚鬼らがいるし距離にして50サーグ近くある」
徒歩なら7日、乗合馬車だと5日くらいかな?
「うちには魔導客車や魔導速騎や小型平台式魔導騎士輸送騎などがあります。その程度の距離なら朝に出て夕方には到着してますよ。拠点は希望者の常駐先にしようかと思ってます」
「依頼はこれから出すとして何時ぐらいにこれそうだい?」
その言葉に疑問が浮かんだ。印章が必要なはずだけどまさか持ち歩いてる?
「君はあまり交渉事は無かなさそうだ。表情に出ているぞ」
そしてこう続ける。
「貴族の指名依頼だ。当然印章が必要になる。今夜取りに帰れば済む事だ」
それは僕も理解している。そしてこう続けた。
「私は飛行魔導輸送騎を所有している。乗員名10名ほどの小型だけどね」
思わず絶句してしまった。王族だし持っていてもとは思わなかったけどまだ普及し始めのモノである。
「…………なるほど。それなら明日には受理するでしょうから早ければ5日後くらいには参上できるかと」
「そうか。では、私は帰るよ。あぁ見送りは結構」
そう言って颯爽と去っていった。
あまりに理不尽業務に心身ともにやられて更新どころではなかったです。




