564話 なぜ模擬戦?
なんか具合悪くなって納期がヤバくなって無理して働いて、終わったらまた寝込んでの繰り返しで気が付けば信念も半月経過していた。
外に出ると予想と反した光景であった。戦闘はしていた。ただし模擬戦のようであった。騒ぎの原因は見学者が大勢いたことのようであった。まるで剣闘士の仕合を見る観客のようであった。ここは共同体の敷地なので無論観客は構成員らである。
訝しみつつ人垣を分けて進んでいくと一人は完全武装した健司でありもうひとりはクリスチアン女男爵閣下、もといリリアンヌ・ティア・クリスチアン・ウィンダリア王女殿下通称姫将軍であった。
一体何があったのかと側の少年に問うと一瞬あれっといった表情をした後に経緯を説明したくれた。
共同体責任者に会わせろの一点張りだったのだけど、たまたま通りかかったフリューゲル師は相手の正体を察し招いたとの事であった。
そしてなぜか訓練を見学したいという話になり最初は大人しく見ていたのだけど気が付けば模擬戦に混ざっており今に至るという。
つくづく規格外なお人だ。
模擬戦は左利きの対戦相手との経験がない健司がやや押されている。[黄流闘術]は一撃が重い反面初動がどうしても片手剣より遅れる。そこをうまい具合につかれている感じだ。
そこは厚い装甲で往なして肩突撃で吹き飛ばして間合いを取り仕切りなおすのが定石だと思うのだけど…………。
一方で姫将軍の方はと言えば軽快なステップと肘と手首を使った間合いが長く軌道が読みにくく早い連撃、いわゆる【霞斬り】で翻弄しつつ所々で盾打撃を繰り出し健司の平衝を崩してからの体重を乗せた左の刺突を繰り出す。
健司はその一撃を辛うじて鎧の表面を滑らせて往なすあたりは流石に戦闘慣れしている。そこでお互いに一旦離れて仕切り直しとなるがどうしても健司の方が出遅れると言った感じである。
だが一限も続くと形勢は変わりつつあった。終始動きまくっている姫将軍の体力が心許なくなってきたのか徐々に反応が遅れてきたのだ。そこを大人しく見逃す健司ではない。
これまでの大振りの挙動から一転、予備動作がほとんど見えない刺突を繰り出す。[黄流闘術]唯一の刺突技である【雷迅】だ。
これまでの大振りに慣れていた姫将軍はモロに反応しきれず訓練用の胸鎧に食らい宙に浮く。訓練用の【高位威力減衰】が施された武器であの一撃で人が宙に浮くレベルだとすると普通なら即死である。
姫将軍は既に気を失っているようで背中から落下したまま動かない。胸鎧が大きくひしゃげており肋骨が数本は逝ったのではないかと推測される。
「あ、やべっ」
健司はそう口にだすと慌てて駆け寄ろうとする。流石にまずいので僕が飛び出し即座に胸鎧を固定する革のベルトを光剣で切断し即座に詠唱に入る。
「綴る、拡大、第五階梯、快の位、克復、快気、治療、修復、発動。【重癒】」
魔術は失敗することなく完成し姫将軍の呼吸が戻ってくる。
「解散、解散!」
僕は即座に散れ散れと野次馬たちをシッシと追い払いつつ健司を呼び寄せ二人掛かりで姫将軍を応接室まで運び込む。
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「わ、わたしは…………」
四半刻ほどして意識が戻った姫将軍に側に控えていたアルマがこれまでの話をする。ちなみに貴族の未婚の女性と二人きりとかだとあとで言いがかりをつけられる可能性があるので和花とアルマを同席してもらっている。
居住まいをただした姫将軍は予想外の事を口にした。
「私に剣を捧げてくれないだろうか?」
主と崇め忠誠を誓えというのである。てっきり結婚しろと迫られるかと思っていただけに驚いた。王侯貴族は優秀な者を一族に取り込みたがる。
「私は貴族教育を受けておりません。とても姫殿下の臣下には…………要らぬ恥をかかせてしまいます」
平民が貴族の作法を知らないので通常は丁寧な対応であれば不敬には問われないが臣下となると話は変わる。
僕は臣下となった場合のデメリットを語り姫殿下はそれを黙って聞く。
「ふむ…………。貴方は変わり者だな」
僕の意見を一通り聞いた姫殿下はそう言って暫し瞑目後にこう切り出した。
「では、名誉騎士はダメか?」
あまり断りすぎるのは高貴な人々の矜持を傷つけることになり非常に無礼な行為となる。これは貴族のごり押し交渉のひとつだ。断り続けていくとどんどん待遇が悪くなってきて最初に色よい返事をしておけばと後悔するパターンである。
「臣下騎士と名誉騎士の具体的な違いはなんでしょうか?」
実はいまいちよく分からないのである。
「臣下騎士は主を持つ騎士なのは判るな? 最下級の貴族に属し継承権も有する。一方で名誉騎士は実力や実績でのみ得られる名誉称号である。授けた主が亡くなるか当代限り有効だ。問題点は特にないだろう?」
臣下になった場合の最大の問題点は主の政敵は臣下の敵であり何もしてなくても嫌がらせを受ける事だ。嫌がらせ程度で済めば安い方である。ただし主は臣下を保護する義務もある。
たいして名誉騎士は後ろ盾として主の家名を利用できるが何かあっても主は保護はしてくれない。
アルマがそう付け加えてくれた。ただしと続く。
「何事にも例外はあります」
単に主が気に入らないという理由で嫌がらせされる可能性は少なからずあるというのである。ダメじゃん!
しかも主になにかあれば強制ではないが手を貸さねばならない。無視するかはそいつの良心と相談となる。
僕の場合はと言えば…………。縁のある人が困ってるとなれば手を貸すだろうなぁ…………。
だがメリットもある。王族である殿下の庇護下に入るので他の煩い貴族からの勧誘などはある程度抑える事が出来る点くらいだろうか?
大陸中の物流が集中する十字路都市テントスから離れて暮らすデメリットとどちらを取るべきか?
結婚を強いられるよりはマシと取るべきか?
僕はこう切り出した。
「名誉騎士を受けるにあって一つお願いを聞いていただけませんか?」
間抜けですが漫画のようにお姫様抱っこで運ぶには相手が重すぎます。あれ結構大変なんすよ。




