561話 道すがら
例の島には定期的に陸軍の残党勢が港湾領都ルードで建設作業をしているので彼らに公用交易語の習得とこの世界での常識などの擦り合わせなどを頼む事にする。そして僕は本来の目的であるハーンに会う為に元来た通路を歩いていた。
「師匠。酷いじゃないですか」
「何がだよ」
「彼らの事を事前に知らせてくれていたらやりようもあったのに…………」
僕はそう言って不服を漏らす。
「サプライズだよ」
迷惑系サプライズとか止めて欲しい。
「それで今後の事はどうするんだよ?」
露骨に話を逸らしてきたなと思いつつ当面は共同体の業務を手伝ってもらおうかと考えていると告げる。
「勿体なくないか? あいつらは最精鋭だろ? 言いたくはないが共同体の仕事は極論すれば誰でも出来る仕事じゃないか。勿体ない」
師匠の言う通りで小型平台式魔導騎士輸送騎に乗って移動し装甲歩兵を纏って荷物の積み下ろしをするだけの簡単な業務である。
それ故に共同体入りを希望する冒険者が後を絶たない。大して今回やってきたおじさんらは最精鋭であり全員が[高屋流剣術]の上伝を修めているし実戦経験もある。そのうえ銃器なども取り扱える。
「確かに勿体ないのですけど…………価値観の違いって結構根が深いんですよ。彼らにはまずはこちらの世界の価値観をきちんと受け入れてもらわないと絶対後で揉めると思うんですよね」
命の重さ、人権、恋愛と結婚など結構感覚が異なる。
こちら世界では恋は遊び、結婚はビジネス。愛は育てる物であって勝手に生えるものではないなど感覚が結構違う。結婚したい相手の条件も容姿は結構優先度が低い。美形と付き合うのは自らを彩り飾り立てる装飾品の感覚に近い。結婚に関してはそもそも他人同士が完全に分かりあうとか不可能なんで互いを尊重しあえば愛は芽生えるという考えだ。
ただし浮気には厳しい。神の前で誓約する以上それを破った時は悲惨である。一応抜け道は存在するがそれもあくまで遊びであるまたは性欲を満たす為という条件が付いた場合だ。
愛と性欲は別という考え方らしい。
正直言えば僕もパートナーの愛は独占したいし独占させたい派なんで中々気持ちに折り合いがつかない。
「ところでウィンダリアの姫将軍とか有力者に目をつけられたが何の犠牲もなく逃げきるのは難しいぞ」
この犠牲はなんの事情も知らない共同体拠点の従業員らである。彼らは十字路都市テントスから離れたがらないだろうからみんなで逃げればいいとはならない。
「どこか良い土地はないものですかね?」
「ここ以外はちょっとな…………」
良い土地は既にどこかの王国に組み込まれているし国を興すにしても人材は必要だし王となった場合には自由に動く為には権力基盤を安定させなくてはならない。初代はそこに注力せねばならないので自由などない。人は力を持つとそれを行使したくなるし、それが権力となると特にである。ゲームのコマのようにひたすら仕事だけして悪さしない奴とか稀有な存在である。
「自由でいたいので王や貴族とかは御免被りたいですね」
「それでほとぼりが冷めるまで雲隠れするのか?」
「マズいですか?」
「悪いが健司は器じゃないしおっさんたちも健司の下で頭を下げるのをよしとはしないだろう」
「僕も帝王学とか学んでませんよ?」
「それでも父親を見て育ったろ?」
そう師匠に言われてしまうと確かにとも思ってしまう。健司は優秀だと思うが二等市民である。人の上に立つものの心得とかあまり縁がないだろう。でもあいつは結構器用だからそれなりに熟せる気もするんだけどなぁ。
「樹にとっての理想的な展開を求めるなら雲隠れして終末戦争に関与せず終わったらひょっこり出てくればいい。世界情勢は大混乱の最中で戻ってきたところで構っていられないだろう」
「師匠は今回も同じ結末になると?」
ウィンダリア王国などは七賢会議の支援で対策を練っているだろうし難敵があらかた滅んだ戦後の世界で大陸征服でもするのだろうか?
「このままなら連中が考えるような未来は来ない。恐らく前史文明と同じかそれ以上に酷い結末になるだろう」
師匠は迷いなく言い切った。
前史文明も乗り切ったものの多くのものを失った為に二百年近くの暗黒時代へと突入したのである。まず中原は地下にある管理装置によって、街道、土壌、水質、天候に至るまで管理されている。これが失われた。反動で天気は荒れ土壌はやせ細るなど混乱をきたした。
次に組合などでお馴染みの板状器具などを用いた管理が出来なくなった。奴隷と市民と自由民の管理が出来なくなった。
さらに便利な預金口座が死んだ。多くのものは現金をあまり持たず口座取引をしていたので一気に財産が目減りした。貨幣は偽造防止処置が必要で自動工場で生産されている都合であまり多くないうえに新しい貨幣の発行もできない。偽造硬貨は製造、所持、使用は即刻死刑である。
更に自動工場の停止に伴いこれまで当たり前に使っていた便利品などが高騰する。ただし貨幣もあまりないので物々交換などになる。あとは欲しいものは力で奪い取るである。
日本帝国人のように幼少から公私の区別や集団行動などを叩き込まれていないこの世界の住人は隙あらば自己優先で動くし犯罪に手を染める精神的な敷居も低い。
結果として略奪暴行が横行し力が正義な暗黒時代が当面続く。これまで例外なくそうであった。
「管理装置を守れないのですか?」
「防衛はするだろうが守り切れるかは微妙だ」
僕の問いに師匠は渋い顔でそう答えた。管理装置本体の他に無数の中継基地で成り立っており前史文明の崩壊後は南大陸や裏大陸の中継基地などは未だに復旧していないという。僕らが活動するアルム大陸ですら中原以外は最低限の機能しか回復していなかったのだそうだ。
そこで考えた。雲隠れしている間にそれらの施設を防衛するのはどうだろうかと。
そう師匠に相談したけどヤレともやるなとも言われなかった。恐らく超越者の干渉に当たるのだろう。
隠れてこそこそと動くなら最高性能の装備が欲しい。そうここで生産できる装備がだ。やはりハーンに話を聞くしかないようだ。
もう一話いけるか?




