560話 思うようにはいかないものだ
年内にもう一話くらいいけるか?
今年は9連休とか言われてたけど蓋を開けてみたらほぼ毎日仕事確定であった。
コインが石畳に落ちたと同時に安住氏が飛び出す。打刀の位置から【雷槍】で間違いない。もう少し工夫しろと言いたい。僕は加速している脳内でそんな事を思っていた。安住氏の動きはまるでコマ送りのようにもったりとしている。体感時間で考えれば串刺しされていただろうくらいには経過していた。ゆっくりであるが切っ先が迫ってきている。しかしナチュラルに恩恵の思考加速が発動したあたり安住氏が優秀な使い手であった事は間違いない。
直前まで待ちたいが人間様は雑魚なので初動から最大速度に達するまで僅かに時間差がある。瞬きひとつの間も惜しんで回避行動を始める。
安住氏の神速の刺突が僕の身体を貫く。
彼にはそう見えただろう。その瞬間、彼の両手は石畳に転がった。事態が読めない安住氏が呆けて失われた両腕を見つめる。
その瞬間血飛沫が石畳を真っ赤に染めた。
想像を接する痛みに叫び散らす安住氏に師匠が即座に【重癒】をかけ出血をとめ傷を塞ぐ。痛みが引いていくのにはまだ時間がかかるだろう。
安堵した途端にどっと疲労感が襲ってきた。
切っ先が迫る中で僕が選択したのは【残身】であった。安住氏は刹那の瞬間、僕を串刺しにしたと勘違いしただろうけどそれは僕の残像である。
もっとも人間が音速以上で動いて残像を残すなんてありえないので接近戦の視野の狭さが見せる錯覚である。それでも肉体にはかなりの負荷がかかるため多用は出来ない。
残像を貫いたと思った瞬間、僕は抜刀術の奥義のひとつである【飛燕二閃】を繰り出す。
神速の斬撃が真横から安住氏の右腕の肘から先を斬り落とすとほぼ同時に左腕の肘から先を斬り落とす。
僕は苦痛に喘ぐ安住氏を黙って見下ろす。
「満足ですか?」
痛みが和らいできたのか大人しくなった頃を見計らってそう声をかける。返事がない。どうやら気絶しているようだ。決着こそ一瞬であったが正直言えば普通に強かった。安住氏が僕の実力を二年前のものを基準に過小評価していなければ本気を出さなければならなかった。それはすなわち殺す気で殺るという事だ。
技そのものを加減したつもりはない。相手にこちらの実力を見せて分らせることが目的である以上は最高のパフォーマンスを見せる必要がある。ただし殺しては意味がない。
安住氏の同僚らが駆け寄り無言で彼を起こすと安住氏より若い人物、確か…………神楽家、所謂十家の直系の三男だっけかな?
「御館様。実力を試すようなことをした我らの非礼をお許しください」
そう言って頭を垂れるのである。
こういうの慣れてないんだよね。人の傅かれる事に慣れていない。
「元の世界でのしがらみはここでは不要としましょう」
そう一言断ってから僕らの現状を話していく。そのえうで父の遺言ではなく自分の意思で進退を決めて欲しいと告げる。自分は人の上に立つ器ではない。なんせ帝王学を受けていないのだからね。婿養子として花園家、美優に入り婿になる事が決まっていたけど何の権限もなく単なる種馬である。
何やら話し合いを始めたのでぼんやりそれを眺める。程なくして全員が言う波津久と僕の方を見る。
「我ら一同、御館様の向かう先が我らの向かうべきところです。何なりとお申し付けください」
代表としてそう宣言したのは侍従長の高遠である。
元の世界の日本帝国は象徴天皇制として国家元首としつつも実権はなく政治的実権は十家が握っていた。彼らの価値観は上位者に仕えそこで自身の力を振るうのが当たり前となっている。
「だから僕は――――」
「御館様が平穏を望みそれを邪魔するものがあれば我ら一同、盾となり剣となりましょう」
どうやらダメらしい。
師匠の方に目を向ける。目があうと「諦めろ」と言われてしまった。
「お前は力を見せすぎたんだよ」
そう付け加えた。今回の対応は辛勝で終わらせて彼らに失望を植え付けるのが正解だったのかな?
こうなってはもう腹をくくるか逃げるしかないわけだけど数年とかの短期なら人里から離れてひっそりと隠れ住む事も出来るだろうけど一生その生活が続けられるというビジョンが見えない。
そうなると独立するか? それとも例の話に乗るか?
でもなぁ…………。
望まない結婚だけはしたくない。それなら独立を目指したほうがマシかな?
勝手に決めて怒られるのも嫌だし相談するか。
恩恵は基本時に本人の意思では発動しない。
当作品では居合は納刀状態で行う迎撃の技、抜刀は抜いた状態で行う攻撃の技という解釈になっています。
【残身】緩急を利用してほんの一瞬だけ対象に残像を斬らせる。
【飛燕二閃】神速の抜刀術で初撃はほぼ認識できないレベル。返す刀でもう一撃。




