557話 今日は何かおかしい
「俺の名はファールムハイト子爵が三男オーキスである! 【天位】持ちの貴様との一騎打ちを所望する!」
全身甲冑に方形盾を持ち腰に片手半剣を吊るした人物はそう叫んだ。声の感じから若い男だと思われる。
貴様呼ばわりか…………。
見たところ騎士の正統派剣士なスタイルに見える。貴族の三男って基本的に成人すると世俗騎士扱いになるんだけどようするに一般人なんだよね。ここで名を売って栄達しようって腹積もりなんだろうけど。
僕は所用で外出しようと敷地を出た所であった。ちなみに本日はなぜか決闘の申し込みが多くこれが五件目である。正直うんざりしていた。
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それは夕刻であった。結局あのあと更に四人も決闘とか言い出してきたので、さっさと退場してもらった。様々なタイプの戦士が挑戦してきており流石にもう来ないだろうと思ったら――――。
「あんたが【天位】のタカヤだね。私と手合わせ願おう」
そう言ってきた人物は珍しい事に女性であった。短く刈り込んだ赤毛で独特の模様が映る硬革鎧、恐らく以前討伐した成竜の皮をなめしたものだろう。それだけでもかなりの富裕層であることは間違いない。娘を戦士に育てる人は多くない。恐らくそれなりに家族が多い家で政略的にも価値の低い末っ子とかだろうか?
年齢はこっちの水準で15,6歳かな。右腰にやや細身の長剣を下げている事から珍しい事に左利きのようだ。普通は右利きに矯正されるからだ。
右腕は腰に手を当てているが刃留めがちらりと見えた。
速度重視の剣士なのは間違いない。ぱっと見で分かりやすい隙は見当たらない。今日遭遇した九人りよかは手練れのようだ。
しかし断る事にする。手加減のできる得物がないのだ。
「生憎と手ぶらなもんで応じられないかな」
「腰のそれは得物ではないのか?」
「手加減できないし…………」
そう言った途端赤毛の女は激高し長剣を抜いて斬りかかってきた。
感情任せのなんの特徴もない力任せの一撃であった。するりと右手を伸ばし赤毛の女の左手首を掴むと手前に引くと同時に軸足を払う平衝を崩して派手に転ぶ。本来は関節を極めて投げるのだけで流石にそれはやりすぎかと思い転ばせたのだ。
そのまま素早く赤毛の女の無防備な背中を踏み付けると腰の光剣に手を伸ばそうとした瞬間――――。
どこからか発砲音と共に自動防御で発動する【防護圏】がそれを受け止めた。
【防護圏】はガラスが割れるかのように砕け散るが弾道が逸れ石畳を穿つ。
射撃位置はすぐに分かった。魔闘術の【鷹目】で視力を強化すると37.5サートほど離れた所に鎖閂式小銃を構えた男が居た。
この赤の帝国の竜騎兵から鹵獲した奴だ。鹵獲品はこの十字路都市テントスの魔導機器組合に引き取ってもらった。自動工場で量産したとしても王国の精鋭部隊に配備が先だろうからそれなりの力を持つ貴族コネで手に入れられる身分という事か。
最低でも伯爵の子弟という事になる。
「一騎打ちを所望し自身が不利になれば部下に狙撃ですか。お話にならないですね。命までは奪いませんのでどうお引き取り下さい」
もっともここは結構人が通るので多くの者が彼女の醜態を見た訳だけどそれはこちらが気にしてあげる必要はない。
言うだけ言うと僕は南地区の駅舎へと向けて歩き始める。実は大陸縦断鉄道の他に十字路都市テントスの外壁地区を周回する環状鉄道が開通したので見学に行くところなのだ。
「ま、まて…………」
立ち去る僕に赤毛の女が呼びかけるが無視である。正直でなおして来いと言った心境である。
その後も何か叫んでいるが右から左であった。
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「魔導列車じゃないのか…………」
駅舎に付き開通したという鉄道を見た最初の言葉がそれであった。そいつは8両編成の蒸気機関車鉄道であった。
この世界は過去の技術を再生する事に躍起な歪な技術ツリーの世界なので噴孔推進機関があるのに今頃になって蒸気機関なのかって気もするけど公共機関として実用化に漕ぎつけられたという事だろう。
回転羽根推進器や噴孔推進機関はまだ一部の富裕層向けの趣味の域を出ていなかったからね。
鉄道は右回りと左回りとあり三の刻から半刻おきに九の刻まで走る。
この都市は外壁までの直径が25サーグもあり線路は一周70.75サーグあるのでそこそこ時短になるのではないだろうか。車輛構成は先頭が機関車でその後ろに4両ある旅客車は壁面に沿ってベンチタイプの椅子がありつり革まであるので詰め込むだけ詰め込むつもりだろうか?
残り3両は貨車であった。これで冒険者向けの輸送代行業務にも変化が出そうである。
運賃は一区間で中銀貨である。意外と安い気がする。ちなみに一区間は4サーグ前後だ。
時間も遅いので今日は眺めるだけで帰る事とした。
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共同体拠点が目と鼻の先まで迫った時だ。反対側から和花とアルマが歩いているのを発見した。声を掛けようとした時、嫌なものを見てしまった。
燃料式街灯に照らされた赤毛は非常に目立つ。あれからずっと入り口で待っていたのだろうか?
赤毛の女の横にひとりの男が座らされている。足元に鎖閂式小銃が置いてある事から狙撃手のようだ。
和花たちも気が付いており怪訝そうな表情で眺めつつも入り口で僕を待つ。
「ふたりともお疲れ」
走り寄って声をかける。和花は魔術師組合に報告書の提出、アルマは審議官として出向いていたのだ。二人は仲が良いのでどこかで待ち合わせしてたのだろう。
「ただいま。ところで――――」
そういう和花の言葉を遮るように僕は二人の背を押して敷地へと入る。
少し離れた所で掻い摘んで何があったか説明した。心なしかアルマの表情が固い気がする。
「警備に追い払わせる?」
僕の不快な気分が伝わったのか和花がそう提案してくれた。
「それも――――」
そう言いかけた時アルマがこう言った。
「あの方はリリアンヌ・ティア・クリスチアン・ウィンダリア王女です」
ん?
王女?
僕の中にある王女のイメージと食い違いすぎて違和感しかなかった。
「あ。姫将軍か!」
先に気が付いたのは和花であった。なるほど姫将軍か。
あれ?
まてよ…………。
「もしかして僕って不敬罪で処されるん?」
貴族社会では男爵や子爵の大半は伯爵以上の寄親を持ち何かあれば寄親に頼る。それせいか半端もんの貴族として伯爵以上の者には下級貴族呼ばわりするくらい雑魚扱いである。




