556話 模擬戦
「話って?」
先を歩く健司に問うがそれを無視し稽古場へと入る。
「まー、まずはちょっと身体動かそうぜ」
そう言うと収納箱に仕舞ってある訓練用の木刀を取り出し投げ寄こす。それを受け取り数度振って感触を確認する。
健司の方も訓練用の鋼硬木製の大剣を取り出し上段に構える。習得している[黄流闘術]の基本的な構えだ。僕は正眼に構える。うちの流派の基本形だ。
特に始めの合図もなく唐突に健司が[黄流闘術]の歩法【速膝】でぬるりと間合いを詰めてくる。人間は動き出す際に上下にブレる。歩法はこれらのブレを最小限にする。それによって目の錯覚で瞬間移動したかのように相手には映るのだ。
上段から大剣が振り下ろされる。[黄流闘術]の中伝技である【斬破】だ。一撃必殺な流派故に初撃から鋭い一撃が来たが僕は焦らず半身をずらし【刀撥】で打撃を往なす。剣筋が逸れ床を大きく叩く。僕は切り返して隙だらけの脇を目掛けて――――。
そのとき振り下ろして僅かな硬直のあった大剣が跳ね上がり斜め下から僕を襲う。初撃が外れて無防備になった際の切り返し技である【昇斬破】だ。これを身を捻って避ける。
避けながら不安定の姿勢で片手で三連撃を繰り出すが硬直した健司に命中するも硬い板を叩くような感触であった。防御技の【剛身】である。筋肉という鎧で受けた打撃の威力を削ぐという技である。
「研究してるなぁ」
思わず呟いてしまった。流派が分かると攻撃の組み立て方などが分ってしまう為それ用に対策をされると結構面倒なのである。そうは言ってもそれなりに技量を必要なので日々の鍛錬の賜物だろう。これは気を引き締めないと喰われるなと判断しギアを一段上げた。
滑るように動き左手を狙って一撃繰り出し受けられると滑るように死角へと移動し膝を狙って一撃を繰り出す。これもギリギリで防がれるとさらに死角へと移動し一撃を繰り出す。以前に比べて防御技術が上がったのか上手い具合にこちらの攻撃の軌道に大剣を割り込ませてくる。
大きな武器は振り回してこそ脅威であるが守勢に回ると途端に不利になる。初動が遅くなるので出だし潰されると持ち味が殺されるのだ。幾度か攻撃を防がれるもののそろそろ健司の目も横移動に慣れてきた事だろう。ここで僕は動きを変える。
こちらの攻撃の軌道に大剣を差し込まれる瞬間、鋭く軌道を変える技【雷刃】である。平衝を崩しながら必死に身体を捻って避けるとほぼ死に体であった。足掻くように大剣うを振ろうとするので速度が乗る前の大剣刀身の横っ面を蹴飛ばし完全にガラ空きになった健司の脇腹に鋭い一撃を入れる。
打刀であれば致命傷であっただろう。幾ら痛みに耐える訓練をしたところで限度というものがある。
倒れて脇腹を押さえて苦悶の表情を浮かべる健司に近寄り詠唱を始める。
「綴る、拡大、第二階梯、快の位、克復、快気、治療、発動。【軽癒】」
詠唱が完了し程なくすると表情が戻り大丈夫だと手で制するので僕は立ち上がって健司が起き上がるのを待つ。
「いや~もうちょっといけるかと思ったんだけどな。まだまだだわ」
「今回は軽装だったしね。うちの流派は対人戦に特化してるからね。どうすれば人間の戦闘能力を削げるかに関してはね」
そう言って先ほどの模擬戦の評価を始める。防御技術を褒めつつ決定打となった【雷刃】の対応について解説する。
あの技は急激な攻撃軌道の変更で体重が乗っていない手打ち状態なので一撃が軽く厚い防御力があればわざと受けてこちらの攻撃を止めて体制を整えられたであろうと説明する。
漫画じゃあるまいし骨に罅が入っても大したことないとか僅かな切り傷でも平気とかはあり得ない。小さな傷でも数が増えれば確実に戦闘能力は落ちていく。
本来は重装備の健司の場合はあの場合はあえて打たれてそのまま反撃が正解であった。
もっとも完全装備だったらこちらも攻撃の組み立てを変えていたんだけどね。
「んで、話ってなにさ?」
「今回の件で樹が行方不明って事になる訳で俺が代理人として共同体長となるだろ。樹に来ていた話が俺に来た場合って受けていいのか?」
「健司が望むなら構わないでしょ。連中は強大な力を持つ共同体を取り込みたいし、健司も貴族となる条件は満たしているんだから。ただ――――」
貴族教育が面倒ではあると付け加えておく。
「あ~あと、女性関係は整理しておいてね。妓館通いは許されるけど結婚すると奥さんの許可なく他の女性と通じると斬られるよ」
「斬られる? 何が?」
「ナニを」
一瞬沈黙する。
「結婚は神の前で行われる契約なので破ると碌なことがないよ。そこだけは注意してね」
重婚は許されているがそれは家人全員の同意が必要だ。ビジネスとして割り切る人もいれば愛情は独占したいという人もいる。
抜け穴として契約奴隷や妓館を利用するという手はある。ここで奴隷制度が生きてくる。人権がないので浮気ではないという理論だ。自家発電ですって言い訳が通るのである。
「詳しくは法律関係にも強いメイザン司教かフリューゲル師に相談すると良いよ」
「分かった。ところでだけど俺の実力ってどのレベルだと思う?」
そう問われて少し考える。
騎士としてはあまり訓練していないが普通の騎士くらいはあるだろう。戦士としてなら対人戦に限れば中の上くらいだと思う。うちでは健司に対人戦を求めなかったのでこれは仕方ない。今後の鍛錬次第だろう。生活魔術が使えるし限定的に精霊魔法も使える。控えめに言っても優秀ではないだろうか。
容姿もこっちの女性の好みに合致する、そのうえ稼げるし貯蓄もあると思われている。まー貯蓄は妓館で結構消えてるみたいだけど。
実際のところ健司はモテる。この上で地位まで手に入れれば抱いてくれと股を開く男女は二桁ではきくまい。
「男は流石になぁ…………」
僕の総評を聞いた健司がそう漏らす。
「ところで行方不明中はこっちには一度も顔を出さないのか?」
急に話題を変えてきた。
「超大型の白鯨級潜航艦が使えないから中型の逆戟級潜行艦の内装を居住スペース優先に改装して足代わりにするつもりだから補給でちょこちょこ顔出すつもりではいるよ」
白鯨級潜航艦は共同体の人々を例の島に逃がすのに待機させなければならないので長時間運用を想定していない逆戟級潜行艦の出番となったのである。
それから細かい打ち合わせなどを行い別れる。そーいえば健司が付き合っている女性って専属受付係の
マクファイト伯爵令嬢以外は知らないんだよなぁ。
刺されないといいんだが…………。ゲームじゃないから普通に刺されたら死ぬからなぁ。




