幕間-63 破滅への添加物
そこは鬱蒼とした森の奥に佇む蔦に覆われた古びた館であった。
結社と呼ばれる魔術師至上主義者たちの隠れ拠点のひとつである。彼らは想定外の出来事で追い詰められていた。
自らを知恵者などと嘯くものも多くいた組織のなんと皮肉な事か。
とある強力な魔法の工芸品を入手した代償としてその魔法の工芸品を守護する真銀魔像に襲撃を受け次々と拠点を手放す羽目になったのだ。
真銀魔像の追跡は執拗で短くもない逃亡生活で多くの研究成果と研究施設と下僕と同志たちを失っており生き残った僅かな者たちも再建は絶望的では思い始めていた。
手に入れた魔法の工芸品は非常に強力はもので魔神魔術の奥義を使用するのにどうしても必要なモノでありおいそれと手放せる代物ではなかった。
だが果たして組織を壊滅的打撃を与えてまで必須であったかは疑問も残る。
拠点の地下へと降りていくと無数の蠟燭の明かりが灯された室内であった。
石造りの床には複雑な魔法陣が描かれており中央には成人間近のほぼ全裸の美しい少女が寝かされていた。
魔法陣の周囲には頭巾を深々と被った長衣姿の男たちが一心不乱に詠唱を繰り返している。
髭を蓄えた老齢の男が魔法陣へと歩み寄っていく。その手には儀式用短剣が握りしめられている。
老齢の男は全裸の少女の前に立つと長杖、組織に壊滅打撃与える原因となった[魔神支配の長杖]に持ち替え詠唱を始める。
「綴る、召喚、奥義、第十階梯、招の位、――――」
それは術式などが効率化されておらず長い詠唱であった。一限。二限と続き次第に老齢の男の額に玉のような汗が浮かぶ。そして詠唱は長く八半刻にも及んだ。
「――――、発動。【魔神王召喚】」
老齢の男は魔術の完成の手ごたえを感じた。触媒となった少女に異変はない。あとは――――。
[魔神支配の長杖]を投げ捨て儀式用短剣を逆手つと膝をついて奴隷との間に産ませた自身の血を引く娘を眺める。特に愛情のような感情は湧かない。所詮は触媒として血のつながった娘が必要であっただけであった。
「悲願達成のための礎となれ!」
老齢の男は少女の心臓目掛けて儀式用短剣を振り下ろす。
狙い違わず儀式用短剣は心臓を貫く。これで魔術は完成となる。
儀式のために昏睡させられていた少女は一度だけビクンと震えると動かなくなる。
身体が冷たくなっていき程なくすると死んだはずの少女の瞼が動く。
「成功だ!」
それをみた周囲で儀式の補助をしていた同胞の誰かが叫んだ。老齢の男も様子を見るために立ち上がり一歩下がる。
少女は胸に儀式用短剣を突き立てられたままむくりと上体を起こす。
その顔には表情は抜け落ちていた。周囲を一瞥すると立ち上がり儀式用短剣を引き抜き投げ捨てる。
カランという音が鳴り響き歓喜に包まれていた魔術師たちが少女に注目する。
魔術は成功し少女の肉体に魔神王が宿った。魔術の影響で魔神王は術者に服従する事になる。その為に血を分けた娘が必要だったのだ。娘はそれだけの為の存在であった。
老齢の男は早速命じる。
「魔神王よ。我らが仇敵を討ち滅ぼす為に力を貸せ!」
「…………」
しかし少女、魔神王は無反応であった。
「聞こえていないのか?」
そこで老齢の男は思い至る。魔神王に公用交易語が通じるはずがなかった。嬉しさのあまり失念していたのだ。
「跪け」
高圧的な口調で下位古代語で命じた。
「…………」
「どうした? 跪け」
老齢の男は再び命ずる。
少女、魔神王は徐に右手を振り上げる。いつの間にかその手には少女が持つには大きすぎる漆黒の大剣が握られていた。
行動の意味を理解できない老齢の男たちをよそに重さがないかのように片手で漆黒の大剣を振り下ろした。
「な、なぜ…………」
漆黒の大剣は老齢の男の肩口から入り腹部まで易々と切り裂いていた。僅かに遅れて血飛沫が上がる。
老齢の男は理解できなかった。触媒たる娘を生贄に捧げ魔術も成功した。一体どこに不備が?_
しかし答えは出ぬまま老齢の男の生命活動は停止した。
結社の魔術師たちは金縛りが溶けたように慌ただしく動き始めた。
中には「もうだめだ」と嘆く者もいた。まずそいつの首が宙に舞った。
残った魔術師たちは慌てて一つしかない出口へと殺到する。そのとき階段の上から何かが勢いよく突っ込んできて入口に殺到していた魔術師らに激突する。
吹き飛んできたのは上で見張りをしていた低位の魔術師の下半身であった。
階段から金属音が響く。
後ろでは魔神王が軽々と大剣を振るい同胞らがひとりまたひとりと命を散らしていく。
入口近くにいた魔術師は見た。自分たちを散々追い回してきた真銀魔像を。
そこからは地獄であった。真銀魔像に殴られ挽肉となるか魔神王に首を刎ねられるかの二択だけだった。
一限もしないうちに命あるものの反応はなくなった。
真銀魔像と魔神王は暫し見つめあると同時に動き出す。
真銀魔像の拳が少女の肉体を貫く。しかし出血はない。少女、魔神王の左手が真銀魔像にの頭部に触れると小声で少女が呟く。漏れ聞こえる音は上位古代語であった。
程なくして真銀魔像は動きを止め力なく倒れる。少女を貫いた腕がずるりと引き抜かれるが穴があるだけで出血などは見られない。その穴も程なくして傷ひとつない肉体に再生する。
再び少女は上位古代語を呟くと真銀魔像は起き上がり恭順の姿勢を取る。
少女はニヤリと厭らしい笑みを浮かべると再び上位古代語を呟くと儀式部屋のあちこちに魔法陣が現れそこから屈強の魔神将らが出現してきた。
魔神将らは王たる少女に恭順の意を示す。
人類の敵たる結社という組織が潰れたが世の中には終末のモノ、白の帝国、紅の帝国、謎の死者軍団と暴れておりそこに新たに魔神王の軍勢が加わる事になる。
老齢の男は知らなかった。確かに魔術は成功した。しかし生贄の少女と血縁関係はなかった。奴隷の女は別の男と関係しており娘はその男のとの娘であった。




