幕間-60 召喚された者のその後⑳
忙しすぎて気が付けば9月に突入しておりました。
迷宮を出る際に主なし奴隷を回収したと告げるとすんなり通してくれた。
ただし奴隷商人のところへは行かずに拠点へと戻る。高屋くんらに丸投げしようと思ったのだ。
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「――――という訳なんだよ」
共同体拠点に戻ると高屋くんが既に来ていたので奴隷紋の男は身綺麗にしてもらうべく使用人見習いの子供らに預け事情を話し終えたところだ。
全てを聞いた後高屋くんは溜息をついてしばらく沈黙が続く。そして徐に口を開いた。
「同じ年の佐藤君にこんなことは言いたくないけど、借金奴隷って立ち位置で人権がない事をいいことに無責任な事をされても困るよ。立場的に佐藤君の不始末は契約上の主人である僕が追う事になる訳だけどこういう事をされると二束三文で売り払ってもいいんだよ?」
この世界の奴隷は思っている以上に辛くない。辛いのは処分奴隷とか犯罪奴隷の類だ。
なんせ貧しいから奴隷になるかって人もいるくらいである。
ただ主人の不興を買えば二束三文で売り払われることもある。それだって主人に迷惑をかけたとかだ。基本的には双方が合意の下で契約した業務以外は従う義務がない。迷惑かけなければ三食昼寝付きである。もっとも贅沢言って契約を拒み続ければ処分奴隷堕ちもあるからほどほどで妥協しなければならない。
今回の俺の行いは遺失物等横領罪にあたる。主なし奴隷の持ち主は奴隷商人たち、この場合は組合である。
因みに罰せられるのは高屋くんだ。そりゃ怒るわな。捕まると科料として横領したものの価値の一割を取られる。たぶん高屋くんの懐事情であれば微々たる金額だ。大したことないし許せと思わなくない。
「事情は分かったけど同じ日本人として放っておけないという事なら佐藤君が買い取るかい? もちろん借金が増えるわけだけど」
そう提案されてそれも悪くないかもと思い始めた。前衛としてもう一人くらい欲しかったんだよ。それにハーレム王とか言われるのも地味に嫌だったんだ。中世的な容貌の美男子が加わることでそれらも払しょくされるだろう。
そんなわけで二つ返事で了承した。俺が謝金する事で妙な人間に酷使されるよりはマシだろう。
「なら手続きを済ませよう」
そう言って高屋くんは立ち上がるとタイミングよく美男子君が身綺麗になって馬鹿さんに伴われて見ってきた。ただ馬鹿さんの表情が微妙な感じが妙に気になる。
彼を一目見た高屋くんはほんの一瞬だがニヤリと悪い笑みを浮かべる。何を感じたんだ?
「何かあったのか?」
「いや、別に」
高屋くんに問うものの素っ気なく返されてしまった。
高屋くんを先頭に俺、美男子君、馬鹿さんと馬車に乗り商人組合の奴隷商人部門へと出向くのであった。
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「――――これにて再登録終了となります」
契約の内容は大主人を高屋くんとし主人が俺となる。基本的に俺の仕事を手伝うのが彼の役目だ。彼は結構高値がついており俺の借金に金貨170枚が加算された。これには前の契約で封じられていた声を取り戻した分も含まれる。
今の稼ぎだとどれだけ返済にかかるやら…………。もっとも死ぬまでに返済できればいいのだ。軽く考えておこう。
「その…………なんといって良いか…………ありがとう」
これからは俺の風よけとなる新しいハーレム王王となる美男子が礼を述べ頭を下げる。
それに対して高屋くんは「こっちの世界で犯罪を犯さずにきちんと仕事さえ熟してくれればいずれ開放してもらえる。佐藤くんがね」
美男子君の声は思ったよりキーが高い中性的な容姿と相まってモテそうだ。
「そういえば名前は?」
「…………」
「聞こえないんだけど?」
「…………」
「ん?」
「笑わないで欲しい。ボクの名前は已己巳己巴と言います。已己巳己が苗字です」
言いにくそうにしていたのは個性的過ぎる苗字だったからだろうか? 別に珍しいというだけで良いじゃないか。
ちらりと馬鹿さんを見る。あの子も絶対幼少期に虐められていたと思うんだよなぁ。子供は残酷だからねぇ。
でも男で名前が巴か。女みたいな名前だなとか口にしたら修正されてしまうのだろうか?
高屋くんは特に名前には反応を示さず彼にここへ来た経緯とこれまでの事を尋ねている。
巴くんがぽつぽつと話し始めた内容を要約すると、部活をしている最中に突然召喚されたようである。そして定番の「よくぞ参った。勇者よ」って事で支度金を渡され放り出されたとの事。
その支度金も金貨1枚。最低限の武具と装備を買ったら殆どお金が残らない。
俺より酷くないか?
未曾有の危機という話と日本語をはしている筈なのに意思の疎通がきちんとできている事となぜか武具の扱いを理解していることなどからこれは夢ではないのだと理解したのだとか。
その後はあまり大きくない町を出て移動中に真っ赤な巨大な蟻に襲われ意識を失い気が付いたら奴隷にされていたという。
あとは冒険者編成に加わり迷宮内で犯罪行為である同業者狩りを強いられていたのだ。
喋れなくなったのは反抗的であったからだという。普通の日本人であればそりゃ武器持って人殺しとか忌避感凄いだろうしなぁ。
高屋くんがこの世界での事を説明し終えると気が付けば十一の刻を過ぎていた。一通り説明を終え分からない事があれば馬鹿さんに聞くと言いうと告げると高屋くんは帰るという。
そんな高屋くんに馬鹿さんが紙の束を差し出す。あれは技能付与の経過観察の報告書だ。高屋くんはこれを取りに来たのである。
「大変だと思うけど徐々に慣れていって」
最後に已己巳己くんにそう言って去っていった。
「ところで已己巳己くんの部屋はどこにする?」
これから仲間となる彼にも個室をと思って側にいた馬鹿さんに尋ねる。彼女は高屋くんからこの共同体拠点の管理を任されている女主人なのである。
ところがなぜか馬鹿さんと已己巳己くんは微妙な表情をする。
「俺、何かおかしなこと聞いた?」
さっぱりわからない。
「まさか分からなかったんですか? 已己巳己さんは女の子ですよ?」
「は?」
だってそこそこ筋肉ついてるし胸部装甲はまな板だし声だって…………。
「喉仏もないですし、それに骨格で分かりませんでした?」
「分かる訳ないよ!」
そう食い気味に返すと馬鹿さんはやれやれといった表情する。
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