幕間-59 召喚された者のその後⑲
足早に移動を始めて邪魔な迷宮産の赤肌鬼や大型の昆虫や巨大鼠などを斬り伏せつつ元来たルートを進んでいく。そして気が付けば最重要警戒地点の近くまで来ていた。目の前の角を曲がって少し歩くと待ち伏せされている可能性があるのだ。
斥候として先頭を進むクロニーがピタリと立ち止まると振り返る。
「明かりを消して下さい」
言われた通り燃料角灯持ちの馬鹿さんが燃料角灯のシャッターを下ろすと周囲は薄暗くなる。どういう原理か迷宮はかなり暗いものの僅かながら明かりがある。
暗がりの中、俺らは小休止をする。これは目を暗がりに慣らす事と覚悟を固める為だ。悪党かもしれないとはいえ人を殺すことに抵抗がない訳ではない。 気持ちを切り替えないと躊躇しそうだと思ったのだ。高屋くんですら未だに人を斬るのはねぇとボヤく。人斬りに慣れるのはダメだ。返ってこれなくなる。
俺らは五人は高屋くんの[技能付与の宝珠]の検証のという名目で様々な技能を付与している。でなければつい数か月前まで素人だった者が迷宮で稼げるわけがない。一番数多くの[技能付与の宝珠]を付与したのは俺だ。他の娘らを怪しげな実験に付き合わせるのは気が引けたというのもある。この技能を付与するという行為はその人間の可能性の芽を摘む行為だからでもある。
因みに知識系の技能は割と使い物にならなかった。[技能付与の宝珠]が作られた時代の知識に固定されるので新しい知識が不思議と頭に入ってこないのだ。マジ使えない。
斥候系の技能を付与している関係で全員が夜目が利く。暗がりに目が慣れたのを確認した後に音を立てずに移動を開始する。角を曲がると予想通り冒険者編成が二組たむろしていた。
普通はこんな場所では待機はしない。
「この暗さだと視聴者からも見えないよね?」
視聴者、迷宮の機能でどこかの富裕層向け高級食堂で見られている筈だ。あいつらにとって底辺の冒険者が惨たらしく殺されるのは最高のショーらしい。
先ずは先制攻撃として遠距離攻撃を行い混乱に乗じて切り込む。仮に彼らが単なる休憩中の冒険者であったら…………
「高屋くんに土下座かなぁ…………」
「…………ですね」
俺の呟きに馬鹿さんが察したように同意してくれた。
先制攻撃として選択した得物は機械式弩である。維持に金がかかるので普段使いはしないがここぞというときに高威力が期待できる。複合弓なんかより使い勝手が良いからだ。技能は付与すれば訓練が不要だけど弦を引く為の筋力などはどうしても必要になる。
俺ら五人は片膝をついた射撃姿勢で狙いを定める。それぞれの標的は事前に取り決めてあるので恐らく重複はしない筈だ。俺の射撃が合図で他の四人も射撃を行う。
俺は深呼吸の後に引金を引いた。
▲△▲△▲△▲△▲△▲
これで何合目だ。
不意打ちで5人を射仕留め混乱しているところに斬りこんでさっくりと斬り伏せ薄暗い中最後の一人と斬り結んでいる。こちらの攻撃は全て受けられておりまるで高屋くんとの模擬戦のようであった。
俺の攻撃は鋭いが決められた型通りの為か読みやすいというのが高屋くんの意見だった。
読まれているのか?
だがそれだとこんな何合もするのは不自然だ。これは模擬戦ではない。なら時間稼ぎをして救援を待っているのか? それならせめて叫ぶなりのリアクションをするだろう。目の前のこいつからは僅かな息遣いが聞こえるのみである。夜目が利くとは言え相手の表情は分からない。体格は俺と近い。速さは相手の方が上だが力はこちらが勝っている。技術は同じくらいだろうか?
同じくらい?
型通りのこちらの攻撃をきれいに合わせて受けている。
まさか…………こいつも技能を付与された奴?
そう仮定するといろいろと辻褄が合う。俺と同じでどこかの並行世界から拉致られてきた奴か?
「お前、日本人か?」
「!」
相手に反応があった。俺は西方語も公用交易語話せない。召喚された際に付与された【通訳】の機能で意思の疎通が出来ているだけで基本的に日本語を発している。
「悪いようにはしない剣を納めろ」
意思疎通が出来そうと判断し降伏勧告をする。仲間はすべて倒したのだからこちらが優位のはずだ。
俺は攻撃を中止すると強く意識すると攻撃が止まった。強く意識しないと体力が尽きるまで続くのだ。
相手も攻撃の手を止めていた。話は通じているようであるが何故か声を発しない。
取りあえずご尊顔を拝んでやろう。
「馬鹿さん。燃料角灯」
「はいはい」
そう返事して馬鹿さんは燃料角灯のシャッターを開くと明かりが漏れる。
燃料角灯の明かりに照らされた人物は黒髪に黒い瞳でタヌキ顔で性別はわかりにくい中性的としておこうか? かなりくたびれた硬革鎧は金がないのか微妙にサイズがあっていない。得物は安物の鋳造品の広刃の剣であった。刃こぼれが酷い。
そして首元の蛇のような入れ墨に目がいく。たしかあれは…………奴隷紋だった気が…………。
「お前、奴隷なのか?」
目の前の人物は口を開くが直ぐに頷いた。
「まさか喋れないのか?」
再び頷く。
会話を禁止されているのか声帯を潰されているのか? 困った。振り返り馬鹿さんにどうしようかと目で訴えかける。
仕方ないなと言わんばかりに肩を竦める。馬鹿さんと選手交代である。
まず馬鹿さんはこう尋ねた。
「この中に主人は居ますか?」
その問いに顔を顰めつつとある死体を指さした。それは東雲さんが仕留めた奴だった。なぜ顔を顰めたかというと軽槌矛で脳天をカチ割られていたからである。普通にモザイク案件であった。
主人が死んだと言っても奴隷紋がある以上は主なし奴隷として何処かの奴隷商人に引き渡す義務がある。
僅かだけど報奨金も出る。でも気が引けるなぁ。そんな事を思っていると。
「悪いようにしませんのでいったん外に出ましょう」
馬鹿さんが促すと大人しく歩き始める。クロニーは先頭に立ちオリヴィエはいつの間にか太矢を回収していた。この太矢は割りと高価な太矢でこんな低層で活動する冒険者で使い手はいない。
身元がバレる可能性があるので回収したのだろう。死んだ冒険者は迷宮の掃除屋が片付けてくれるだろう。




