幕間-58 召喚された者のその後⑱
足音は徐々に近づいてきている。様々な音が入り混じっているが推測するに六人。内訳はたぶん板金鎧二人、鎖帷子一人、鱗片鎧一人、硬革鎧二人だと思う。
これも高屋くんから貰った[技能付与の宝珠]の恩恵だ。足音である程度の装備が分るのはいいよね。
因みに高屋くんから聞いた話だと鎖帷子は製法上の都合で金属の強度が低く高品質の剣で斬られることもあるとの事で基本的にはお金がない人が買う装備という話だ。
迷宮探索では冒険者同士で暗黙の規約がある。
・背後から足早に近づかない。
・怪物を連鎖暴走させて他の者に擦り付けない。
・戦闘に許可なく割り込まない。
・すれ違う時は通路の反対側に寄る。
この他に同業者への攻撃も禁止されている。見つかれば普通に犯罪者である。稀にだけど新人冒険者や金のありそうな冒険者を襲って装備や収穫を奪う輩が居るという。
歩く速度を落とし露骨に警戒をすると慌てたように声をかけてきた。
「すまない。先を急ぐから追い抜くぞ」
俺は振り返り背後を見ると無言で肯首する。装備に関してはどうやら当たったようだ。武器から察するに斥候二人、重戦士二人、鎖帷子の人物は紅一点のようで軽戦士のようだ。もう一人、鱗片鎧の人物は神官戦士のようだ。術者の割合が少ないこの世界水準でいえば結構恵まれた一党のようだ。
「なんだハーレム王じゃないか」
俺の顔を見た戦闘の斥候の一人が侮蔑交じりの口調でそう言う。
毎日毎日馬車で送迎されて使用人の幼女たちに見送られ編成メンバーは俺以外は女性とくればそうも言われようとは思うが不快でもある。
「別に好きで――――」
「お前ら狙われてるぞ。道中気をつけろよ」
俺の不満を遮るように一党のまとめ役が忠告をしてくれた。
停止して先を譲るつもりで壁に沿って待機していると彼らも立ち止まる。
「俺の事が嫌いな奴は多いだろうな。この構成だし、それで?」
圧倒的に女性冒険者の数は少ない。ましてや術者だと猶更だ。装備に関しては高屋くんが気を利かせて高品質な装備を用意してくれた。魔法の工芸品に関しては見えない箇所に装備しているので普通は分からない。
話を続けるように促す。
「先ほどお前らを襲って上前撥ねるかって話を小耳に挟んでな。たまたま見かけたから忠告しておこうと思って呼び止めたんだ」
俺らが高屋くんの指示で毎日長時間で潜っており毎回結構な量の万能素子結晶を冒険者組合の受付で換金しているのも有名な話だ。
こっちの奴らは怠惰な奴が多く数日暮らせる程度を稼ぐとさっさと町へと戻り酒盛りか快楽に耽る。
そんな中で確か彼らは20歳前半で銅銹等級とそこそこ優秀である。自己紹介してもらった気をするけど名前は忘れた。二つ名とかはなかったはず。
一党名も普通はつけない。依頼者はまず冒険者を吐いてい捨てる変わりはいくらでもいる存在として認識しているのでまず覚えない。高屋くんのように有名になれば二つ名もつき指名依頼もあるか一介の銅銹等級あたりだと一部の人らが注目するくらいの存在である。
「忠告ありがとう。今日はもう引き上げることにするよ」
八の刻半ごろ迷宮を出るのが日課と化してるので待ち伏せされるとしたら今引き返せばとりあえず安全だろう。
親切に忠告してくれた冒険者らを見送った後に俺らも元来た通路を引き返す。
「仮に待ち伏せされるとして何時、何処だと思う?」
歩きつつ何とはなしに尋ねてみる。
「地下二階の階段近くのアソコでは? 時間は七の刻判あたりでしょうか?」
まず最初に意見を言って来たのはオリヴィエであった。
地下二階のアソコとはこの迷宮で数少ない見通しが悪い場所である。迷宮は富裕層向けの残酷な見世物ショーの側面もあるため何処からか観察され映像として見られている。とこがアソコと称した箇所だけ映らないのだ。地下一階にも似たような箇所があるが帰路には関係ない。
「今から戻ると鉢合わせするかも知らないよ?」
その意見を聞いて馬鹿が忠告を発した。確かに通過予定時間の前後四半刻は待ち伏せしてる連中と鉢合わせる可能性はある。
「そうなる寧ろもう少し狩りをして帰宅時間を遅らせようか」
「そうですね。迎えの娘らには悪いけどね」
「確かに」
そう応えて会話を打ち切ろうとした時、これまで沈黙を守ってきた東雲がボソっとこう呟いた。
「彼らが共犯者で私たちを誘導しようとしていたと考えられませんか?」
「「「あっ」」」
僕ら三人はその可能性を完全に失念していた。男性不振の東雲さんはとにかく男に対して以上に警戒心が強い。言動の全てを病的に疑っているというべきか?
俺や救助した側だし高屋くんは知人の上に色々と便宜を図ったこともあって露骨に警戒していないが…………。
「クロニーはどう思う?」
先頭を歩く斥候のクロニーにも問う。返ってきた回答が予想外のモノであった。
「陽翔さんは富裕層を甘く見ています」
ますそう告げるとさらに続ける。
「彼ら富裕層からすればここで活動する冒険者なんて人間以下です。精々我々を楽しませろと言ったところでしょう。彼ら富裕層が予期せぬ遭遇戦と称して第三者を通じて私たちを襲わせる事もあるのでは?」
「それは流石に…………」
馬鹿さんがそう口にしたが否定しきれなかったようだ。
ど底辺の冒険者が犯罪者として連行されても彼らは痛くもかゆくもない。代わりはいくらでもいるからだ。
思わずクロニーの年齢詐称を疑ってしまう。君たしかこの間11歳になったばかりだよね?
「逆に動きづらくなった気がします」
オリヴィエの意見ももっともである。考えすぎと言われるかもしれないがゲームじゃないので死んだら終わりだ。警戒しすぎて困る事もないだろう。
[技能付与の宝珠]のお陰で一流の戦士の真似事は出来る。ただ欠点も高屋くんに指摘されている。
「地下三階に降りて帰宅時間を大幅にズラす?」
襲ってくる敵も赤肌鬼などから田舎者赤肌鬼などのそれなりに強いやつが出てくる。ただ今の俺らであれば十分対処は出来る。逆に三下冒険者だと結構危険が伴う。
懸念事項としては食料とトイレ事情だ。
生理現象だけはどうにもならない。男の俺はまだ良いのだが女性陣はまだ躊躇がみられる。膀胱炎だけは注意してくれとしか言いようがない。
女性の排泄を見て喜ぶ性的趣向はない。もっともアレは羞恥プレイの一環だと思っている。
「迎えの娘らが捜索願とか出したりしないだろうか?」
「可能性は十分ありますね」
疑問を口にすればすぐさまオリヴィエが回答してくれる。迎えの娘らは俺が助けた処分奴隷の少女たちだ。
「心配するよなぁ…………」
元の世界では誰も気にも留めてくれないモブであったけど、この世界に召喚されてからは少なくても頼ってくれる人がいる。出来れば余計な心配はさせたくない。
「あ、でも確か…………高屋先輩がそろそろこっちに顔出しに来るはずじゃ?」
馬鹿さんのその一言で方針は決まった。予定外の遅い帰宅で迎えの娘tらが捜索願なんて出そうものなら樹くんが捜索に乗り込んでくる。俺としては彼にはあれこれと便宜を図ってもらっている手前、迷惑はかけたくはない。
「よし引き返そう。今なら急げば間に合うかもしれない」
引き返すと決めて編成を入れ替えた時だ。
クロニーが一瞬だけ後ろを気にしていた。まさかフラグ建ててないよね?
実力を現す文言として一流という表現を使ってますが、この世界で一流と言われる人らは戦士系なら実力重視の近衛騎士にスカウトが来るレベル。斥候系なら軍の偵察要員としてスカウトが来るレベル。魔術師なら導師と呼ばれ弟子を取り自分の研究室を与えられるレベル。聖職者なら高司祭として分神殿の責任者に任命されるレベル。職人系なら自分の店を持ちそれなりに繁盛させられるレベルです。




