幕間-57 召喚された者のその後⑰
「なんでだ…………」
異世界に来たらマヨネーズ無双とか基本じゃないかという事で調理場を借り卵、食用油、酢を用意したもののよく考えたら一介の高校生で手作りでマヨネーズ作る奴なんて早々いる訳ないじゃんと気が付ついたものの食材を用意してもらい台所を貸し切って貰った事もあり投げ出すのも如何なものかと思い至りとりあえず作業を始めた。分量とかを変えつつ試行錯誤する事一刻半。
いくつもの失敗作を経てそれらしきものが出来上がった。かき混ぜすぎて腕がパンパンである。これでダメだったら諦めよう。
正直ちょっと白っぽくて見た目がなんか違うなって気はしている。あと半固形っぽくなくサラっとしてる。覚悟を決めて指ですくい口に含んでみる。
「むっ…………」
なんか味がのっぺりしている。食感も違いクリーミーさはあるがコクがない? 酸味もなんか違和感を感じる。やはり失敗だったのだろうか? 材料はまだあるが…………。
ただ馴染んだ味とは違うがこれはこれで食べられない事はない。諦めかけたその時だ。
「あれ、陽翔さんが台所に立つなんて珍しいですね」
偶然通りかかった馬鹿さんであった。彼女は高屋くんと同郷の娘で中原から西方に移住する際に同行してくれた娘の一人であり仕事仲間でもある。賢く知識も豊富で初歩だけど魔術も使えるとあって迷宮攻略に同行してもらっているのだ。
「いや、無性にマヨネーズが恋しくてね。作ってみたんだけど…………」
「マヨネーズ? 高級調味料として売ってるのにですか?」
「売ってるの! って、なんか発音違くない?」
「いえ、こっちではマヨネーズです。ちょっと失礼」
馬鹿さんがそう言うと俺が作ったマヨネーズらしきものを指でひと掬いして口に含む。
「ん~。高級店で出されるごく普通のマヨネーズっぽいですね。もしかして日本で口にしていたものを再現するつもりでした?」
「うん」
「メーカーによって違うんで一概には言えないけど、恐らく求めているモノは卵は全卵じゃなく卵黄のみです。あと致命的なのがお酢です。そこにもありますがこっちの世界の主流は果実酢や野菜酢です。私たちが馴染みがあるお酢は米酢です。それを使います」
「盲点だった…………」
ガックリと項垂れてしまう。
「この世界で生きるなら元の世界の常識とか知識は頼らない方がいいですよ。場合によっては恥をかきますし」
俺よりこちらの世界での生活が長いだけあって忠告してくれた。
「忠告ありがとう。ところで唐揚げとかどう思う?」
話題を変えるためにもう一つのプランについて聞いてみる。
「鳥の唐揚げは富裕層向けの食堂でなら食べられますよ」
「そうなんだ。いや、作るって意味でどうかなって」
彼女は少し考えこむとこう回答した。
「揚げ物に使う植物油は量も使いますし総じて高いですよ。高屋先輩に頼めば用意はしてくれるかと思いますが…………」
「立場的に頼みづらいなぁ…………」
俺の立場は借金奴隷なんだよなぁ。楽して稼ぐのは無理か。
「忘れがちなんですけど、この世界って技術ツリーがかなりバグってますけど基本的には産業革命前です。モノ作りは家内制手工業ですから大量生産や品質の安定化は望めません、流通も弱いです。庶民向けの食堂行くと分かるかと思いますけどメニュー少ないですよね」
言われてみると毎回似たようなモノばかり食べている気がする。特に汁物系とか。聞いてみると大量に作れるからだそうだ。燃料費も馬鹿にならないらしい。
俺の野望はここに潰えた。
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迷宮攻略とは言うものの本気で攻略できるとは思っていない。俺の力は所詮は借り物だし他の面子も素人よりマシというレベルだ。
巷ではハーレム野郎とか呼ばれている。それは一党面子が原因だ。
まとめ役は俺だが同じ前衛として妙に俺のことを慕うオリヴィエという12歳の少女、当初は迷宮までの御者を任せる予定であったがちょっとした出来事があり精霊を知覚できるようになったため精霊使いとして同伴する事になったクロニーという11歳の娘、中原から同伴してくれている魔術師見習いの馬鹿七海という17歳の娘、馬鹿さんと同郷で出会った時に悪党どもにアレな事をされたショックでこっちの世界の信仰に目覚めちゃった男性不振気味の東雲天音という16歳の娘、高屋くんが連れてきたアーシアという見た目が8歳くらいに見える幼人族の斥候。
そうオレ以外は全員女性なのである。しかも結構美人だったりするから妬みが酷いこと酷い事。
迷宮では怪物を倒すと手に入る万能素子結晶を集めてそれを売却する事で借金の返済に充てている。
術者三人はまだ見習いの域を出ないので戦力としてはあまり当てにはできない。唯一クロニーが後ろから狩猟用投石射出器で援護射撃してもらう程度だ。見習いの呪的資源は少なくそれぞれが一日に最大で七回も使えば息が上がってしまう。
高屋くんに言わせればそこそこ優秀との事だ。
そもそもが術者が充実している一党は稀であるから贅沢な悩みである。
「やぁ、ハーレム王。今日は気をつけた方がいいぞ。昨夜から何組かの一党が戻ってきてない」
そう声をかけてきたのは迷宮街の守衛であるカースンという同い年の男である。彼とは酒場で意気投合したのだ。
余談だが聖職者の東雲さんを狙っているのだが相手にもされていない。
この迷宮は管理されており特に異変がないはずだけに何か事件だろうか?
「分かった。ありがとう。帰ったら一杯奢るよ」
「楽しみにしてるよ」
そう言って別れた。
「みんな。聞いての通りなんで気を引き締めていくよ」
そう告げると斥候のアーシアにいつも以上に注意深く気配を探るように指示する。そして普段とは隊列を変更する。後ろからの術者への強襲対策にオリヴィエを最後尾に据えた。
早朝から潜って早三刻。二層の中央付近にある安全地帯で遅めの昼ご飯として携帯糧食を食べつつ今日の戦果を確認する。
「…………今日は多いですね」
普段の二倍ほど稼いでおりオリヴィエが訝しんでいる。確かに怪物の数は多かった気はする。
「稼いでるし戻っちゃいます?」
そう提案してきたのは魔術師見習いの馬鹿さんであった。借金のない彼女としては無理をしてまで稼がなければならない理由がない。この一党への参加も未成年の女の子の引率は大変だろうからと善意での参加である。
そう言う名目で参加しているがもしかして俺に気があるのではなどと思わなくもない。
距離があるものの周囲には三つの一党が各々座り込んで休憩している。
「見られてる」
唐突に斥候のアーシアが小声で伝えてきた。ここで何処だなどとキョロキョロするのはダメだ。
「一番一層側に近い場所に陣取っている一党」
視界の外だったこともありどうしたもんかと思っていたら場所を教えてくれた。僕らがこの安全地帯に入った時から居た一党だ。
二十歳前の男ども六人編成で身嗜みとかには気を使っていない感じの面子だ。高屋くん曰く『冒険者も身嗜みを気にしないと仕事が貰えないよ』との事なので迷宮で万能素子結晶を拾って食い繋いでいるタイプの一党だろう。典型的な長生きしない冒険者である。
「一応警戒しておいて」
皆に伝えた後あまりおいしくない携帯糧食の残りを水で流し込む。
四半刻ほど休憩して二層の奥へと向かう事にした。やはり稼げるときに稼ぎたいのだ。
数度の戦闘を終えたところで最後尾のオリヴィエが後ろから複数の足音が近づいてきていると告げてきた。迷宮内で冒険者が同業者を狩るなんて事もあるというだけに緊張してきた。
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あと数話か続きます。新章はそれから。
なんかなろうのサイトが微妙に使いにくい。




