58話 狙撃される。
2020-05-04 一部文章を修正
師匠と別れた後に白鞘の打刀を拵えてもらおうと刀装屋を探したのだが、どうやら打刀は美術品として扱われているため、今いる迷宮区画には店が存在しないらしい。なにせ白鞘のままでは実戦では使えないからだ。白鞘の役目は無垢材の特性を用いて刀身の長期保存の為の物で柄も実戦を想定していない。ちなみに普通の鞘は漆塗りでうっかり内部が湿気ると刀身が錆びてしまうので保存には向かないのだ。
富裕層の区画に入るには冒険者組合で銅等級まで昇格しないと権利を得られない。
諦めて板状型集合住宅へと帰宅し和花に先ほどの内容を話す。
「ふ-ん…………。なるほど」
全てを聞き終わった和花の第一声は如何にも興味なしと言った反応だった。
「狙われたのは僕だからってちょっと冷たくない?」
「だって、先生が何とかしてくれそうだし考えるだけ無駄無駄ー。それじゃおやすみー」
筒型衣の裾から悩ましげな素足を晒しつつ上のベッドへと上がっていく。気が付くと瑞穂も寝ていた。師匠の信用度? それとも実際大したことじゃないの?
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予想通りの展開であった。
瑞穂を師匠のところに預けて運よく遭遇した健司と共にいくつかの奴隷商を周るもあからさまに価格を釣り上げてきたのだ。
僕らは作戦会議と称して立ち寄ったオープンテラスの喫茶店で早めのお昼を取りつつ今後について話し合っていた。
「流石に残りの資金だと厳しいな。昨日の倍だぞ」
健司の一言が僕にはグサリと突き刺さる。もちろん健司が遠回しに糾弾しているとかではない。昨日はもっと買取が出来たはずなのである。健司がそういう性格の人物ではないし単に事実を述べているだけだ。
この件に関しては意識誘導されており正常な状態ではなかったから仕方なしで片付けるには手痛いダメージである。
「子供は労働力としては微妙って事もあって価格が安いから有無を言わさず初等部の子らから優先でいいよね?」
この和花の意見には僕も健司も賛成だった。
だが…………。
「言い方は悪いが現実逃避しちまった精神の弱いのは後回しでいいよな? 元の世界に戻っても回復しない場合もあるし、武家だと寄生虫は戸籍抹消で一般市民落ちだろ? 精神の弱い奴が元武家の風当たりの強さに耐えられるとは思えないんだよな」
その元武家出身の健司が言うと真実味が増す。当人は茶化しているが中等部時代は武家側と市民側両方から苛めを受けていたらしい。わかりやすく力でねじ伏せたらしいけど。
あれこれと意見を出し合って纏まったのが、和花の精霊使いとしての能力だ。
精神の精霊を感知出来るという才能を利用するのである。精神の精霊いわゆる様々な感情を司る精霊を感知し正常そうな子から見受けしようって事となった。
そのためには個室で一人一人面接する必要があるんだけどね。
軍資金は3人合わせて15万ガルドだったのだが、健司の一声で20万ガルドまで増やした。
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「もう疲れたよ…………。樹くん、おんぶして」
そう言って和花が僕へとしな垂れかかってきた。声にも力がない。
それも仕方ないと言える。打ち合わせ後三刻ほど和花には精霊の感知を頑張ってもらった。延々と集中していて精神的疲労だとは思う。師匠の様な熟練の精霊使いならもっと負担が少ないらしいのだが、使えるようになったのが最近の和花にはかなりの重労働だったのだろう。
「仕方ないなー」とぼやきつつ和花を背負う。薄い布地越しに伝わる体温にドキドキしたのは内緒だ。
僕らの後ろには総勢80人に及ぶ初等部のお子様たちがぞろぞろと付いてきている。
「まさかこんなに身請けできるとは思わなかったなー」
振り返りその列を眺める健司がそう呟く。
なぜこうなったのかは僕らにはわからない。ただ突然「子供であれば2500ガルドで譲ります」と言い出したのである。
いくつかの奴隷商を周ったけど結果は同じだった。
「なんにしてもこれで初等部のガキ共はみんな帰せるわけだ。理由なんてどうでもいいさ」
そう健司は言うが果たして…………。
考えるのはやめよう。今はこの奴隷の最終処分場ともいえる場所から子供たちを解放できた事を素直に喜ぼう。
注目を集めつつ無事に師匠の邸宅に到着し子供たちを預ける。
不安から泣き出す者もいたけど、女中と思しき女性たちが宥めすかしている。師匠によるとその道のプロを臨時雇いしたらしい。ほどなくしてみな大人しくなった。
それを見届けたのちに僕らは帰路へと就く。
一休みして体力も回復したであろう和花を降ろそうとして駄々をこねられどうしたもんかと思っていると、
「俺がおぶってやろうか?」
見かねた健司がそう提案した途端に、「歩けるもん」と言って降りてしまった。
いや、もんって…………。
微妙な空気のままもと来た道を三人で歩いていると、前を歩いていた健司が振り返り、
「さてっと。明日からどうするよ?」
場の空気を変えるためか健司がそんなことを聞いてきた。それに対してどう答えようか思案していた時だ————。
一瞬だが殺気を感じた。その瞬間————。
「散開!」
僕はそう叫んでいた。
訓練の賜物か瞬時に反応し別々の方向に散った為か被害は出なかった。
だが僕が居た後ろの石壁に太矢が突き刺さっていた。
いくら弩でもありえない威力だぞと思って周囲を見回すと路地裏からこちらを窺いつつ次弾を装填しているみすぼらしい格好の黒髪の男が居た。
「健司!」
「あいよ!」
僕の意を組んだ健司がその男に突撃する。
男は次弾装填にもたついていて健司が近づいてきていることに気が付いていない。
そして健司の存在に気が付いた時には時すでに遅く打ちおろしの右ストレートが決まっていた。
男は石畳に叩きつけられるように打倒されそのまま気を失ってしまったようだ。
「これ、どうするよ?」
倒れた時に落としたであろう巻上式重弩をコツコツと蹴りつつそんなことを聞いてくるが無論取り上げる。
巻上式重弩は人が携帯できる飛び道具としてならほぼ最高位の威力であろう。ただし欠点もあり連射が全く出来ないという。巻き上げに時間がかかり熟練でも一分で二射くらいとの事だ。まさか3サートにも満たない距離で撃ち込まれるとは想定していなかった。ましてやここは町中なのである。
「んで、こいつどうするよ?」
再び健司がそう問う。もちろん男の処遇だ。
「とりあえずこいつは衛兵に預けよう」
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