540話 階層主戦①
2024/7/10 誤字修正。水晶柱→風晶柱
「当たって欲しくなかったなぁ…………」
僕らは十分な休憩を取り本部との連絡を取り終えると大扉を開けたのだが…………。巨大な部屋の奥に鎮座するのは外で見かけた緑色の鱗を持つ竜であった。
翼は退化しており第一印象は三対六本の角を持つ体長7.5サートほどあるコモドドラゴンのような姿である。他に特徴と言えば希少種ともいうべく翠玉を思わせる竜鱗をもつ翠玉色竜だ。
「しかし地竜とは面倒だね」
報告で存在は知っていたものの初めて見る事となったフリューゲル師がそうボヤく。
緑色系の鱗を持つことで緑竜と呼ばれるが翼が退化した地竜の一種である。
竜は総じて炎の精霊力を体内に有するといわれており炎や熱で傷を負わせられない。だからと言ってゲームのように水や氷が効果的かと言うとそんな事はない。
他の竜のように後肢で立つことはなく厚い竜鱗と皮下脂肪と巨体を支える強靭な筋肉に硬すぎる骨格からくる防御力と打たれ強さは他の竜を圧倒する。
地竜の攻撃方法は巨体による突進、毒の吐息と炎の吐息の他に強靭な顎による噛みつき、左右何れかの前肢による踏み付け、尻尾薙ぎ払いである。
このサイズの地竜だと学術的分類で老竜に分類される。高い知能を持つ事から真語魔術を行使できる魔術師でもある。本来であれば話し合いで戦闘を避ける事も可能であろうが迷宮に捕らわれているという事は【禁止命令】によって防衛任務に就かされている。
魔法の防御に関しては竜に精神系の魔法は効果を及ぼさず対人で使うような拘束系の魔法の類も巨体故に効果がない。
遠目で見ると重鈍に見えるがあれだけの巨体だと接近戦の際には僅かな動きで人間程度など弾き飛ばされる。そのせいか想像以上に早く感じるのだ。剣などによる効果的な打撃はかなり阻害される。踏み込んだ一撃の攻撃動作の際に僅かに身動ぎしただけで弾き飛ばされるリスクがあるからだ。
それ故に巨大生物相手には古来から飛び道具か長柄武器を用いることが常識である。
外で戦う事も想定してあったので作戦は練っていたし必要な道具も用意してある。
貴重な素材が勿体ないが人命には代えられないという理由で用意したのが【自爆】を付与した投槍や長柄武器である。槍投具をまともに使えるのはダグだけなので彼に手持ちの五本の投槍を全て預ける。
僕ら前衛組は序盤は長柄武器で一撃入れ気を引き付ける役目だ。
和花ら後衛は回復と吐息対策を行ってもらう。
「みんな。行くよ」
以前に成竜と対戦した時は連帯も取れず幾人も死亡者を出した。僕らもあれから強くなっているし仲間も皆優秀だ。誰も死なない事を願う。
まず手筈通りにダグが槍投具に投槍を乗せ一投した。放物線を描き正確に地竜の頭部に飛んでいったが突如横風が吹きつけ床に命中する。
発動条件として【引き金】の魔術で先端に衝撃があった場合と定義してある。投槍は自壊し内包された魔力は破壊のエネルギーと転じ周囲0.75サートほど消し去る。
僕らも長柄武器を抱えて走り出す。無論こいつにも【自爆】が付与されている。
長柄武器が重くて扱えない瑞穂には機械式弩を持たせ動きつつ牽制射をさせる。太矢はこの世で最も硬度のある神覇鉱製なので竜鱗も貫くはずだ。
後衛組は毒の吐息対策に【|風の精霊壁《バイム・ウォール”シルフ”》】を展開させ、炎の吐息対策に【|水の精霊壁《バイム・ウォール”ウンディーネ”》】を展開させる。
突進対策として壁盾を持たせた石の従者を五体呼び出す。
そして最後に仕上げとして和花の透き通るような声音が響く。
「綴る、基本、第四階梯、破の位、消失、万能素子、制限、空間、範囲、発動。【万能素子消失】」
詠唱が完了した途端周囲の万能素子が霧散した。
人間よりはるかに呪的資源に余裕がある老竜に好きなように魔術を使わせるわけにはいかないからだ。
こちらも真語魔術を使えなくなるが奇跡や精霊魔法がある。
瑞穂の機械式弩の一射目が竜鱗を貫くが、それで脅威を感じたのか二射目以降は微妙に身体を動かし竜鱗で滑らせて対処してしまい有効な一撃が出ない。一応それも織り込み済みである。瑞穂の一射を反らすために僅かに動きが止まるのである。
その隙に健司が飛び出した。その狙いは当初の計画通り左右何れかの後肢である。突進対策である。あの巨体に轢かれたら後衛とかほぼ即死である。
慣れない武器だったのか僅かに身を捻ったのか切っ先が突き刺さらず竜鱗を滑る。しかし【自爆】は発動し右の後肢を大きく抉るように削り取る。
苦痛の叫びと共に身を捩ると刺突が鱗の表面を滑ってやや平衝を崩した。運が悪い事に跳ね飛ばされ転がされたところを近場過ぎて視界に入らなかったのか尻尾薙ぎ払いの逆劇にあい派手に飛ばされる。
その僅かな時間に僕の一撃が脇腹に、フリューゲル師の一撃が左前肢に突き刺さり【自爆】する。
普通の怪物であればそれでほぼ勝利確定であったが僅かに身を捩ったのか一部を削り取るのみにとどまった。
このまま出血死を待ちたいところであるがそうは問屋が卸してくれない。魔闘術を当たり前のように使い持ち前の莫大な体内保有万能素子を用いて己の肉体を再生し始めた。瞬く間に出血は止まる。鱗の再生までは時間がかかるだろう。
長期戦になるほど僕らが不利になる。
足の遅い竜人族のガァナィンが槍を構えていたが既に槍は警戒されている。
ガァナィンもそれを理解しているのか距離が開いているうちに攻撃動作を変更し思い切って投擲した。
長槍は頭上を越え地竜の腰のあたりに命中して【自爆】した。
その一撃によって下半身の動きが鈍くなる。再生するまでの間だろうが今のうちに削らなくては!
蠅のように集る僕らが鬱陶しいのだろう。大きく口を開けると息を吐いた。毒の吐息である。それは塩素ガスであった。
ここで対策が生きる。
手持ちの風晶柱が風を吹かせ塩素ガスを阻む。力を使い切った風晶柱が砕け散る。次回の毒の吐息は自力で何とかしなければならない。
取りあえず動きつつ詠唱に入る。
「綴る、八大、第六階梯、攻の位、閃光、電光、電撃、紫電、稲妻、迅雷、放電、発動。【雷撃砲】」
突き出した手から紫電が迸る。それは地竜を貫く。しかし抵抗されたのか負傷度は浅かったようだ。続けて和花の【雷撃砲】も貫くがやはり抵抗されたのか目に見えて大きな効果は出ていない。
フリューゲル師が殴りガァナィンが斬りつけるも巨体からすると微々たる負傷に過ぎない。
ダグは投槍をすべて投擲が終わり自分の羽根付き槍を持ち牽制を始める。これまで散々と槍で嫌がらせの自爆を敢行したので明らかに警戒しているのだ。
そこへ九重とアドリアンが同時に詠唱を始める。
「「戦乙女! お前の投槍を放て! 【戦乙女の投槍】」」
光輝く投槍は光の尾を引き共に地竜に突き刺さる。
流石は必殺のと揶揄される強力な魔法であった。鱗が弾け出血を強いた。
地竜は動きが鈍い自身に苛立ちを覚えたのか吠えた。その叫びは生物原初の恐怖心を引き起こす。僕らは動きが止まった。三班の斥候である幼人族のアーヴェが恐慌をきたし逃げ出す。だが倒すまでこの部屋からは出れない。
錯乱している。もう一人水霊族のマイナがあまりの恐怖によって気絶した。
これによって彼女が展開していた【|水の精霊壁《バイム・ウォール”ウンディーネ”》】が制御を失い壁としての形を維持できなくなり膨大な量の水が後衛を押し流す。あれは炎の吐息対策だっただけにマズい。
当然だが賢い地竜もそこは理解している。こんがりと焼いてやろうと口を大きく開ける。
その時、瑞穂の放った機械式弩の一射が口に飛び込もうとしていた。
それを予測していたのか僅かに頭を動かす地竜。
口内に刺さることは回避したものの上顎のあたりに突き刺さる。それと同時に火炎が吐き出される。僅かに当初の射線がズレた状態で。
水壁が崩壊してずぶ濡れであった後衛に炎が襲い掛かった。
ブックマーク、評価、感想、誤字報告などありがとうございます。
貴重なお時間を使って報告していただき感謝に堪えません。
気が付けば七月に突入しているし…………。




