538話 試練の迷宮㉒
瑞穂の手信号を要約すると『右から2番目の半豚鬼が怪しい』そういった内容であった。
「ちょっと二班の様子を見てくる」
僕はそう告げると一瞬アルマと目が合う。恐らく今の発言が嘘である事が発覚した筈だが何も言わずに見送ってくれた。
広場の中央では何度も位置を入れ替えつつ魔神将とガァナィンが打ち合っていた。技量はほぼ互角のようである。
戦いは二限ほど経過しており拮抗しているように見えたがよく見るとガァナィンの全身甲冑にはいくつかの真新しい傷がある。どうも魔神将側が僅かに有利のようだ。
それは単純に武器の差であった。ガァナィンの両手剣は彼の体格に合わせてあり人間では使いこなせないほど巨大な剣であった。その分重量もあり一撃は重いがそれは速度が十分に乗った場合だ。重い武器はどうしても初動が遅い。
たいして魔神将の棹状大刃はやや大振りとは言えガァナィンの剣よりは軽く威力は若干劣るものの初動が早く手数の面でガァナィンの方が対応に遅れが出ているのだ。
戦いの行方は気になるが僕は本来の疑問を解決すべく問題の遺体を探す。そいつは程なくして見つかった。あの混戦の最中よくも巧妙に偽装したと感心するくらいには魔神兵や魔神獣の遺体などで問題の部分を隠してあった。
その半豚鬼は明らかに魔神兵や魔神獣のものとは異なる鉤爪で背後から倒されており後頭部が割かれており脳髄が抜き取られていた。
喰われたのだ。
誰にって?
いまのうのうと休んでいる半豚鬼に成りすましている鏡像魔神にだ。横目でガァナィンの方を観察するがやや劣勢であるものの彼に焦りのようなものは見えない。もっとも竜人族の表情なんてわからないのだけどね。
暴風のような打撃の応酬に迂闊に入れば挽肉にされかねないので割って入ることは難しい。二班の面子もそれが分かっているので固唾をのんで見守っているのだ。
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安全地帯へと戻ってきた直後であった。
とある半豚鬼が奇声を上げると偶々そばを通過しようとしていたアルマに飛び掛かりその体躯を以て床に押し倒した。女性陣から悲鳴が上がる。
他の半豚鬼らも何が起こったのか理解できず固まっていた。結社で教育され女性に対して許可なく襲うなどあり得ない筈だったのにだ。
目が血走っている半豚鬼に対して押し倒されたアルマに取り乱した形跡は見られないがじっと見つめているだけだ。
僕は鯉口をきり駆け出す。僅かに遅れて瑞穂が機械式連弩を用意しているのが見えた。
抜刀する瞬間、何かが僕を遮るとアルマを組み伏せていた半豚鬼が派手に吹く飛んだ。
半豚鬼英雄のクロガーの丸太のような足から繰り出した蹴りを受けたのだ。
その一撃で半豚鬼の首が在らぬ方向に曲がっており即死だと理解できた。
すぐさまクロガーは僕の方へと向き片膝をつくと首を垂れる。
「すまない。まさか【禁止命令】の呪いを打ち破って暴挙に出るとは思っていなかった。奴の死をもって不問にして欲しい」
「それを決めるのは僕じゃない」
そう告げるとまずはアルマに手を差し伸べ起き上がるのを助ける。平静を装っているが僅かに震えていた。
周囲の妖精族らの女性陣も身体を張って自分らを守ってきた半豚鬼らに対して偏見を払拭させた途端にこの様である。
明らかに嫌悪感が増したであろう。
取りあえず半豚鬼らに非はない事を告げなければ。
「アレを見ろ」
そう言って僕は首が折れ死んだ半豚鬼を指さす。一同がそれに釣られて視線をそちらに向けると半豚鬼だったモノの姿が変じ始める。
やがて身長0.5サートほどののっぺらぼうな人型の存在が残された。
「鏡像魔神だ」
時間をかけて観察する事で対象の技術や記憶も写し取るといわれているがもう一つ方法がある。対象の脳を喰う事だ。
それによって人格や行動指針なども引き継ぎ本物そのものになる。その際に呪いなどは全て解除される。対象である本物が死亡するからだ。
あの乱戦騒ぎで誰も気が付かなかったのは油断というよりそれだけ必死だったと思いたい。
そう説明を終えると緊張していた空気が溶けてきた。僕は押し倒された際に出来た打ち身や痣を【軽癒】で癒しアルマの顔色を窺う。
安堵したのか強張っていた表情も戻ってきており、ややぎこちないながらも笑みを返してきた。
まだのんびりしていられないのでアルマへの精神的フォローは和花に任せるという事で彼女に預け僕は再び広場へと戻ってきた。
いい加減に魔神将を倒さないとここから先に進めないからだ。武人の矜持? 知った事じゃない。僕らは冒険者だ。
ブックマーク、評価、感想、誤字報告などありがとうございます。
貴重なお時間を使って報告していただき感謝に堪えません。
人間って折れる時はいともたやすくぽっきりと折れるんだなというのを人生で初めて経験しました。
そう五月下旬に心がぽっきり折れてしまったのです。仕事をしようとすると体調が悪くなり趣味ならいけるかと思ったけど集中できずひたすら横になっているだけという日々。収入の問題もあるから焦りはするもののようやく回復に向かってきました。
書きかけのエピソードとかすっかり頭から飛んでしまったのには参った。




