535話 ちょっと寄り道。塔攻略へ③
また長くなってしまった。
只ならぬ敵の強さに先手必勝とばかりにクロガーが最小限の攻撃動作で必殺ともいえる刺突を放つ。ところが相手はその穂先を構えた鞘盾で真正面で受けるという暴挙にでたのだ。その暴挙の理由はすぐに判明した。鞘盾に触れた瞬間クロガーの巨体が派手に吹き飛んだのだ。
瑞穂が機械式連弩を三連射すると鞘盾を最小限の動作で射線に移動させ射撃を受ける。鞘盾に接触した途端、貫徹力に定評のあるの神覇鉱製の太矢が弾かれるように床に転がり拉げていた。あれでは再利用は無理だ。
恐らく鞘盾は何らかの強力な魔法の工芸品のようである。どっかの文献で見た記憶があるんだけど喉元まで出かかっているものの思い出せない。
僕はと言えばクロガーの確認である。結論から言えば生きているけど彼ほどの巨体を派手に吹き飛ばすともなればその衝撃はかなりのもので放置すれば間違いなく死亡するレベルの負傷であった。
まず凹んだ胸部装甲を取り外す。材質こそ岸縁鋼と呼ばれる良質な鋼であるが造りそのものは一般的な全身甲冑のため外し方は判る。
そして患部に手を添え急いで詠唱に入る。
「綴る、拡大、第八階梯、快の位、克復、快気、療治、緩和、修復、賦活、発動。【致命癒】」
魔術は正常に発動し折れた胸骨や損傷した内臓が復元され呼吸が落ち着いてきた。これほどの打たれ強さを誇る彼がこの様とかどれほど強力な盾なのだろうか?
治療に当たっている際に瑞穂の方でも攻めあぐねていた。死角を利用して接敵し[鋭い刃]で斬りつけようとした時だ。勘なのか突然小剣を振り切るのをやめ転がって一旦間合を空ける。そして徐にスカートの中の太腿入れ物から棒手裏剣を抜いて投擲する。
盾によって防がれた棒手裏剣は弾き飛ばされ床に転がった。ただし今度は拉げていない。
全身全身甲冑が斬りかかってきたので大きく躱すと再度棒手裏剣を投じる。今度は盾で受けられず偶然か必然か密閉型兜の眉庇の隙間に入り込んだ。
しかし平然としていた。瑞穂は理解した。敵は魔法の工芸品で武装した彷徨う甲冑だと。
この手の敵は物理的に破壊しないと動きが止まらない。どうにか盾を掻い潜って[鋭い刃]で切り刻むしかない。
この彷徨う甲冑は基本的に鞘盾を前面に構えて接近してくる。それならばと鞘盾の死角に入るように低い姿勢のまま移動し無詠唱の【瞬き移動】で背後に移動し振り返りざまに[鋭い刃]で膝を斬りつけた。
ここで予期せぬことが起こった。
普通であれば[鋭い刃]の力で紙のように切り裂けるはずであった。しかし火花が散って斬れなかったのである。[鋭い刃]の力と全身甲冑に施された防御魔法が拮抗したためだ。
そうなってしまえば非力な瑞穂の力ではダメージを与えるのは苦しい。
瑞穂自身もそれが分かっているので少しでも攻略の足しになるように動き方を変える。
治療も終わりクロガーが意識が戻ったので瑞穂のところへ戻ろうとするとクロガーが一言。
「盾に触れるな」
「判った」
これまでの情報と今の一言で思い至った魔法の工芸品があった。
[反射の鞘盾]
受けた衝撃を倍加して跳ね返す魔法の盾である。ただし射程距離は0.5サートほどだ。飛び道具を使った瑞穂になんら被害がないでそう判断した。
攻撃を避けつつ瑞穂から簡単にこれまでの情報を受ける。
早速検証してみようという事で【疾脚】でスルリと接敵し盾に触れる。僅かに押し返されるような圧迫感はあった。
ほぼ間違いなく受けた衝撃によって威力が変わるようだ。接敵した状態で足払いを敢行した。
脛当て同士があたりくぐもった音を立てる。中身は空だ。彷徨う甲冑で間違いないようである。
[鋭い刃]が通らないとの事なのでかなり強固な防護措置が施されている。この手の装備の特徴は質量攻撃にはそれほど強力な防御効果は発揮しないという事だ。
生憎怪力ではないので鈍器で殴ってもダメージが通る気がしない。
ではここで実験だ。
僕は[魔法の鞄]から太矢を取り出し詠唱を始める。
「綴る、八大、第六階梯、操の位、同期、対象、投射、誘導、発動。【投射誘導矢】」
詠唱の完了とともに掌の太矢が勝手に飛び出す。それは見当違いの方へと飛ぶ。彷徨う甲冑も一瞬気を取られるものの見当違いの方に飛ぶために直ぐに僕を標的として斬りかかってくる。
僕はそれを避けつつ【投射誘導矢】で飛ばした太矢を操作。大きく弧を描いて彷徨う甲冑の背中に突き刺さった。
なるほど…………。神覇鉱製の太矢は普通に刺さるのか。という事は強力な防御効果は防護無効など効果を相殺する効果だろうか? そうなると魔戦技の【練気斬】は相殺される可能性がある。
次の検証は武器だ。おそらく単なる魔法の武器ではあるまい。今思ったのだけどこいつ自体が罠であり報酬なのではないか?
広刃の剣を振り下ろしてきたので試しに打刀で受けてみる事にした。
「げっ」
思わず叫んでしまった。僕の打刀はバルドさんが日本刀の技術の模倣で打ったもので玉鋼の代わりに上位互換の幻想金属である神覇鉱を用いている。モース硬度換算でダイヤ以上である。そいつに広刃の剣の刀身が食い込んでいたのだ。
そのまま鍔迫り合いのような状態が続く。だが徐々に僕の方が押し込まれてきた。結構な怪力である。
こちらは両手で受けていたので盾打撃を警戒していたが瑞穂が良いタイミングで機械式連弩で援護射撃をしてくれておりその防護のために盾打撃が来なかったのだ。
このままでは力負けするので対応を変えることにした。力を抜き打刀を放す。すると鍔迫り合いで押し込んでいた彷徨う甲冑は突然反発する力が消失し前へと平衝を崩す。その刹那に僕の右手は彷徨う甲冑の右手首を掴みに相手の肘を曲げた状態で左腕を相手の腕の下から通し、手首を掴んでいる腕を持ってそのまま捻り上げて極めつつ身体を捻り腰を回し前方に倒れる勢いを用いて投げを決める。
効果はあったようで極められた肘関節が破損する音が聞こえた。
[飃雷剣術]の初伝【拿絡擲撃】である。ちなみに裏の技もある。
恐らく再生力の機能もあるだろう。藻掻きつつ盾打撃を敢行しようとしてきたが瑞穂が察したのか飛び掛かり左腕の封じてしまった。
そこへクロガーがやってくると圧し折れた{三角穂長槍の石突きを上にし振り下ろす。
少々間抜けな光景であるが一限ほど殴りつけた結果、
「動かなくなった?」
急激に抵抗がなくなったのだ。
僕らは一旦距離を置き様子を見ていると再生が始まった。凹みなどが修復されていき立ち上がると広刃の剣を鞘盾に戻しそのまま動かなくなった。
「倒したって事で良さそうだね」
取りあえず調べてみる事にした。文献の内容を思い出す以外にも魔術師にはもう一つ鑑定方法がある。
それが【魔力鑑定】である。もっともゲームなどのようにパっと判明するわけではなく。効果や銘などが判明するのでそれと文献を照らし合わせるので勉強してないとあまり意味がない魔法ともいえる。
そして鑑定に要する時間は一限くらいかかるので地味に面倒である。
取りあえず詠唱を始める。
「綴る、基本、第六階梯、解の位、術式、解析、展開、対象、発動。【魔力鑑定】」
魔法の対象を広刃の剣、全身甲冑、鞘盾に拡大して一気に済ませることにした。
ある程度予測が出来ていたこともあり一限に待たず結果が分かった。
広刃の剣は予想していたが瑞穂が持つ[鋭い刃]のオリジナルともいうべきもので[切裂きの剣]であった。
全身甲冑の方は[番兵]という。魔像のように扱う場合を達人級の戦士の技量を持ち纏う事も可能である。また防護を食い破る強力な魔力を中和する効果があり鎧としても普通に使える。それどころか呼べば目の前に出現し自動で装着もできる。なかなかのロマン装備であった。ただし僕や瑞穂では重くて使えない。
鞘盾は[反射の鞘盾]で間違いない。効果は受けた打撃を三倍返しで衝撃波として返す。裏には広刃の剣を収納できるだけでなく最大20本の投擲短剣を収納できる。
三点で金貨100万枚はくだらない。
取りあえず[魔法の鞄]に収納した。
「ところで彼らはどうする?」
もちろん散っていった半豚鬼らの事だ。
「そのままでいい。墓を建てても誰も参らない」
「分かった。なら戻ろう」
種族的に歩く性犯罪者死すべしと思ってはいても戦いで死んだ者を放置というのもちょっと気が引けるなぁ…………。ちょっとね。
僕らは昇降機に乗り込んだ。
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貴重なお時間を使って報告していただき感謝に堪えません。




